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11.宿屋の娘も憂鬱だった

 シュトライゼンの娼館街、イレーヌの店。

「あねさま、おかえりの時刻が見えなかったんで夕食は煮込み料理にしました」


 そして出てきた料理、噂のシュトライゼン・チキンであった。因みに、チキンはの辺じゃ「チクリン」みたいに発音する。

「ほぉ・・これが噂の・・」

「有名なの?」とアリ坊。

「んまぁ、いろんな意味でな」

 フィン少年となりの席で苦笑い。


「ほら兄さん、結構パンチのある味でしょ?」

 ブリンのおっさんにとっては馴染みの味だ。故郷ではないが。

 違和感を抱く人も居ようとは思うが、是の『兄さん』という言葉、北の方じゃあ年下にも使う。『若ぇのゆんか』とか『あんちゃくねっけん』だとかの様な見下したニュアンスが無く、旦那へると呼ぶには若すぎる相手などに使う。

 レッド、まあ気にせずに食う。

 わりと強烈な生姜風味であった。軽めのエールとよく合う。


 そこへ、戸口にノック。

 町の助役がづおづと顔を出す。


                ◇ ◇

「いや・・行かせた若い連中の帰りが無暗ヤケに早くてしかも妙に口が重いんで、こりゃ何ぞヤラカしたかなぁって・・」と助役、眉根に八の字。

「ああ、ヤラカしたな」

「ああ! やっぱり」

 助役嘆息。


「まぁ、一杯おやりよ」

「済まんですな。わし何時いつも冷淡な態度しとったのに」

「あはは、妻帯者があたしらと仲良くしちゃマズいでしょ」

 イレーヌ姐さんサバサバ良い女である。

 助役、なんか覚悟したのか目を瞑って一気に駆け付け一杯あおる。


「で、何ヤラカしました?」

「割と深刻。お代官フォクタイ殿もう本気で、この町に自治権返上要求することを大司教座に上申する気みたい」

「な・何を、ヤラカしました!」

「それがねぇ、途中で盗賊一味と出逢っちゃって、そいつがクチが上手くてさ。『これからシュトライゼンの町を襲うが、抵抗せずに金さえ出しゃ殺しはやらぬ』だとか、『攫うのは色街の女だけで、町の素人衆には手を出さない』だとか、色々エサ投げたんだよ」

「まさか・・」

「そう。真に受けて武装解除に応じちゃった」

「あの馬鹿ども・・」


「そのり取りを全部そっくり、賊の鎮圧のために隠れて近づいて来ていた兵隊さんたちに確然しっかり聞かれた」

「うああ・・」

「その報告を聞いたお代官フォクタイ、あんな温厚なかたなのに『自衛できぬ者には自治権は相応しくない』ってビシッと仰ったよ」

 ちなみに、お代官フォクトのことを御料所フォクタイ様と言うと、若干ニュアンスが婉曲になる。


「はい。エールのアテ」

 イレーヌ姐さんの妹分がシュトラウゼン・チキンを盛った椀を差し出す。

「美味いぜ! ああ美味い!」

 助役、がっと掻っ込んではエールを呷り、そしてがっくり肩を落とす。


「どうしたら良いんでしょう」

「ま、明日にでもアグリッパの冒険者ギルドでも訪ねて、町の守りが貧弱すぎてる現状を抜け出すのが一番でしょ」

 おかわりの椀を指差すレッド。

 名物料理シュトラウゼン・チキンが美味そうに湯気を立てている。


 助役。駆け付け二杯目のエールで目が座る。

さむれぇ雇うだ」

「まぁ、其れで良いんじゃん? 『今後はちゃんと自分で出来るから』ってお代官フォクタイ様に泣き付けば、お目コボしも有るだろうよ」

 ブリンがフォロー。

 本格的な傭兵は高くつくので、この際お勧めしない。というか、ディードリック氏みたいな凄腕を常時町中で見掛けたら、お客様は能天気に遊興も出来まい。まぁ剣客でも、豪傑クラスを通り過ぎて達人クラスともなると、自らの存在感を消して風景の中に溶け込んじゃうとかも聞き及ぶが、D氏のあの外見に似合わぬ温和さは上の達人クラスに近づいているという事の現れだろうか。いや単に、元々そういう性格の人なだけかも知れないが。


                ◇ ◇

 川船がゴブリナブールの湊に近付く。

「ご搭乗の皆さま。少々時刻が早めですが、日のあるうちに次ぎの停泊地までは到達出来ませんので、本日は皆様こちらでのご宿泊となります」と、船頭。


「移動に時間のロスがお多いわね・・。 え? ディード、どうしたの?」

「厭な臭いだ」

「におい? 何それ?」


「風に乗って鉄の味がするのだ。最近ひとが沢山死んだのでは無いだろうか」

「怖い話しないでよ」

「気の所為せいなら良いのだが」

「アグリッパから二日の距離の町で、其んな事件が有ったんなら、絶対にギルドで噂になってるわ。気のせいよ」

「昨夜だったら?」

「イヤなこと言わないで」


 船が桟橋に着く。

 丘の上の砦を見上げるディードリック。

「団長が死んだの日も、こんな臭いがした」

 小さな声の呟きなので、クレアに聞こえていない。


                ◇ ◇

 シュトライゼン、イレーヌの店。

「ご予算的に贅沢出来ないなら上手く使わんとね」

 レッドも今は、一杯加減で少し饒舌になっている。


「腕に覚えのある奴はそれなりに単価が高いし見た目も剣呑なのが多いから、此処みたいな客商売で食ってる町には合わないと思うよ」

「では、どうすれば?」と、困惑顔の助役。


「腕前とかは十人並みでも、陽気で人当たりの良い冒険者を人数多めに雇うんだ。頼まれてなくても勝手に観光案内やっちゃうような、気のいい若い連中をギルドで推薦して貰う。一挙両得だろう? 話のわかる職員とか紹介してやるから、明日はアグリッパの町へ行って相談してみいるといい」

「朝一番に町に行ってみますよ」

「兵隊の練度なんぞパッと見に文民にゃ分かんないから、とにかく人数は居た方がお代官フォクタイ様にも受けがいいだろね」


 助役、イレーヌに耳打ちする。

「不義理したのにコンサルみたいな事までして貰って・・。せめて、彼の宿代酒代わしに出させてくれんか」

「あぁらあら、そんなもの彼から取る気さらさら無いわよ。虐げられてた女の為に多勢に無勢で人攫いどもに喧嘩売ったお人の男気に惚れ込んで、身銭を切って彼を歓待もてなしてるだけ」

「そうか・・」

 過剰評価が続く。


 レッド、食傷している、


                ◇ ◇

 ゴブリナブール。

「ねぇディード、なんで丘の上を気にしているの?」

「ん? そう見えるか?」


「無意識?」

「そうか、そう見えたか」

 考え込むディードリック。

「重症ね。あんたがんなんなら、あたしが頑張んなきゃ」


 桟橋のおか側には、町に軒を並べる宿屋の客引き達が数多あまた集まっている。船の着く時刻が限られている所為せいか、雇われの客引きではなくて、宿の女将や看板娘などがお出ましの様子だ。

 毎度のことだが、ディードの外見が剣客としていささか尖がり過ぎていて、女子供が近づかない。まぁ、土地柄次第では武勇伝を請願せがむ小僧どもに取り巻かれることも有るのだが此の町では人が寄り付かず、孑然ぽつねんと取り残される。

「あらら、当地ここはおっさんの客引きがいないのね」と、クレア。

 そこへ、十四、五ほどの娘が勇気を振り絞ったのか、ついに話し掛けて来る。


「あの・・本日のお宿には、当家を如何でせうか。お二人様の個室が、一泊わずか1シュットであります」

「あら安いわね」

 大部屋の貸し寝台なみ価格である。

「さすがにお食事は別よね?」

「はい。夕食と朝食をお二人前で、こちらも1シュットでご提供しております」

 こちらは普通だ。

「どれじゃ、お世話になろうかしら」

 どうやら、決定権はクレアに有るようだ。


                ◇ ◇

 二人、宿屋の娘と思しき少女に案内されて町中へと入る。

 後をいて歩いていたクレア、と進み出て娘の横ざまに並んで耳打ち。

「昨夜、いったい何が有ったの?」

 娘、驚いて「ギョッ! いえッッ、何も!」


「あたしの連れったら見た目が怖くって、若い娘さんが話し掛けるのには一寸ちょっちばかり度胸が要るわよね。あなたも逡巡とまどった末に声を掛けた。でも彼が怖いならば、他の乗船客に声を掛ければ良いわよね?」

 少女、上目遣いにクレアを見る。

「あなた、彼が強そうで声をかけようか、彼が怖くて声を掛けまいかと・・迷って居たのでしょ?」

「・・・」返事、声にならない。


「お姉さんに話して御ランよ。相談に乗ったげる。誰か、強い人が泊まり客に居たら良いと、あなた思ったのよね? 昨夜は何が有ったの?」

 娘、歩む速度が遅くなり、須臾やがて立留まってしまう。そして、クレアを真っ直ぐに見る。

「人目のあるところでは、ちょっと・・」

 娘、また足早に歩き始める。


 彼女の唇が「へ・や・で」と動く。 ・・ゲンセーンカンの娘であった。



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