100.晩餐でも憂鬱だった
嶺南、ファルコーネ城の地下墓所。
石棺の蓋には其処に眠る人々の等身大の似姿が精妙に彫られている。
鉄鎖で雁字搦めに縛られたアルテミシア様の石像が『なんだかえっちだ』という少数意見がある。
「いいえ、別に亡きアルテミシア様が復活なさるとか左様いう話は有りませんわ。
抑も此処には御遺体が有りませんし」
「無い?」
「ガルデリ家の御一族は昔ながらの葬制で葬られる決まりとのこと。これは皆様が改宗なさった当時、ときのエルテス大司教様が『伝統的な儀礼は異教でも異端でも無い』と裁定なされて以来数百年続いていると聞きますわ」
・・それ、秘密なんですか?
「つまり石棺は空っぽです」
石像と瓜二つの副伯夫人、淡々と仰る。
「石棺が空っぽでござりまするとは・・其れを封印なさっている理由は!」
「お察しのとおりですわ。『鉛の本』を封印致しました」
「なんと、此処に在ったので御座るな」
「あの・・拝見する事は叶いませぬのでござりまするか?」
「医術者として許可できません。健康被害が出ます」
「拙僧ども、修道僧でござりまする。子種が無くなるのは一向に・・」
「わたくし、ジョセッペ・マレリ殿のお最期を見取りました」
「悲惨な悶死で御座るか・・」
「いいえ、わたくしの従妹のお尻に頬擦りしつつ、永劫の磔刑から解き放たれたるプロメテが如く法悦の裏に旅立たれました」
「そんな死に方なら俺もしてみてえ」
「近代能楽集かって」
◇ ◇
アグリッパ、艮櫓を望む街頭。
こそこそ動く冒険者チームに緊張感が走る。
「動いた!」
「あんまし動いてなくねぇか?」
「警邏隊が一斉に赤マント着て密集陣形とったの見えてねぇのか」
「だって薄暗いし・・」
「馬鹿だな、街の明かりに目をやっちまっただろ。こういう時ゃ灯りを見ないよう気ぃ付けて目を慣らしとくんだよ」
「傭兵どもは動いてねぇぞ」
「フォローに徹してやがんな。野郎ども固定給契約だぞ、きっと」
「へ?」
「だからさ、きっと連中は『警邏隊長の命令通り動く。勝手な事しねぇ』っていう契約なんだよ。出来高払いじゃねぇんだ」
「それ、狡くねぇか?」
「あんまり働かないで金貰えそうだから狡いってや狡いが、警邏隊のプライド上はソレがいいんだろ。俺ら各自判断で遊撃できっから此方ゃ此方で都合いい」
「そうか・・」
「さ、落穂拾って稼ぐぜ!」
◇ ◇
同市、艮櫓。真っ暗な室内。
「始まりましたな」
「天に一痕月青く黙し、地には紅袍矛戟を進む。琴韵有らば爭でか謳はざらむ」
「クラウス卿は雅びで有らせられる。先ず一献」
「ほお・・香り茶に火酒とは乙な。青い硝子盃が月光に映えまする」
「肌寒くなって参ったゆえ」
「扨て『道化師』殿、首魁は如何にして捕ふや?」
「此処から見てて一番巧く遁げる奴が親玉でさ」
ホルスト司令、手を拍いて感心。
「貴殿も一献」
「あ、彼奴っぽいでやんす」
『道化師』すっと立ち去る。
◇ ◇
同市、雑踏。冒険者の一群。
「待て待て! まだ我慢だ。目を配れ」
捕り物、始まっている。
赤マントの人垣を這いずって抜けた男を、傭兵の短い警棒が一撃。だらんとした身体を首根っこ掴んでそのまま麻袋に詰める。
「連中えぐいな」
「半端ねえわ」
「あの連中の包囲網を抜けるような目端のきく奴こそ高値の付くタマだ。よおっく見てろよ!」
冒険者チーム、眼を凝らす。
凝らすと、建物の隅から隅へ鼠か脱兎か、素早く逃げる奴がいる。
「あれだ! 高価格物件だ!」
「進路を塞げ!」
冒険者ならではの狩りが始まる。
・・と、思いきや。
何処からか降って湧いた小男が、脱兎をぽこりと殴っては、肩にひょいと担いで持ち去った。
ひとこと「失敬」と言い残して。
脱力する冒険者たち。
◇ ◇
艮櫓。
『道化師』還って来る。
「こいつでやんす。イノさん言ってた顔貌どおり」
「其奴が首魁であるか」
「すんません司令官、せっかく一杯頂戴したのに・・って。まだ温かいわ」
飲む。
捕まえてきた男、そんなに顔は良くない。
◇ ◇
嶺南、ファルコーネ城の地下墓所。
三修道僧さんざ粘って交渉して、副伯夫人渋い顔ながら本を決して開かぬという条件で譲歩する。
彼女と瓜二つの石像を縛る鉄鎖の封印を解き、石棺の蓋を開くと、其処には更に鎖を掛けられた鉛の箱が有った。大型の書籍の装丁を模した金属製の箱は、頑丈な書見台にでも据えなければ読むことは叶うまい。
「これが『鉛の本』・・」
「開かぬ約束ですわよ。手に取るのも駄目ですわ」
「うむむむむ」
「此処に禁書を封印してあることはエルテスの大司教様にも報告済み。当家が一切人目に触れぬよう蔵匿するよう御下命を受けて居ります。皆様ゆめゆめ御他言など為りませぬように。暗殺されますよ」
「よよよ読みとうござりまする」
「駄目です。読んだ最後の一人はマレリ家のジョセッペ卿、故人です。永遠に彼が最後の一人です」
「端っこだけでも・・」
「駄目」
「誰でも頚ちょんちょん刎ねていい?」「刎ねていい?」
「喋ってた人だけよ。読んだ人は刎ねなくても死にますわ」
・・この黒髪少年AとB、どっかで見た気がすると思ってたが、アルノーさんに黒豹の魔獣の子供って言われて気が付いた。クラウス卿と何処となく似てるんだ。
・・隠し子じゃないよね?
おい、アリ坊。そんな触んなって。
「古籍『博物誌』記せる『呪いの星降り』は如何にもな怪異なれども実に稀有なる自然現象でござりましょう。我らはその『星降りの大穴』を抜けて、所謂異世界を垣間見て参りました。其の『博物誌』謂う所の往古天から降った魔石より漏れ出す毒素を封じ込める『鉛の本』が此処にござりまする。これなるは人が防災のために試行錯誤の末に辿り着いた叡智であって『呪い』に非ず。斯様に結論致す」
「異議御座らぬ」
「ございません」
ヴィレルミ師が隠密の異端審問官であることは、此処にいる誰も知らない。
◇ ◇
アグリッパ、艮櫓。
「公事、畢りましたる模様」
「我が隊も出動無し。部下達も休暇同然で楽を致し、某は貴人と月下の行酒。働いておられる警邏隊の皆様に申し訳なし」
「これで辺塞にお還りか」
「彼処も気楽で良い。戦場を疾駆した老骨の終の住処で宜うござる」
「此奴締め上げる楽しみも残ってやんすよ」
「それは貴殿の獲物でござろうに」
「義妹が譲れと言いそうである」
「あ・・そりゃ仰いますね」
「何度か御一緒させて頂きましたが、黒猫姫の拷問って見たこと無いんですよ」
「えぐいぜ。異端審問官が青くなってたってさ」
「うわっ」
「窒息責めと言葉責めを繰り返すと頭がパァになって何でも喋るんだってさ」
「怖わすぎ・・」
捕らえて来た男に聞こえるように言っている。
既に言葉責めが始まっている。
◇ ◇
嶺南、ファルコーネ城、大広間。遅めの晩餐が始まっている。
総じて灯火を節約したい町人は夕食の時刻が早く、蝋燭を税の調品目としている領主らは遅めである。金もないのに夜遊びの好きな冒険者も遅いが。
・・そう言やぁ、此処の家の紋章が鷲だったな。地下でぜんぜん気づかなかった俺って、ばか?
「なんだか全部冒険者気分に浸ってしまいましたわ」
禽竜や狼蜥蜴らとの戦闘をアシール卿に物語るラリサ嬢、あんた生粋の冒険者と違ったか? 誰のだか知らんが淡青のドレスに着替えて婚約者の横に座っている。彼女の身長に合う服の有ったファルコーネ家、恐るべし。
そう言ゃ彼女、地下でもめっちゃ有能だったけど、お祖父さんが剣豪の勲爵士でお父上が爆弾三勇士みたいな地元の英雄らしいから、押しも押されもしない未来の男爵夫人なんだよな。
「そう言えば、昔マリオさんが決闘して負けたお相手って、どなたですの?」
「ベリーニ家のユスティニアーナ様よ。伯爵夫人側近の女騎士ですわ。あのばか、歳下の少女に惨敗したのよ。ほんとは強いくせに。可成り実戦経験積んでるくせに何時迄も道場剣法の癖が抜けないのね。ほんと、ばか」
・・はいはい、副伯夫人が実戦で強いのは拝見致しました。
「もしかして、その女騎士様もエステル様と瓜二つでは?」
「御歳はひとつ上で仰いますけれど」
瓜二つらしい。
続きは明晩UPします。




