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106.将来を考えると矢張り憂鬱だった 

 嶺南ファルコーネ城。


「そういう証明書を添付・・ですか」とラリサ嬢、眉を顰める。

「婚姻契約書に第三者の証明書を添付しておけば『前に突き合ってた男がいたのを隠してた』とか言って婚姻無効の訴えを起こされないですわ。さらに、わたくしは妊活指導のアフターケアを付けて『不妊の廉で婚姻解消』などという理不尽を防止致しますの」

 副伯夫人ヴィスコンテッサ、医術者の顔になって胸を張る。

 いや、御立派である。


「レッド、お姉さんの胸・・みてる」

「お前のだって見るだろう」

 対応を誤るレッド。


「アンヌマリーは大丈夫でしょうか・・」

 副伯夫人少し考えて、はたと手をつ。

「大丈夫です」と自信ありげ。

「婚姻を解消したがる男は、他の女と結婚したいのです。ばかマリオは他に結婚の相手が見つからないから大丈夫」

「成る程」

 ラリサ嬢、納得。


「ところでエステル様・・」また眉を顰める。


「いま『突き合って』と仰いませんでした?」


                ◇ ◇

 アグリッパ市内。外郭西門付近。

「おっと・・」と修道女。


「いけませんわ。『巡礼』の方々五十人余、道端に立たせたまま話に興ずるところでした。さぁ皆様、参りましょう」

 会話半ばで行ってしまう。


「あ・・『金になりそうな商売』って、何だったんだ」

 ひとり取り残される探索者ズーカギルド金庫長。


 入れ替わりに、在家信徒っぽい清楚な身なりの女が現れる。

「金庫長、こちらでしたか」

「どんな具合だ?」

「まだ尋問は始めずに、ひたすら恐怖心を煽っています。だいぶ出来上がって来た感じでした」


「つい今しがた『尋問の神童』が着いた。今夜一気にいくだろう」

「伝説のひと登場ですか」

「ああ。だが帰郷しちまって久しい。頼むから、お前は引き抜かれないでくれよ」

「実はもう、仕官しないかと誘われました。けれども『道化師ブッフォーネ』さんが『金庫長に悪いから』と諌めて下さいました」

「ほっ」

「あのお侍様は誰方様どなたさまですか。只者と思えません」

「ひとりで城ひとつ陥とす御方だ。それも嶺南のお偉いさんの跡取り息子らしい」

「おけした方が良かったでしょうか」

「そりゃ、お前さん的には良いだろうが、俺は困る。ディード・クレア組も持って行かれた後だ」

 金庫長、溜め息。


 気を取り直して・・

「それで、町の様子は?」

「ひとくちに『入市規制の強化』と言ったって大聖堂への参詣者は止められる筈も無いので、そう徹底したものにはなるまいと云う楽観論が大勢です。中小クラスの交易業者だけが虐められるのではと」

「猫ちゃんの言う儲け話は、この辺かな」

「いろいろ商機が有りそうです」


「冒険者ギルドにも適当にお裾分けして遣らんと。ご町内でギスギスしたくない」

「ご尤も」


                ◇ ◇

 同市、庁舎。バイコケット帽子を小粋に被る初老の男マックス・ハインツァーが廊下を闊歩している。

 執務室が無い訳でも無いのに変な場所で仕事をしているクルツ局長、相変わらず仏頂面だ。

「やぁ」

「なんだ? 良い知恵でも湧いたか?」

「まぁな。一律に管理強化するのは百害あって利が薄い。なので、ポイントを絞る案だ」

「そのとおりだ。入市管理がゆるゆるガバガバだとお叱りを受けたが、ガチガチに締めても長続きせん。要所要所を締めてこそ教会のご理解が得られるだろう」


「今回の問題は、非合法の武装集団が大勢トグロを巻いてた事だろ。だから犯罪歴調査なんて手間のかかることは諦めて、城門潜るとき武装解除を徹底すりゃいい。市内の武器屋には、販売時の身元確認を義務付ける」

「武器商人ギルドあたり愚図愚図言いそうだが、高額商品だからな。客に身分証明提出させてもバチは当たらんだろう。ゴネる客をお前んとこの手の者がマークすりゃ良いわけだ」

「お侍さまから差し料預かる訳にも行かないだろうが、門衛にご立派な紋所見せて貰えば済む。傭兵も看板背負しょってる筈だ。出し渋るヤツもマークだな」


 逃げも隠れもしない奴は追わないというスタンスのようだ。


                ◇ ◇

 同市、艮櫓。

「ふうふう、階段が多くて疲れますわ。お昼寝がしたい」


「あ、黒猫姫。随分とお久しぶり」

「あら『鷲木菟ウフー』氏、暗殺者をお罷めになったのですって? 寂しいですわ」

「いや仏心が湧くこと多くなっちゃって、潮時かなぁって」

「身共が先日知り合った男も、仲々筋の良い手練れであったが。良き連合いを得て堅気になり申した。善哉善哉」

義兄にいさまも婚約なさって少しは丸く・・なっていませんわ。纏う殺気がぴりぴり心地ようございます」

「どこやら遥か遠国をんごくに、毒魚の毒の痺れが心地良しと言い遺して世を去った食通がをられたとか。ほどほどにせよ」


「そちらが収穫物えもの?」

「天晴れ『道化師ブッフォーネ』殿が釣り上げて来た。其方そなたに土産と」

「まぁ嬉しい。『道化師ブッフォーネ』、御馳走になるわね」

「お嬢に喜んで貰えりゃ欣喜雀躍でさ」


「わたくしの拷問はね、残らず自白したから放免してさしあげると、次からは皆様お金を払って受けに見えるのよ。あなたも楽しんでね」


 縛られた男、恐怖で失禁する。


                ◇ ◇

 アグリッパ、大聖堂のわき辺り。在家信徒っぽい服装の女、懺悔室に入る。

「ありのままを」と向こう側の聖職者。


「警邏隊本部の地下では情報将校だった退役傭兵が逮捕者を尋問、首魁は別途また協力者が身柄を確保して尋問中です。傭兵流儀のやり方ですから、世俗法廷に対し提出できる証拠には・・なりません」


「それは『最後まで暴力的な方法で処理する』という意味ですね・・聞かない方が良かったでしょうか」

「俗界の私闘とおぼしめられませ」


「警邏隊の方は、逮捕者たちをもとから自由市民権のない犯罪者として処断すると言うことですね。別途の協力者とは?」

「南岳教団の意をうけた嶺南ガルデリ家の関係者かと」

「それは・・触れたら大事おおごと・・ですか」


「お恐れながら・・大事おおごとにならぬよう敢えてお触りになるのが宜しきかと」

「つまり・・会った方が良いと?」

「御意」


「あなたは・・逢ったのですね」

「噂に聞いたより、ずっと穏やかな御方でした」

「一言で言うと?」

「一言で言うと・・知性ある魔獣なるものが実在するなら、あんな感じかな、と」

「怖かった、ですか」

「・・ほんと・・怖かったです・・」


「でも、ひとつ確かだと思うことが有ります」

「それは?」


「ひとは食べません」


                ◇ ◇

 嶺南、ファルコーネ城。

 アンヌマリーとマリウス、出てくる。憔悴している。


「はぁ・・あなたたち、お友達から始めるんじゃなかったの!」

「いや、最初しばらくは左様そうだった。本当だった! どうか信じてくれ」

「放蕩だったわ。信じて」

「アンヌマリーさん。発音間違ってるよ」


「あ、わたしたち責めてる訳じゃないわ。呆れてるだけ」

「お姉さんに処女証明書、書いてもらえないよ。結婚契約書に添付するんだって」


「そんなもの要らない。俺が証言する。証拠物件だって有る。すぐ持って・・」

「やめなっさぁいマリオ!」

 もう呼び捨てになっている。


 初夜の明けた朝、破瓜の血の付着した肌着やらシーツやら旗のように立てるのは広く普及している習慣だ。男女とも、そう言うものを誇りに思う文化なのである。


「アンヌマリーさんって、・・そうだったの! 男なんて百人くらい居そうなこと言ってたじゃん」

「あたしの場合母親がアレだから、あいつが出奔して十数年ずっと後釜を期待され続けて来たのよ。勢いで蓮っ葉なことくらい言うわよ」


「マリオ・ディ・トルンカ! 汝、こいつで良いのか?」

「良い、良い。こいつが良いんだ」

「おっぱいが萎んだら遺棄しないか?」

「良い、良い。ほかも良いんだ」

「ほかも萎んだら遺棄しないか?」

「しない、しない。こいつの気っ風に惚れた」


「なら許す」

 アリシア、根拠なく偉そう。




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