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114.告白して憂鬱だった

 悠々と蛇行するレーゲン川。


「随分のんびりした船旅だねえ」と『巡礼』一行の一人。

「今日は北風だから帆も張ってて、そんな船足は遅くないんだけれどね。川がこう蜿々うねうねと曲がってますもんで未だアグリッパ郊外ですよ。両岸はだいたい市民たちが地主してる農園で、市内の台所を支えてます」


「姉ちゃん南部人なのに詳しいんだな」

「ぜんぜん詳しくないですよ。商売の為に頑張って勉強中なんです」

「そいつぁ感心だな」


「皆さんは南部に移住するんでしょ?」

「ああ。俺ゃ決めてるけど様子見の先遣隊みたいなもんだ。行って見て、帰るって奴もいるだろう。正直言って、姉ちゃん如何ドー思うよ?」


「そりゃお勧めですよ。自慢の故郷だもん」

「そりゃそうか」

「あったかい陽射し。どこまでも広がる平原。開けっぴろげで気さくな人々。本当いいとこよ」

「さすが商人。宣伝文句が上手ぇや」

「ま、その目でとくとごろうじろ!」


 向こう疵のある男が割り込んで来る。

「それも大事だが、一番肝心なのは姫様がどういう待遇か、だ」

「貴方お侍さん? まぁ領地もらえるのは確定みたいだけど、そっから先のことは集まって来る御家来衆の数次第らしいわよ。そりゃ剣とって戦える家臣が百人から居たら、ただの騎士爵ってわけにも行かないでしょ?」

「何ッ! それは初耳だ。今後の戦功次第とは思っていたが」


「アッ、これ喋っちゃ不可いけなかったか。まぁ決めるのは偉いさんだし、手に剣だけ持ってても案山子かかしの水増しじゃ殿様のお眼鏡にも適わないだろうしね。それだから『数で決まるかも』って話は内緒でお願いね」

「むむむ」


 ・・ふぅん、このひと敗戦で降格んなった元騎士な感じね。

「女房殿、手紙の書ける場所は有るか?」

「今夜はホーエンブリックって町で一泊するから、そこで出来ると思うわ。冒険者ギルドと契約してる酒場が有るはずだから、そこで協会便を頼めば明日のうちにはアグリッパに届く。そこからお使い小僧を走らす依頼をすれば・・ってこれ、お金かかるわね」

「むむむ」

「それじゃ、ホーエンブリックの町から協会便に乗っけるのは無料。アグリッパの冒険者ギルドから探索者ギルドに届けるのも、たぶんご町内のよしみでタダで遣ってくれるわ。そこにはランベール城で入植者募ってる不動産屋が出入りしてるのよ。このルートならお金かからないわ」

「頼めるか?」

「いいわよ。その交渉くらいサービスでやります」


 また他の男が割り込んで来る。

「なぁ、今夜ホーエンブリックってこたぁ、明日の夜はシュトライゼンかい?」

「いいえ、ゴブリナブールまで直行します」


「えええ! シュトライゼンに行かないの?」

「行きません」

「あの町名物の鶏スープが楽しみだったのになぁ」

「嘘ですね。娼館街が目当てでしょ!」

「姉ちゃんウチの古女房みたいなこと言うなよ。アグリッパじゃ蒸し風呂で野郎の尻見ただけだったし」

「シュトライゼンは通過です」

「ちぇぇ」


                ◇ ◇

 アグリッパ、探索者ズーカギルド。

 金庫長が遅い昼食中。


「この時刻に食っちまうと夕飯が入らんなぁ」

「じゃあ抜いちゃって、代わりに晩酌のお供に少しボリューミーなの作る?」

 ・・ああ、こいつんない女なのに何故寄ってくる男がいない!

 地味過ぎとか言う男は全員絞め殺してやるのに。

 町の顔役として大物すぎる父親の所為とは思い及ばないテオドール・ヘルシングであった。


「なんか変な情報は無かったか?」

「変な情報って、アレのこと? 特に動きは無いけれど、尋問に行ってるルディが後始末の策だけは考えてたわ」

「どんな?」

「傭兵団に、据え物斬りの材料に売れるって」

「えぐっ」

「マジで需要あるって言ってました」


「そうか・・敵の捕虜とかコンスタントに手に入る時代じゃなくなったんだなぁ。まぁ一応いいこととは思っておくか」

「そういえば警邏隊の斧鉾も刃渡りが短くて捕り具っぽいですわね」

「まぁ殺傷力が無いわけじゃないが、あんまり重量感ないよな」

 確かに、対騎兵の実戦武器だった時代とは随分とデザインが変わって来ている。ぺらぺら薄い。


「うーん・・むしろ儲かっちゃう話か」

 考え込む金庫長。


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城。レッド達の部屋にノック。

「アリシアちゃん、今いい?」

 ラリサ嬢が入って来る。


「レッドさんは?」

「厩舎。おじいちゃん騎士のとこ」

「よかった。イチャイチャしてるとこだったら如何しようかと恐るおそる来たんだ」

「やだなー、マリオくんじゃあるまいし」

「そうかしら。なんか彼ら、急に仲良くなってる気がしてますのよ」

「彼らって、レッドとマリオくん? それって厩舎のおじいちゃん騎士って共通の知り合いがいた・・から、とか、じゃない?」

「なんか、アリシアちゃんの挙動も怪しい」


 問い詰められるアリシア、ついに告白する。

「なにこれ・・どひゃー」

 ラリサ嬢、紫色の手帖を食い入るように見る。

「絵が克明で・・でも可愛いわね」

「なんでみんな絵に注目するのかなあ」

「だってその、はっきり書いちゃってあるし」

「絵もだけど、文章もEffundens semen in os femineとかはっきり書いちゃってあるよ」

「・・やった?」

「内緒だよ」


                ◇ ◇

 城内、厩舎。

 レッドとヒンツに元騎士長、三人で改めて祝杯を上げている。


「俺ゃ厩舎番の爺さんだけどな。まぁ、死んだら墓石に『騎士として死んだ』ってだけ書いてもらうさ」

「で、ヒンツはいつでも俺の一存で死刑執行・・と」

「でも墓石に『騎士として死んだ』って書いてくれよ」

「ははは、二人ともザマぁ見ろ」

「ハンニバルに乾杯!」

「意味ワカンネー!」


 まぁ時刻も早めの晩酌でよかろう。


                ◇ ◇

 レーゲンの川船、ホーエンブリックの湊に着く。

 下船した一同、夫婦者の案内人に導かれ、ぞろぞろと宿屋に向かう。

 五十二人分の夕食が予約されている。

 二人で一皿の盛り付けになる。


「おかみ、ここいらに色っぽい姐ちゃんのいる酒場はないか?」

「やだねぇお客さん、それなら当館うちだよ」

「半世紀前の話じゃねぇぜ」

「やだねぇお客さん、たった三十年前の話だよ」

 陽気な騒ぎが始まる。


「おかみさん、冒険者ギルドが求人出してる店っていえば、何処?」

「広場の向かいッ側に並んでる三軒の真ん中だよ」

 ディア、向こう疵の男に目配せして、二人で出掛ける。


 行くと、威勢のいい女将が肉串を炙っている。体格を見るに、引退した元冒険者かも知れない。

 壁面には独特の絵文字で書かれた冒険者あばんちゅりえ向け求人票が幾つも貼り出されている。『代筆屋求む』なんてのも有る。

 早速、陶器の大ジョッキでエールを酌み交わす。

「協会便に乗っけたいんだけど」の一言で板切れみたいな紙と筆記具が出てくる。

 向こう疵の男、黙々と何やらしたためる。


「女将さんは元冒険者?」

「ああ。相棒兼亭主に先立たれたんで店を持ったのさ。あんたは?」

「ギルド御用達の商人で、冒険者としちゃ『泥棒デイブ』職なんだけど商人で泥棒じゃあ不味いでしょ? だから認識票つけないの」

「そりゃ不味いね」笑う。

「なんでこういう職種名なんだろうねぇ。『剣士』とかは分かるけどさ」


「なんでも、冒険者の始まりが『逆臣に追われるお姫様を助けた七人のならず者』とかいう昔語りに因んでるんだってさ。でも『泥棒デイブ』は無いよねえ」

 ディア、プフスの受付嬢から仕入れた蘊蓄を語る。


「書いたが・・」と向こう疵男。

 ディア、手慣れた調子で厚紙を丸め、紐を掛けて封蝋で閉じると、何やらさらり添え書きをする。

「女将さん、これでお願いするわ」


「こ・・これでいいの?」

 女将、一瞬怪訝な顔をするが、結局受け取って麻袋に入れる。


「なんて添え書きしたんだ?」

「秘密」





続きは明晩UPします。

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