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101.欠席裁判で憂鬱だった

 嶺南、ファルコーネ城。

 ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサ食後酒ディジェスティフも手伝ってか晩餐の卓を叩いて言う。


「これは断言します。ここ嶺南には顔のそっくりな女が四、五人は居ます。従妹のクリスちゃんは今メッツァナでナネットちゃんはエリツェ、ユスティ様は西谷ですけどっ、アルテミシア様の彫像をご覧になった皆様、心の中でほんとうはお分かり頂けたでしょう?」

 ・・公文書館で出会ったのがそのナネット様だとしたら、確かに並んで立ってて区別がつく自信は無いな。


「確かに、大穴の底で異常な生物相は観察致しました・・けれども瓜二つな人間がそんなにも大勢居るとは思えぬのでござりまするが・・」

「御坊もアルテミシア様の彫像と此のわたくしの顔貌を両方ともご覧ぜられた筈。なんならナネットちゃんと裸になって並んで差し上げますわ」

「いやいやいやいや其処迄は・・見たいでござりますけれど」

「純粋な知的興味だとは諒解致しますわ」

 副伯夫人ヴィスコンテッサ平素と違う真面目な顔。


「わたくしも嘗てはクリスちゃんの影武者みたいな事を致して居りましたし、そのクリスちゃんと従姉ユスティ様は色違い2Pと言われるくらい瓜二つ」


「ご主人がた、それで大丈夫? 間違えない?」とアリ坊が余計な心配。

「実は取り違えの悲劇が嘗て有ったとか。大司教さ・・あ、これは秘密」

 なにか口走ったが、すぐ話題転換する。

「そ・そうですわ、そこの黒髪少年AとBをご覧下さいませ。最近Aの背が伸びて来る前は見分けが付きませんでしたわ」

「姉のCが女くさくなる前は黒猫兄弟ABCだったのだ」「だったのだ」


「そう言えば、マリオさんとお兄上って似てらっしゃるんですの?」

 話題転換の意を察するラリサ嬢、こう言うところが上手い。

「う〜ん、福笑いの成功と失敗例かな」

 然し副伯夫人ヴィスコンテッサは彼女のマリオ君イメージアップ作戦またも破壊するのであった。

 ・・って、そんなゲーム、この世界に有ったっけ?


「わかった!」アリ坊膝を叩く。

「お姉さんやベリーニ家のユスティニアーナ様、みんな兄嫁さんとそっくりだからマリオ君お尻を触ったんだよ」

 ・・お前、『君』呼びかよ。


                ◇ ◇

 アグリッパ、街頭。

 冒険者アボンチュリエチーム、そこそこ大漁の部類。

「なぁ、探索者ズーカギルドの連中って気のいい奴らじゃね?」

 どうも、打殴ぶんなぐってへろへろにた後の捕獲役を意図的に譲ってくれた感がある。

「運ぶのが面倒臭いだけだ。あっちは歩合仕事じゃねぇから余裕なんだろうよ」

 ちょいと拗ねてる奴もいる。


「しっかし、途中で横から攫われたやつ、あれは惜しかったな。きっと高価格物件だったぜ」

「んだな」

 数珠繋ぎにして警邏隊の本部まで引っ立てる。


「なんか袋詰めんなった正体のない連中を運ぶ追加発注も来たみたいだぞ」

「そんな頭数、人足寄場から呼びやがれよ!」

不貞ふてんなよ。再逃亡の防止も手間賃に入ってんだ。危険度低くて割りが良いぞ。飛びつく奴ぁ多かろう」

 冒険者ギルド、今日の仕事に在り付けなくて手持ち無沙汰のまま宿泊所で空しく雑魚寝していた者には慈雨である。

 求職活動中なら連続三日まではギルドに泊まれる仕組みなので、こういう夜間の緊急依頼にはけっこう対応できるのだ。


 背後。艮櫓に灯が点ったことを誰も気付かない。


                ◇ ◇

 艮櫓。

 最上階の望楼は城外を見張る設備なので、城内向きには矢狭間が無い。

 月下悠々と酌み交わしている人影二人、床に蹲って見ている人影二人、縛られて横たわるひと一人。

 横たわるひとの顔に前に蝋燭一本、風変わりな燭台に点っている。灯火の背には銀色の皿が立って、恐怖に引き攣る男の顔にだけ光が当たる仕組みだ。男の口には馬銜の如き器具が当てられているが猿轡ではない。喋れるので。


「叫んでもいでやんすよ。ここ誰も来ないから」

 しゃがんでいる男、淡々と語る。

「門の外には縛り首の台カピストルム、中にゃ頭の皮を剥ぐ台。ひとが叫ぶ場所でやんす」

 ちょっと嘘がある。この町では、頭の皮を剥ぐ刑罰はひと世代前に残虐だからと廃止になって、今は髪を剃る刑に代わった。

 あんまり叫ぶ人はない。


「あんた、アタナシオ司祭の馬鹿息子に際限も無く、遊ぶ金をじゃぶじゃぶ渡してやんしたねぇ」

「・・・」

「いんや、いんすよ今日は。あんたが叫ぶような事ぁ致しゃあせん。今日ん所は未だ・・ね」


                ◇ ◇

 同市内、警邏隊本部。

 叫ぶような事が行われいるのは此処ここ

 普通は行わない。何故なら、行なうと彼の自白内容が公判で証拠として使えなく成るからだ。

 だが、昨夜から外部にまで声の漏れないような地下室は、だいぶ騒がしいことに成っている。

 そういう状態に陥っても自分らが法により保護さるべき人権を有しているのだと申し出る者が無いのは、激しい苦痛に耐えてまでも庇わねばならぬ誰かがいる者かもなくば最初から権利が無いと自覚している者だ。

 実際は前科の有無など仲々判明しないものだが、多くは微罪だと主張して宥恕を乞う方を選ぶ。偽証が酷刑なので。


「どんな具合だ?」

「いや、もし戦争とか始まって敵の傭兵に捕まったら・・とか考えると、身の毛が慄立よだちますね」

「そんなか」

「他愛のない話ならば、ぺらぺら吐いてます。出自はばらばら生国まちまち。兵役経験者を俄か教官に仕立てて申し訳程度の教練をしただけの者ばかりですね。まぁ骨のある連中は抵抗したんで未だノビてる所為せいかも知れませんが」

「親玉は?」

「人相書きが作れるくらいの情報は集まりました」

「つまり誘ッ引しょっぴいた中には居ないってか」


 艮櫓で転がされている。


                ◇ ◇

 嶺南、ファルコーネ城。晩餐の広間。

「つまり、マリオさんが今までお尻を撫でた相手は、全員とも兄嫁のナネット様と瓜二つの方々ばかり・・」

「まぁ一応ばかマリオの為に補足すると『彼が少年時代に』ね。そしてわたくし達も少女でみんな独身でした」

 人妻に対する痴漢行為は更に重罪である。ただし十五歳過ぎてもヤッていたので未成熟児童の免罪は受けられない。

 せっかくラリサ嬢が弁護する方向に持って行こうとしたのに、副伯夫人ヴィスコンテッサまた有罪無罪論に引き戻してしまった。


「十二歳未満の場合、親権者が賠償金を支払うのですわね?」

 なんか法廷で代言人をしているふうなラリサ嬢。

「当時の彼のことならワルトラウテ・トロニエ並びにオルトリンデ・フィエスコが親権者代理ですわ」

「どっかで聞いた名前な気がするわね」

「同時に被害者たちの親権者ですの。ワルトラウテ様はナネット様の母上、オルトリンデ様はクリスティーナ様の叔母でわたくしは内弟子」

「身内を総なめなんだ!」

「流石に直に舐められはしませんでしたが、眼差しは舐めるが如くで・・」

「尊き裁判長閣下、告発人は印象で被告人を貶めています」

 ・・誰が裁判長だ。


「ベリーニ家のユスティニアーナ様との事件は従騎士時代でしたわね? 右陪席は経緯を述べて下さい」

「ねぇ、つい今さっき『告発人』と呼んでなかった?」

「細けぇ事ぁ良いんだよ。お嬢さんたち一杯加減でごっこ遊びなんだから。ほぉら婚約者さん笑って見てら」

 裁判長を勤める伯爵の従弟殿だ。本物の法廷も屡々実見して居られるだろう。


「尊き裁判長閣下、被告ばかマリオは叫喚告知人ユスティナ・ディ・ベッリーニ=ガルデッリが男性用プールポワンを着用していることを奇貨として、悪質にもその臀部中央深めに接触を図り、拳による殴打で反撃されました。直ちに叫喚に応じた立会人の前でその場で真剣による決闘の審判が執行され、ブラゲットの緒を切られ敗北しました。然り然うして勝利者権限により尻叩きの刑が即時執行されたものであります」

「こりゃ恥ずかしいわ。当時十五、六?」

「思春期ねぇ」

「これは受刑による贖罪が完了したと判断して宜しいか問います」


 一同「異議なし!」



続きは明晩UPします。


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