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110.出物失せ物、憂鬱だった

 嶺南ファルコーネ城の広間。婚儀に続く祝宴の場。

 アンヌマリー嬢と仲睦まじげなマリウス・フォン・トルンケンブルクの背後へと狐鼠こっそり忍び寄って、ヴィレルミ師が囁く。


「若し神の教えがいろいろ口うるさいと思う時があったら、この書をご覧なさい。戒めを守りつつ此の世界が如何に豊かであるか、分かる事でござりましょう」

「はぁ」

 マリオ、有難く頂戴し、そっと懐にしまう。なんか人前で見ない方がいいと野生の勘が告げた。


「ねぇレッド・・」

 ブリンと話し込んでいた彼の袖を引く。

「今、マリオくんが何か隠した」

「お前なぁ、結構年長の相手なんだから『くん』呼びはめてやれよ」

「うーん・・あの人なんか同世代っぽく錯覚しちゃうんだよね」

「アンヌマリーのことはちゃんと『さん』付けしてるくせに・・って、俺も『嬢』って呼ばなきゃ駄目だっけ」


 レッドも男爵家に生まれたが従騎士止まりで遍歴に出て、某騎士団で粗製濫造の金拍車になった『なんちゃって騎士』という自意識が有るから、馘首くびで自由市民になっても平然としていた。

              註:騎士は金色の拍車、従騎士は銀色の拍車が定法

 むしろ爵位持ちの貴族と騎士との間に大きな身分差があると考える昔流の感覚の持ち主だったから平気だったのかも知れない。そんな彼でも、あまり自覚ないまま女性の敬称は使い分けていたのだった。

 これは、都市部で育った騎士階級りったばるが持つ町人感覚の中では、折目正しい部類かも知れない。町人が騎士をお武家さまなどと呼んで奉るのは、おのぼりさん田舎騎士の殿様づらと悶着もめない処世の知恵に過ぎないのだし」


「でもレッド、マリオくん素振り怪しいよ。あとで問い詰めよう!」


                ◇ ◇

 アグリッパ下町、『川端』亭の中。


「あんた、その話って・・どこで聞いた!」

「警邏隊のお偉いさんが教会に報告してるとこを、ちらりと」

「随分物知りなんだなぁ」

「へへ・・『掃除夫は見た!』ってやつですよ」


「俺も法廷で聞いてて、なんか引っかかってたんだよ。黒覆面がリュクリーちゃん攫ったのは夜中だったのに、えっちな事されそうになって叫んだのは夜が明けてからだ。そうか! 値段交渉かなんかでモタ付いてたんで助けが間に合ったのか!」

「不良息子ども、値切ったんかな」


「みなさん法廷にまで駆け付けて来てくれて、ありがとうよ。心強かったよ」

 女将うるうるしている。


「そっちの教会関係者のお二人は、やっぱりアレかい?」

「アレですよ。偉い聖職者のくせに、息子を助命して貰おうと政治的に動いたんで一発免職。まあ最低十年はパンと水しか口にすること許されぬまま巡礼の旅から旅のひと関係ですね」

「それ、栄養失調で死なないかい?」

「まあ巡礼が行き倒れてたら誰か助けてくれますよ」


「妻子のいる聖職者って、いるのかい?」

「そりゃ、事務職とかにスカウトされた出家してない『名前だけ聖職者』は意外と居ますし、戦場でいっぱい人の命を奪って来た末に人生が虚しくなって世を捨てた元騎士さんも居ます」


「出家した人って、離縁した家族と会っちゃいけないのけぇ?」

「そんなこと無いですよ。結構みなさん、実家に寄付貰いに行きますもの。便宜を図るのが駄目なんです」

「金取るばっかりかよ教会」

「ちなみに、昔の奥さんと関係持っちゃったら『不倫』に当たります。重罪です」

「へー・・独身どうしでも不倫になるんだ」

「これ、まめち」

「役にたたねぇよ」

 実は立っている。その嫌疑で追求すると言ってアタナシオを脅したのだ。


「そいで、あんたら法廷見物に来たんか」

「見物なんて人ぎきの悪い。やっぱり、知ってる人の息子が死刑になっちゃうのか気になりますって。縁を切ったって人の親でしょ。いや、俺独身だから分かんない

・・って言やぁ、分かんないけど」


「んじゃ、敵側の応援に来てたのかよ」

「応援じゃありません。見届けただけ。彼のお父さんはう教会から追い出されて終わってましたしね」

 ホラティウス司祭、心の中で「わたしですけどね、追い出したの」と呟く。

 参審人に接触する直前に『道化師ブッフォーネ』が身柄を押さえて間一髪だった。


「法廷も、刑場も・・被告たちの家族は誰も来てませんでしたよね。使用人だとか乳母やさんだとかだけ。不名誉犯罪だから仕方ないけど」

「そう言やぁ誰も居なかったな」

「刑場じゃ斧で両手首を切られて、横木から吊るされて・・お祈りしてあげるひと私だけでしたよ」

「考えてみりゃ、哀しい話かもなぁ」


「さて、ここで『悪意』の話です。金と力に飽かせて放蕩三昧だった姦淫小僧共。彼らに好き勝手させてイザ問題となったら力づくで口封じしようとした放任毒親。こいつらみんな商売のネタにしてたヤミ業者。どこに一番ひどく臭う悪意があったでしょう?」


「みんな腐ってらあ」


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城、廊下。ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサが小走り。


「ねぇドミニクちゃん! わたくしの紫色の手帳、見なかった?」

「? 先生のカンペですか? いちばん最近使われた場所は?」

「ロンバールの館だけど・・置き忘れたりはしませんわ」


 夫人、落ち着かない様子で何か呟く。

「うーん・・見付けたら確保しておいてね」

「了解です」


「・・なか、見ちゃダメよ」

 小走りに去る。


                ◇ ◇

 アグリッパの『川端』亭。

 滅多に酒など飲まないホラティウス司祭だが寺男に変装して全然すっかり羽根を伸ばして始末しまった。


「わたし、思ったんですけどね。放蕩どら息子らの親たち、なんで刑場へ息子を助けに行かせなかったんだろうってね。山越え海越え逃がしちゃえば良かったんでは? 処刑人と獄卒が数人いただけでしたよ。十分成功できたと思うんですけど」

「そりゃ大胆だな」


「前夜に訴人の家を襲うより百倍確実でしたよ。刑場は城の外だから逃げやすいし『息子の悪友たちだろ。あたしは知らない』ってトボけりゃ済むんだもの」

「いや、あんたの考え方が大胆だなって」


 まあ・・傭兵団呼び寄せるくらいの地位にある人じゃないと思い付かないような発想だったかも知れない。


「うーん、それ意見あり」

 横で静かにしていた『在家の女』が右手を挙げる。

「ひとぉつ。処刑場が城外にあるのは大都市。田舎町の多くは城壁内で人の集まる市場とかの隅っこに有ります」

「ふむ」

「ふたぁつ。田舎の凶悪犯罪は現行犯即逮捕で即日処刑が多いから、後日裁判だと『しめた! 原告殺っちゃえ』という発想が出ます」

 自由人に死刑判決の出せる判事は伯爵副官シュルタイスまでだが、例外規定がある。凶悪犯を現行犯逮捕すると、その日の日没までなら普通の村長権限でも死刑判決が出せる。大勢の村民に目撃されている公然の凶行などは、住民集会のような即決裁判で片が付くのだ。

 まるで村がひとつの独立国だったような、部族制社会の頃の名残りである


「つまり姉ちゃんは、犯人の親たちが主犯は主犯だけんど『よきにはからえ』式のおまかせだったって言いたいわけか」

「なるほど! 法廷でも代言人べんごしのらくら逃げて証拠不十分に逃げ込んで決闘裁判に持ち込もうとしてたっけな。それで負けたら最後の手段。処刑場突撃の奪還作戦でとんずら狙えば良かったわけだ」

「警官が張り込んでるとも知らずに、この店に押し入って御用になったのは、この町の勝手知らねぇ田舎もんだから・・って事だな。そりゃ納得だ」


 法廷からの帰り道に此処まで読んでいた代言屋ペー、結構優秀だったと言える。ましてや『在家の女』は黒覆面一味の自供を探索者ズーカギルド経由で大略聞いているのである。


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城、宴席の広間。ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサが呟く。


「うーん・・わたくしの手帳・・。まずいですわ」





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