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108.迂闊り叱られて憂鬱だった

 嶺南ファルコーネ城、礼拝堂。

 大慌てで婚儀の支度中。


「城下の教会に司祭様もいるけれど、折角手近に修道士さま達がいらっしゃるから典礼服だけ用意させますわね」

「では祝別の儀礼は拙僧が、記録署名は三人連名で致しまする」とヴィレルミ師。

「見届人筆頭は御城代とわたくしが連名で致しますわ」

 ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサてきぱき進行する。

 ちょっと怪しい見届人もいる


「儂、もう隠居の身じゃが宜しいんかのう」

コンラッドクーノじい、爵位はご子息に譲っても騎士は終生でしょ?」


「あの、僕ら北海州の産なんです。貴方様の英雄譚聞いて育ちました!」

 フィン少年が興奮気味。

「うほっほ、恥ずかしいこと言うて呉れるなや」

「じゃ、わしは記録係でもやりますかな」とアルノー老。

 小声で「今夜はご馳走じゃのう」とか言ってるが胃腸大丈夫か? 確か昨夜まで粥だった。


「俺なんか、いいんですか?」とヒンツ。

「騎士である一番の証拠は『何を成し遂げたか』ですが、多くの騎士らは孫が騎士叙任を受けるとき必死に『お祖父さんの足跡』を探しているのが現状です。戦さで勲功を立てる機会の少ない今日びだとアシール卿のお持ちな『御前試合優勝者』の盾とか・・」

 ラリサ嬢の頬が紅潮。

「あんたの物じゃないでしょ! ・・って、あんたのか」


「俺、バツ印だし・・」

「勝利の記録は讃える人が残します。敗者の記録は怨む人が悪意で残します。さて貴方には左様そういう敵が居ますか?」

「ただ忘れられる不甲斐ない者ですね。死罪の判告記録すら無い」


「ブラーク男爵のところに昔の騎士団員名簿が残っとるだろう。除籍の記録は・・わし、付けとらん」

 ・・あのかたは几帳面だから、州の会計検査官として騎士団を解散させた当時の記録とか持ってそうだな。

 って、俺も怪しいのか。

 でも陰謀大好きっぽいアンリ義兄さんが『ド・ブリース男爵家の最後のひとり』って知ってたから、調べは付くみたいだな。


 一介の冒険者のつもりなので家門に頓着していないレッドであった。


                ◇ ◇

 モーザ河畔の断崖上、ランベール城の一室。


「かなり手応えあるわよ。ボーフォルスの家人けにんに土地売って移住の支度金にしようとか本気で考えてる人が増えてる。第一陣が現地を見て何か言って来たら、大きく動くわね」

「あっちは気の荒い連中を大歓迎だって言うんだから大いに結構だ」


「あの子を当主と仰ぐ人数をどれくらい集められるかが鍵だと思うわ」

「ボーフォルスの下に附くのが嫌で出て行きたいだけの奴でも良い。行っちまえば向こうであいつが纏めるだろう。それだけの器量が有ると、俺は思う」


「ちょっと前まで赤の他人だったのに、いつの間にか良いお兄さんだこと」

「ふん、お前の弟なんぞより領主の器だとは前から思っていた。あの小僧はただの短慮で、あの子は果断だ」


「義兄さんに肉親をそう言われると一寸ムカつくけど事実だわね」

「お前の父親は、騎士としては大したもんだったが・・な」

「大将としちゃ今イチって意味でしょ。それも事実」

「弟も戦闘指揮官としちゃ合格だが、も少し大局が見えて欲しいな。お前は彼奴に必要な連れ合いだと思うよ」


「高評価うれしいわ」


                ◇ ◇

 アグリッパの町。

 大聖堂参詣客向けの旅館。

 巡礼の一行という触れ込みの団体様が食事処に集まっている。


「皆さまご一行南部行きのガイドを勤めますのは、嶺南エリツェプルの町から来たアルゲント商会のディアマンテ・メタッロと申します。数日間の旅ですが、どうぞ宜しくお願いします」

「よっ! 姉ちゃん、南部人ってのは、みんなそう陽気で賑やかなのかい」

「馴れ馴れしくって馬鹿騒ぎ好きが多いけど、うちの亭主みたいにムッツリ野郎も多少いますよ」

「なーんだ亭主持ちかよ」


「明日はアグリッパ大司教座で朝のお祈りをなさいましたら、あとは一路船の旅。高原州の商都メッツァナへと向かいます」

「そこも賑やかな町なのかい?」

「そりゃもう! ここは大司教さまのお膝元だから、こんな大きな町なのに皆さん慎ましやかですからね。メッツァナは十倍チャカポコな町ですよ」


「チャカポコって?」

「夜の更けるまで耽っちゃう。ほら、南岳の名刹に連日連夜お籠りでお祈りをしに行く人は行く前に、行って来た人は行った後に、誰もが鳴り物まで入れて、ハメを外して遊びたがるっと」

「チャカポコと?」

「はい、チャカチャカポコポコと」


「それでエリツェプルってのは?」

「そらもう百倍チャカポコ」


                ◇ ◇

 大聖堂。

 白装束あるばに幄衣を被ったホラティウス司祭、夕べの祈りが終わって一般信徒に挨拶している。

 あんまり顔の売れたくない司祭殿、そそくさと奥へ引っ込もうとするところを質素な服の男に話し掛けられる。

「フラックス商会からの使いです」

 そう言われても見覚えが無い。

「エリツェプルの」と言われて初めて察する。

「それじゃ、三番目の告解室で」


「わたしには何のことか全然さっぱり分かりませんが、一語一句言い付かったとおりお伝え致します」

「伺います」

「嶺南州では、君侯がおひとりだけ王様から御旗を賜っておられます。その綽名あだなを『魔王』などと口悪善くちさがない者が謗ったりしておりますが、怪しからぬこと。嶺北の大司教さまに恭しくかしづかれる敬虔な嶺南候さまに何と言うことを申すやら」

「それは失敬千万ですね。恨みでも有る者なのでしょうか」


「二つに分かれていた伯爵家がひとつに統一されたのは『嶺南候の復活』と讃えるきでしょう」

「それはご尤も」


「二十年前に女に振られた男が、彼女と瓜二つの若い女と出会って『魔女が魔法で若返った!』と大騒ぎ。実は彼女の娘でした」

「迷惑な男ですねぇ。ずっと彼女を恨んでいたのですか」

「さぞや冷たく袖にされたのでしょう」

「それでも心が狭過ぎです」

「僧侶だそうで」

「魔女呼ばわりとは、聖職者失格ですねぇ」


「街に流れる噂話がひとつ。小話がひとつ。以上でございます」

「ふたつ目が笑えました」


「それでは私はこの辺で。また南へ帰ります」

「お疲れ様でした」


                ◇ ◇

 ホラティウス司祭、奥へ戻って聖堂内の掃除係みたいな服装に着替える。

「ああ、楽です」

 品位を気にせず伸びをして、欠伸までする。

 用具室脇の硬いベンチにごろり横になり頬杖を突く。


「さてさて。『魔王』呼ばわりは反対派で謗る者の悪口雑言で、『復活』とやらは嶺南候州内統一の隠喩めたふぁ・・と」

 仰向けになる。

「魔女呼ばわりの好きな心の狭い僧は異端審問所主流のアヴィグノ派で、こちらの『復活』は、ただの代替わり・・と。南岳の大司教さまを嶺北と呼んだのは、彼が間違いなく南部から来た証拠」

 寝返りを打つ。


「レッドバートさんの中間報告は、こんな感じですね」

 後額こめかみををぽりぽり掻く。

「おまけに・・あちらの大物らしき人物に、こっちの印象良くしてくれて・・期待以上の成果ですよ」


「おい! あんた! そんなダラけた格好して、なにサボってる!」

「うへっ。す・すいませんっっ」


 通りがかった下級聖職者に怠けてる掃除夫と思われて叱られる。

 司祭、むらむらと気晴らししたくなる。


「・・とほほ。ここ数日ほんとに気苦労の日が続いたし、こっそりお酒でも飲みに行っちゃおうかな」


                ◇ ◇

 寺男風の司祭さま、ふらふらりと例の襲撃事件の舞台になったという運河沿いの料理屋に足が向く。

 するとばったり、最近見知った顔の在家信徒っぽい女と遭う。

「あら『寺男』さん、こんなところで!」

「ちょっとだけ見逃して下さい『在家信者』さん」

 二人、店に入る。

 結構混んでいる。


「あら? 初めてのお客さん?」と、女将。

「ああ、お店の方はね」

「法廷にいたのよ」


「今日はお世話んなった人に感謝祭で、みんな無料よ。羽根伸ばしてね!」

 看板の下に『貸し切り』の印があったのを場慣れぬ二人、知らずに入っていた。




続きは明晩UPします。・・きっと。

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