113.贖罪確定で憂鬱だった
アグリッパ、探索者ギルド。
「いや、『食い物にする』ってのと『ご飯の種』と、どう違うんだ」
「それは『エサ』と言うより『ご飯』と言って出された方が美味しいでしょう?」
「ふん、お前は襤褸着てたって着飾ってたって佳い女だろうが」
「ありがとテオ、大好きよ」
「お前が悪意でそういう小芝居するから、娘の目が冷たいんだっ。勘弁してくれ。それより『儲け話』の話、詳しく!」
「わたくし、今度の入市規制強化タイミングに合わせて、大司教座に郊外の慈善宿大量増設を陳情する積もりですわ。併せて二十万デュカス寄進します」
「おい、それへスラー伯の年間予算くらいだぞ」
「勿論、元とる気まんまん」
「細かく話せ!」
「この『入市規制強化』は教会側が、今回の不祥事の責任とれと市当局に申し付けてるんだから、教会も言いっ放じゃ格好付かない。『外で審査待ちさせられる人の寝床くらい面倒見てやる』ってくらい大見栄切りたくなるでしょ? だから、このタイミングで、どばっとお金を出すの」
「飛び付くだろうな」
「それで利権もらって、城壁外にギルドの分署として退役傭兵屯所を作れば、治安維持の仕事独占した上に、うちらの住宅問題も一挙解決」
「だけれど、市民権取れるってメリットで退役傭兵を・・ってお前、まさか外郭のそとに新市街作る構想か!」
「そこの区長を代々うちのギルド長が頂戴するって前提で、第三市街の治安維持を請け負うわけ」
「えぐいな」
「いま時点で、城外で営んでる宿の主人は入市審査に間に合わなかった連中相手のボッタクリで市内の三倍くらい高い宿賃を貪ってる。しかも、市内で禁じられてる所謂『女呼べる宿』でしょ。だから、此奴らを商業的に駆逐するプランは教会筋にウケがいい筈よ」
「お前、そっちの儲けをぜんぶシュトラウゼンに持ってく気か」
「教会だって、参詣客が精進落としするのは隣り町の方が嬉しいでしょ?」
「お前、シュトラウゼンの遊郭街に利権持ってたよな」
「イレーヌの姐さん御健勝かな」
「時々便りを貰う。『代筆屋が街を出てくんで困った』って手紙が最後だが。いやそれでお前、壁外の連中失業させて、どうする気だ? なんか狙い。あんだろ?」
「たぶん当局が、市内への武器持込み規制をやるから、預り業者をやらせようかと思って。南部じゃ公営産業なんだけど、紛失トラブルが心配だから、アイデアだけ拡めて私企業にやらせる」
「どうやって『やらせる』?」
「クローク業よく知ってる識り合いの南部人が店を出して大繁盛を見せつけるわ。肖りたい奴は勝手にノウハウを盗めばいい」
獲らぬ狸の計画は続く。
◇ ◇
大聖堂。
大勢の参詣者。
聖歌の荘厳なポリフォニー。
帰り道でも天井画に見入って躓く人が出る。
「皆さん、逸れないで下さいね。迷子になったら折角のお昼ご飯が食べられませんですよぉ」
子供相手のような口調で一行を引率するのはアルゲント商会のディア。
典礼服を着たホラティウス司祭。人混みの苦手な彼のこと、平常は早々に奥へと引っ込むのだが、今日は薄盆槍して逃げ遅れ、信徒衆に取り巻かれて了う。
南へと向かう『巡礼』一行の周囲で牧羊犬のように動いていたミュラという男はディアマンテ・メタッロの夫である。
「あら?」
ホラティウス司祭、ミュラと目が合う。
双方、会釈する。
「貴方は、先日ご伝言を届けて下さった・・」
「本日、巡礼の皆さまを御案内して南へ発ちます」
「それはご苦労様です。皆様の道中が安寧でありますように」
「おお! 司祭さまが祝福して下さった!」と一同揃って頭を下げる。
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城。
ヴェルチェリ副伯夫人が怪訝な顔。
「ばかマリオはどうせ爆速暴走の果てなんでしょうけど、アリシアちゃんカップル何故お寝坊?」
教会の法は不倫とインセストに厳しいが、好きあってる男女の関係にはそれ程に野暮でもない。
世俗の法は不倫と女性側が望まぬ関係の強要には極刑すら課すが、好きあってる同士のことは略々不問である。十二歳未満の婚姻を禁止する程度である。
だが外聞は良くない。
「ドミニクちゃん、起こしてきなさい。マリオの方は放置でいいわ」
「あい」
この娘、実は侍女ではなく城主の個人的な内弟子なのだが、侍女として働く事に異存はない。本来の意味での行儀見習いである。
アリシア達の部屋へ行く。
「おそよう御座いまっす」
這入る。
アリシア、お尻を出して寝ている。
「なま・・」
「えい!」
突く。
「驚きました。未使用です」
「驚いたのは此方だよ! 触るなら順序を踏んでね」とアリシア口吻を尖らす。
「触診しただけです。エステル様の内弟子は男の子だから、婦人科の方はわたしが手伝ってるんです」
「無断で触診するなよぉ」
「不思議だわ。此方は使用済み・・」
「わっ!」
レッド跳ね起きて股間を隠す。
贖罪三年相当だが、規定には続きがある。常習だと七年である。
「もうお昼です」
◇ ◇
アグリッパ、市庁舎。
「そりゃ無理だクルツ!」
「叱ッ! 声が大きい。 何とかならんか?」
マックス・ハイネツァー困り顔。
「冒険者が仇討ちの加勢を頼まれる事ぁ有るが、飽くまでも加勢であって討つのは遺族だし、法廷の出した認可状も確認する。派遣した警備員が強盗共を返り討ちにする事もあるが、これは不法侵入者への正当防衛だ。要は、冒険者ギルドは合法の仕事しか受けられないんだ」
「自治体が逮捕した無法者を処刑するのも合法だぞ」
「それは正と判決出して処刑人にやらせる事だ」
「尋問中に死んじゃった事にして遺体の処分を・・」
「それも墓掘人の仕事だ」
「これから例の七人の家族の裁判になる。極刑判決が相当数出るだろう。そっちは公開だ。いくら何でも人数が多すぎる」
「市内に無法者を溜めちゃったのは当局の責任だろう。近所の町に頼んで少しづつ『処分』して貰うとか、やりようは有るんじゃないのか?」
「教会にバレる」
「バレて何が悪いんだ?」
「だってマックス、またあの人に『自力で出来ないのか』とかネチネチ言われるに決まってるだろ」
「あの人? 話せる人だと思うんだがなぁ」
クライン局長、ホラティウス司祭が苦手らしい。
「いっそ最初っから『どうしましょ?』って相談しちゃえば?」
「それが『任せてくれ』って大見栄切っちゃった」
「ぜんぶ自業自得じゃねぇか」
◇ ◇
レーゲン川の湊。
件の『巡礼』一行、チャーターされた大型の川船二艘に分乗中である。
桟橋の袂に、如何にも『暗黒街の二人』みたいな男女が現れる。女の方が昨日の尼さんだとは『巡礼』一行夢にも思わないで怖れている。
「じゃ、宜しくお願いしますわね。それと、儲け話があるから、復た来てね」
「そう聞きゃ地の果てからでも飛んで来るわよ」
「ミュラも殺気の消し方が板に付いた様であるな」
「若殿さんのご教授のお蔭です」
和かに暫しの別れの挨拶を交わすが、『巡礼』の誰にも和かに見えていない。
後ほどディアが「その筋の方々にも話しが付いてます」と方便の説明をして一同ようやく納得した。
◇ ◇
探索者ギルド。
「ただいま」と『在家の女』
「『猫姫』さん帰ったの?」
「ああ。今後ときどき顔を出すって言質取ったから万々歳だ」
「お昼、何かつくる? 遅いけど」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城。
寝坊の四人が遅い昼食の席に着く。
マリオ、レッドに囁く。
「レッドさん、あんた贖罪七年だろ」
「え! 三年じゃないの?」
「連夜だから立派な常習者だ。で、七年」
「マリオさんは?」
「だから『さん』付けんなよ。俺はたかだか四十日だ。出さずに入れたからな」
隣りでラリサ嬢、如何にも不審と言わんばかりの目付き。
続きは明日UPします。




