109回用蘊蓄
109回用の蘊蓄です。
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「昔むかし、すごい豪傑の騎士さまがいました。尊敬する殿様にお仕えして、己が領地に妻と幼い息子を残し、遠くの国へ遠征に行きました」
<本文ここまで>
このお話は古代北欧歌謡『ヒルデブラントの歌』および『ヒルデブラント挽歌』に依拠していますが、前者は9世紀の写本が68行残っているだけ、後者は他のエッダの中に引用のように部分収録されているだけですので、私は改変というより半分捏造しています。
ヒルデブラントは叙事詩『ニーベルンゲンの歌』にチョイ役で登場する人物です。そこでは、主君ベルンのディートリッヒ(実在の東ゴート王テオドリック)がイタリア王オドアケル(実在)と不和になってエッツェル王(実在のアッチラ)の元に身を寄せている時期という設定です。
ヒルデブラントはチョイ役ですが、終盤の印象的な場面で登場します。第二部『クリームヒルトの復讐』の主人公を殺す役です。
ネーデルランドの英雄ジークフリートに嫁いだブルゴーニュ王の妹クリームヒルトは、夫の仇に復讐します。
仇は実の兄であるブルゴーニュ王グンターとその異母弟のハーフエルフで、そのために彼女はハンガリーのエッツェル王に嫁ぎ、偽計でブルゴーニュ王宮廷のほとんど全員を宴に招待して殺害します。
しかしジーグフリートの遺産である莫大な黄金は、彼を暗殺した実行犯であるハーフエルフの手で既にラインの川底に隠されていて、永遠に行方不明となるという物語です。
復讐に狂ったクリームヒルトの姿を見かねて斬殺するのがディートリッヒの忠臣ヒルデブラントです。
そのヒルデブラントの哀しい生涯が、『ニーベルンゲンの歌』より古いエッダに断片的に残っていて、奇跡的に発見された次第です。
当時の戦争は総力戦の衝突を避けて、双方の王の代闘者が領土を賭けて一対一の決闘をするような形態が往々にして採られていて、ヒルデブラントはディートリッヒの代闘者として生きた騎士であったと伝説は語ります。
まるでオデュッセウスのバッドエンド版のようなヒルデブラントの人生でした。




