102.小娘に手玉とられて憂鬱だった
嶺南、ファルコーネ城。晩餐の広間。
ちょっと女性陣が飲み過ぎている。
「尊き裁判長閣下! 被告マリウス・フォン・トルンケンブルク未成熟児童時代の痴漢犯罪については、犯行当時に刑事罰適用年齢未満なため前科とならないという理解で宜しいか、伺います」
・・だからラリサ嬢、誰が裁判長だよ。
「宜しい!」と一同。
いいノリだ。
「賠償金については、支払義務者と受領権者が同一であったため相殺が妥当という理解で宜しいか、伺います」
「正当に支払われていたらエリツェの御屋敷街に家が建ってますわ」
副伯夫人、瑠璃盃をくいと空ける。
「尊き裁判長閣下! 被告マリウスのベリーニ家息女ユスティナ嬢に対する破廉恥犯罪行為は、彼女の鉄拳と決闘神判に基づく尻叩き刑の執行により贖罪済みという理解で宜しいか、伺います」
「宜しい!」と一同。
「むしろ当時十五歳思春期真っ只中の少年にとってトラウマになってないかい?」
「その彼に決闘で負けた老練なる騎士はどうした!」
「敗北がトラウマで毎朝ウマと喋ってらぁ」
「ザマぁハンニバル」
「代言人ラリサ・ブロッホは、これまでのマリウス被告の行為がすべて兄嫁であるナネット夫人と瓜二つの顔をした女性たちに向けられていたのに対し、今般初めて違うタイプのアンヌマリー嬢に対して行われた事の画期性に注目致したい!」
「言われてみれば、それは画期的ですわ」
「画期的痴漢」
「アリ坊それ身も蓋も無い」
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド。
ギルド長マックス・ハインツァー渋い顔をしている。
「そもそも、当協会が秘義務遵守の点で彼方さんに負けているのは体質上しようがないんだ。誓約団体の秘密主義を嫌っといて、口が固くないと言われたら臍曲げてるんじゃ道理が合わんだろ」
「自由なとこが我々の持ち味ですものね」
擬似的血族の結束なんて古臭いと思う冒険者の『新しさ』が弱みでもあるのだ。
「まぁ・・扱いが下請けっぽいって不満は仕方がないとも思うけれど『そのくらい我慢しやがれ』と怒鳴りたくもなるぞ。実際、俺が頭下げて貰って来た下請け仕事なんだからな」
「懐が温まっているのだから文句を言うのも贅沢ですわね」
マックス、ふと思い出す。
「そう言えばレッド、上手くやっているかなぁ」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城の広間。相変わらず馬鹿騒ぎが続いている。
もしやこれは、財宝大発見が糠喜びだったのを、エステル様が一風変った趣向で慰めて下さっているのでは・・などと不図思ってしまうレッドであった。
ラリサ嬢の指に光っている大粒の宝石が彼女の手に入れた宝なのは間違いない。それは、もっと大きな宝の一部だが。
彼女の横のアシール卿相手に、ギルベール師とブリンが背中預け合った武勇伝を吹き始める。あんたら邪魔するなよ。
「きみ、きれいな子だよね。指ほっそーい」「ほっそーい」
黒髪少年AとB、アリシアにべたべたし始める。
「おい、君ら・・マリウスさんの話聞いてたろ」
痴漢は犯罪である。手を握る程度でも。
「その子、嫁入り前のお嬢さんだからな」
「僕らもよく女装するよ」「するよ」
その返答、観点ずれてるぞ。
「あ、レッドが嫉妬してるっ」
「そんなんじゃない。俺は親権者代行だ!」
「レベッカちゃんがクラウス卿にお熱になったときも、レッドったら結構妬いてたもんね」
「あれは・・皆が彼をあんまり褒めるから一寸張り合っただけだ」
「うふふ」
「お! きみ、お兄さんのこと満更じゃないね」「ないね」
アリシア調子に乗って、ひとの太腿に手を置いて見せる。
「ちっちっち、そこ触るなら此んな感じ」「感じ」
三人で触り始める。
「おい君たち! 人前で何をやってるんだ。マリウスさんの話聞いてたろ」
「あ、フィンくんが妬いたっ」
◇ ◇
アグリッパ探索者ギルド、金庫長執務室。
警邏隊本部に派遣した尋問担当が報告中。
「当該組織員には特定の母体が認められず。首謀者が独力にてスカウトして集めた集団と思料する」
「随分と手間を掛けて作った組織が、一夜で壊滅か」
「粗製なのは個人活動の限界であろう」
「半端者を数ばかり集めて育成は二の次か・・」
「それでも数の暴力は十分な威嚇効果があった模様。告発された履歴が全く無い。あれだけの数の前科持ちを集めて、それを碌に統制も執らず、それで何もこの町で犯罪行為を働いていないと言うのは不自然だ」
「被害者も表沙汰にしたく無いような被害をさぞ出して来たんだろうさ」
告発が無い以上、犯罪も無かったのだ。
犯罪を犯していない自由市民が処罰されることは無い。それは市民の権利だ。
しかし合法的な居住者だと自ら立証できない者が市内に起居することは違法だ。
この違法行為を市の職員が職権で告発する事はできる。
そういった公共サービスとしての『清掃』は従来も定期的に行われて来た事だ。
こんな暴力的な方法ではなく、だが。
「スカウトした場所の分布から、ホームグラウンドが割り出せる可能性があるので集計し精査中である」
退役傭兵にも喧嘩屋ばかりでなく情報畑の者もいる。
金庫長、頷く。
「首謀者の身柄は協力団体の特務が既に確保し取調べ中だ。後日改めて情報交換の機会を設ける」
尋問担当、軍隊式の礼をして警邏隊本部に戻る。
「優秀な男です」とブルーノ係長。
「クラリーチェさんに会わせて大丈夫ですか?」
「引き抜かんよう、改めて頼んどこう」
◇ ◇
ファルコーネ城、客室。
皆、晩餐後の大騒ぎに疲れた末に銘々の部屋へと引き取った。
「おいアリ坊、そこで何してんだ」
「さっきの復習」
「ああ・・あの少年AとB、なんだか妙に触るの上手かったな。俺もなんだか妙に興奮しちゃったぞ」
「うふふ。レッドは男の子が好きだもんね」
「何を言うっ! 俺はそんな趣味じゃないぞ!」
「うふふ。おとなしく触らせて興奮しといて、今さらなにを」
「あれはお前が触るからだなぁ・・対応に困って・・好きにさせただけだ」
「うふふ。さっきの部屋割り、フィンくんったらレッドと同室になろうと工作して夢中だったじゃん」
「イヤそれは過去三年ずっとそうだったし・・イヤなんでお前が俺の部屋に居る」
「黒髪少年AとB、よく女装するって言ってたよね」
話を逸らすアリシア。
「この間の冒険者ギルド開設式典で、もしも受付嬢の頭数が揃わなかったら彼らの出番だったっんだってな」
・・あれ? 考えてみると変な話だ。
男が受付窓口業務してたって良いじゃないか。
まぁ何処か異世界で、国民的英雄が女装して酒宴の席で敵将を暗殺する話が有るらしいが、その国の英雄って、それでいいのか?
「・・って、おいこら!」
この世界のショースは前ボタンが無いので簡単にポロリする。
「この前、ウスター城の広場で、兄さんがそっとレッドに、僕をモノにしろって唆してたでしょ。聞こえてたよ」
「ああ・・御家事情が複雑らしいな。お前が上位貴族の嫁になったらボーフォルス男爵家の奥様が不安がるとか・・」
「両男爵家の当主同士が結婚したから、母上が僕の弟を産むまでは気が気じゃ無いだろうね。僕の方が正統だっていい出しゃしないかってさ」
ボーフォルス男爵にとってアリシア・ランベールは実妹であり新妻の連れ子だ。新しくないが・・。
一方で、奥様こと先代男爵夫人にとっては厄介な存在だ。昔気質の賢夫人である彼女、単なる浮気相手じゃなくて、夫がくっころプレイで孕ませちゃった女騎士の子供に道義的な負い目を感じている節がある。
「ふまり、ボーフォルス側からすればレッドって僕をくっ付けたい丁度いいタマなのらま」
「おい! お前どこでそんなこと覚えてきた!」
「シュトラウゼンのイレーヌ姐はんとこで妹分たひから・・」
続きは明晩UPします。




