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109.贖罪と言われて憂鬱だった

 アグリッパ下町の料理屋、『川端』亭。


「あ、うむ。店、流行ってて良かったです」

「いや旦那、明日から営業再開するんで前祝いに常連さん声かけただけだって」

 女将「てへへ」と笑う。


「しっかし・・お祝いすんにゃ一寸ちょとあれだ、リュクリーちゃん元気がねぇなあ」

「そりゃ直ぐは無理に決まってんだろが」

 遠慮のない常連さん達のようだ。


『寺男』さんと『在家信者の女』、常連客に詰めてもらって席を確保する。

「あんたら教会さんの関係者かい? 困ったな悪口言いづらいぜ」

「いやですわー、この門前町で人混みに石投げて教会関係者に当たらない方が絶対おかしいですよー」

「そうそう。何たって私ら下っ端教会関係者こそが一番乗りで教会に文句言いたい者ですから、ご遠慮なく」

 とか言いつつ『在家信者の女』に耳打ち。

「・・(どうしましょう。図らずも最前線に飛び込んじゃいましたよ)」

「・・(飲んで忘れましょう)」

「・・(そんなー)」


「んでもまぁ、偉い坊さんの隠し子を庇う素振りも無かったのは見直したかな」

「隠し子じゃなくって別れた妻子だろ」

「妻子を捨てちゃいかんぜ」

「そうですよねー。神さまにお祈りするのは我ら在家の者にだって出来ますもの。ま、いろいろ悩んで出家なさったんだろうから、はたから他人がとやかく言うのもアレですけどねー」

「でもまあ、自分の家族を不幸にして何が信心だ! っていうのは有りますよね。一生懸命な人ほど、どっかで間違っちゃうと不幸が大きいのかも」

『寺男』さん、つい本音で語ってしまう。


「そういうの、神さまは救ってくんないのかい」

「ひとの悪意に漏れなくバチが当たりゃいいんですけどね。悪友と交わって人の道を踏み外すのは放蕩どら息子の自業自得なんでしょうか。それとも誘った悪友が悪いんでしょうか」

「そら、どっちもだべぇ」

「それと、息子を見てなかった父親と、誰がどんな割合で悪いんでしょうねえ」


「むつかしい話になって来たな」

「こんな話が有ります」

 つい説教を始めて仕舞う。

「昔むかし、すごい豪傑の騎士さまがいました。尊敬する殿様にお仕えして、己が領地に妻と幼い息子を残し、遠くの国へ遠征に行きました」

「何だそれ、息子がいけない事になっちまうのか?」


「すごい豪傑の騎士は立ちはだかる殿様の敵を次々と倒し、それまで戦った敵の中で最強の騎士の顔を、赤い絵の具で盾に描きました。そうして彼は最強の騎士として名を轟かせたのです」

「おい、そいつが不幸になっちまうのか?」


年月としつきは流れ、敬愛する殿様は病で倒れ、軍勢は瓦解して、年老いた騎士はひとり故郷に帰ったのです」

「ああ不幸になっちまった・・」

「故郷に帰ると妻は既に亡くなっていました。けれど立派な騎士に成長した息子が領地を治めていました」

「ああ不幸中の幸いか・・」


「でも息子は、父が遠征先で既に死んだと聞かされており、帰還した父をニセ者の詐欺師と罵って決闘を挑むのです」

「ああ救われなかった・・」

「それで、どうなったの? 誤解は解けたの?」

「いえ、この話は・・ここでおしまいです」

「なんだよそれー!」


「古い時代の書物なので、この先のページが破れて消えているのです」

「なんだよそれー! なんだよー!」


「でも『英雄の挽歌』という別の本があります。そこでは老いた英雄が若き勇者と戦います」

「そ・・それで?」

「老いた英雄は斃れ、彼の腕から丸盾が滑り落ちます。その盾には、赤い絵の具で彼の息子の顔が描かれていました」


「救われねえーっ! あまりに救われねえーっ!」

「神はいないのか」


「いないのか、見てないだけか、我ら俗人に知るよしもありません。では悪いのは誰でしょうか? 父親を連れて行った主君でしょうか? 彼に心酔して何時までも遠征を罷めなかった騎士でしょうか? 父親は死んだと告げた誰かでしょうか? それとも話し合わなかった父子双方でしょうか?」

「むずかしいわね」

「どこかに誰かの悪意があるか考えてみましょう。父の妻子遺棄は主君への忠誠か領地の安堵の為かも知れない。主君の戦争続行は民や部族の為かも知れない。父が死んだと告げた人は若殿の為だったかも知れない。」


 みな考え込んでしまう。

「今回の事件も、どこに悪意があったかで考えてみては如何でしょう」

 すっかり聖典を引いて法話を語る聖職者まるだしのホラティウス司祭であった。


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城、礼拝堂。

 マリウス・フォン・トルンケンブルクとアンヌマリーの婚礼、恙無く終る。

 二人、傍目も気にせず抱擁。


「どうせマッサの大奥様とワルトラウテ様が『どうして呼ばないのっ』って怒って大々的にやり直すでしょうから仮祝言に繰り下がるかも知れないけど、こういうのは形を整えておくのが肝腎ですわ」

 ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサさばさばと言う。

 献酌侍従の少年が走り回って盃が行き渡り、夫人の発声で乾杯となる。


「んじゃ、これから宴会じゃのお!」

「アルノーさんは未だお粥です」

 医者に止められた。


                ◇ ◇

 広間で宴会が始まる。連日な気がする。

「ヨーリックの父っつぁん、これで馬小屋の騎士か」

「そういうお前は馬泥騎士だな」

 馬に縁のある二人であった。いや騎士はみんな馬に縁があるが。


「父っつぁん、ラパンルージュ号に『実は騎士なんだ』って名乗ったら、ちったぁ恐縮して毎朝下品なジョーク言うのはめてくれんじゃね?」

「ジョークなもんか。あいつぁ本気だ。まぁ、あの黒髪のお嬢さんもお嬢さんだ。中途半端に気を持たすよな事言うから、あいつも本気になっちまう。もうすっかり約束した気でやがるぜ」


「その馬、なんで人間の女なんかに惚れたんだ?」

「さぁな、人だろうが馬だろが、惚れた腫れたに理屈なんて無いだろうよ」

「でも馬だぜ」

「あ、それ有りますわ。クラウス卿の磨墨号さんって、アリシアちゃんに気が有るみたいですもの」

「そう言やぁ左様そうだった。兄さん、こりゃまずい」

「なにがまずいんですブリンモール卿」

「よせやい。いや、アリシアちゃんたら磨墨号さんに『最初は人間がいいわ』って返事しちまってるぜ」

「そりゃまずい」

「な? まずいだろ」


「何がまずいのにゃ?」

「いや、決闘になったら俺が負ける」


                ◇ ◇

 アグリッパ下町、運河側の『川端』亭。


「悪意ですか・・」

「妻子を置いて出征する兵士も、家族と離別して出家する宗教者も、そこには何か不手際があったとしても悪意は無いでしょう。騎士の妻子は領地から十分な収入が得られるよう、離別された家族は然るべき額の財産を分与されるよう、配慮されるべきです」


「あんた、まるで司祭さんみたいだなあ」

「いやいやいや、おれは司祭さまのお説教を聞きながら毎日床掃除してるんです。『床拭きの清掃員習わぬ聖典をそらんじる』ってやつです」

 横で『在家の女』ぷっと吹き出す。


「息子に『お前の父は異国で死んだ。ナリスマシの詐欺師が来たら斬っちゃえ』と言った人は善意だか悪意だか分かりません。また『財産など目先の快楽にパーっと使って面白おかしく暮らそうぜ』と言った人は、放蕩の誘惑に負けただけなのかも知れません」

「ふんふん」

「でも『ぴちぴちした若い娘を誘拐して来たからお金ちょうだい』って言った奴は悪意ですよね?」

「ああ。あんた、司祭さんみたいじゃねえや」

 横で『在家の女』が笑いを堪えるのに必死。


「でもよ、そんな悪党どもがいたのか!」

「ここへと押し込みに入った連中がそうなんだってさ。昨夜、捕り物騒ぎがあったでしょ?」

「あれか!」


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城、広間。

 ヴィレルミ師、宴席でもべたべたしているマリオの背後に忍び寄って突然囁く。

「新婦さん・・後ろから抱いたら贖罪でござりまする」


 マリオ、飛び上がる。




続きは明晩UPします。きっと・・


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