12.寝床に就いてから憂鬱だった
ゴブリナブールの町、
レーゲン川を遡る船旅の客たちの多くが、此処で一泊する。
船頭も含めて、搭乗者みなが三々五々旅館街へと散って行った。
然し逃避行の標的を確保する依頼を受けた敏腕探索者クレアとディードリックの二人組、急ぐ旅路なのだが、思わぬトラブルに遭遇して仕舞った様だ。
「近いの?」
「すぐそこです」
少女の案内で今夜の宿に着く二人。
「じき夕食ですが、先にお尋ねの件をお話しします」
燈火がコスト高なので、人生の短かさを嘆じつつ燭を秉って夜遊びする貴人とか金が有ったら遣わずに居られない冒険者などの他は、日没前に夕食を済ます。
だから、クレアにしても固り重大トラブルに巻き込まれる気など更々無かった。朝飯前ならぬ夕飯前に情報収集を早々と片付ける積もりだったのだ。
「それでは、お部屋の方で」と少女。
◇ ◇
宿坊のような小部屋に通される。船の出航待ちに泊まる宿という性格上、此処で連泊する客など少ないので、此れで良いのだろう。寧ろ、少人数の打合せに向いて居る部屋だ。
「何とぞ、ご内密にお願いしたいのです。町長からも組合長からも、内密にと固く固ぁく釘を刺されていますもので」
随分毅然した話し方をする少女である。もう若女将の風格が有る。
「勿論、あなたから聞いたとは言わないと約束するわ」
「懇々も如何か宜しう。なにせ昨夜のお客様がたには町長がだいぶお包みになった様子なので、私が漏らしたと知られたら村八分になって終います」
町だが。
「危そうね」
「善哉、約束は守る。加えて今夜、其方の家族に仇なさんと為る者あらば此の剣を振るって讎と戦おう。その代わり、防衛に役立つ情報を貰う。お互いの為になる事だからな」
ディードは結論の速い男だ。
「はい。昨夜のお客様は全員無事でした。みな殿方だったからです」
「ふぅん、招かれざる客は野郎供には用が無いって訳かい」
「あの・・笑わないで頂きたいのですが・・」
「心配するな。俺は元々余り笑わん」
彼は時折論点がずれる。
「その・・彼らは女を攫いに来ます」
「あれ? あたしらが乗って来た船で女の客ってぇば、あたし一人っきりじゃ・・なかったっけ?」
「うむ。クレアだけだな」
女が旅すると言えば宮廷総出の大名行列とか、さる業界の姐様方の地方巡業とか聖地巡礼者一行とか、団体様が多い。そういうのは護衛も団体様でご同伴だ。
クレア、指を折って何か呟いている。
「・・あと、仕事中の冒険者? そんなの襲っても仕方がないわね
むろん彼女、自分が『そんなの』とは思っていない。ただ単に冒険者は女だって荒くれ者だという偏見が有っただけである。探索者は研鑽を重ねて来た技能者だが冒険者は腕力で押し通る人々という、よくある色眼鏡である。
つまり、此処は宿屋街だが普段から女性客は少ない。
「じゃあ誰を狙って、敵は女を攫いに来るの?」
「さあ、クレア以外の誰かだろう」
ディードリック、少し考えて言葉を継ぐ。
「大司教領の南部辺境には谷間や盆地に自治権を与えられた町や村が有り、陸路は要所要所を代官所の置いた関所が押さえている。故に怪しい連中は、敢えて難路の山道を行く。人攫いとかは商売として旨味の薄い土地柄だ。それほどに万策尽きて僻地に流れ着いた悪党連中であるか?」
「そういや可訝しいわよねぇ。裏街道を行く脛に傷持つ連中を食い物にする山賊の方が、まだ有りそうな話だわねえ」
「即ち昨夜この街を襲撃したと云うのは無計画な暴走。代官所の兵に追われる敗残賊徒の凶行とかではないのか?」
「だったら先に食い物漁らない? お荷物になる女とか攫ってないでさ」
「ううむ・・」
彼の常識では度し難い敵のようだ。
「それが、襲って来た者らは、ヒトとは思えないのです」
二人、一瞬唖然とする。
「やった事が? 見た目が?」
「背丈が子供くらい。手だけが大人ほど長くて肌は土気色、痩せた身体に下腹だけ突き出ていて纏っているのはボロ布で・・」
「そ、それは無法者の盗賊って感じじゃ無いわね」
「御伽噺に出てくる魔物の『小鬼』そのままだったのです」
「見たの?」
「物陰の闇に潜んで近づいて来ては突然大勢で襲い掛かるので、最初はみなも訳が分かりませんでしたが、私は自警団のひとが掲げた松明の光で鮮明りと」
「見たわけね」
「そいつらの死体は?」
「みんな担いで帰ってしまいました。たいそうな血の跡は残っているのですが」
「当方の被害は?」
「拐われた女性が四人、重傷が三人。ですが・・当家の父なども擦り傷だったのに熱を出して寝ていますから、ほかの人もそうかも」
「砦の兵隊は何を為て居たのだ」
「町の警備は、元々彼らの仕事じゃありませんから。川を下って来る不審な軍船を見張る見附ですので」
「南のボスコ大公が矢鱈と攻撃的だった時代の遺物であったな。無用で要らぬ兵力ひまな駐屯兵なら、町の騒動に兵くらい動かしても良さそうな物だが」
珍しくディードが辛口だ。
嘗て旧帝国が異民族と戦った防塞の遺跡の上に築かれた城柵である。
戦略的には押えて置く意味のある場所なのだろう。
「通報はしたの?」
「笑われたそうです」
「怪我人も居るのにか」
「衛生兵は貸してくれました」
「お父上の傷を診せて貰えるか?
◇ ◇
宿の主人の居室。
主人、発熱で朦朧としている。
「大丈夫よ。彼は、軍隊で刀疵とかたくさん見てるし、戦友の手当てとかでも結構経験豊富だから」
「とりあえず御主人の包帯替えをして容体を診よう」
「お客様、すみません」と、娘。
包帯を巻き直すディード。
「この手当は、誰が?」
「砦の衛生兵さんです」
「ふむ・・本職の医術者に手の届きそうな手並みだな。既う丘の上の砦に帰営して了ったろうか?」
「いいえ。まだ重症者を看ています」
「笑ってた割には・・面倒見が良いのね。なのに、町の防衛には手を貸さないって砦の総兵さん如何いう考えなのかしら」
「任務外に割ける人数には軍規の縛りが有るとか、衛生兵なら町に行かせる理由が作れるとか、それなりの理由が有るのだろう。衛生兵殿に会ってみたい」
◇ ◇
シュトライゼン、イレーヌの店。
皆で一杯・・ではなく既に酒数を重ねて居る。
「兄さんは南部に土地勘あるんだったな」
「いや、全然」
「無いんかいな」
「訪ねて行くアテが少し有るって限りだ。知ってる道も途中までだから、その先は聞き聞き行く」
「知ってるのはどの辺までなんだ?」
「メッツァナまでは幾度か行った」
「北部の南の端っこ、か・・」
「途中に、あんまり近寄りたくない辺りも有るんだが、我慢せんとな。いろいろと責任負わされて仕舞ったから」
「あはは。確かに抱え込んじまったな」
レッドとしては、世代のいちばん近いブリンは話し易い。酒も入っていて普段は話さぬ事も口にして了い勝ちだ。
「若しや『あんまり近寄りたくない』ってのは、前職絡みか?」
「そんな嫌そうな顔してたか」
「してたしてた」
「お察しのとおりだよ。馘首になった元勤め先の近くを通らねばならんのですよ。針の筵で居づらくなった町をね。でも・・世話になった人もいるし、避けてばかりじゃあ不可んですよね」
「そうそう! 今の兄さんは一丁前の冒険者じゃないか。それも、親方株にも手が届くベテランだ。元上司なんて見返してやれるぜ」
「まぁ・・そうでも無いが、いぢけてる必要も無いよな」
「そうそう! その意気」
荷物持ちブリン、結構聞上手である。
「兄さん騎士だったんだろ?」
「ああ・・兄が三人いて家督など回って来る見込みも無いので、銀拍車まで貰った所で遍歴武者修行という名の就活を始めたのがアリ坊くらいの年齢だったな」
「で、騎士団に落ち着いたわけか?」
「ああ、そのとおり。個人で叙任の御披露目が出来るほど金は貯まらんしな」
話して了ってレッド、きっと寝床に就いてから憂鬱になる。




