10.おっさんは憂鬱だった
シュトライゼン谷を出て直ぐ、襲撃者のご来訪である。
つい先刻、取り逃がした賊徒はたった三人だった。何処からこんな人数の仲間を呼び寄せたやら。
◇ ◇
「大人しく武器を捨てりゃあ、命までは取らねぇぜ」と、抜き身の幅広刀を担いだ頭目らしき男。
「だが、街は略奪し女たちは攫って行くんだろ?」
「その通り。この際おれ等も隠れ家を移すから、餞別をもらう。まとまった金品を頂いてくぜ。抵抗しなけりゃ殺しもやらねえ。地元の者なら黙って金さえ出しゃあ盗賊が遠くへ去るからお得だし、女を攫うのは色街からだけで、町の素人にゃ一切手を出さん。どう振る舞うのが利口か考えろ」
「よく喋る盗賊だな」
「まして、よそ者なら損はひとつも無ぇ。武器を捨てろ」
「残念ながら、味方は見捨てないのが冒険者なんでな。ひと暴れさせて貰うぜ」
「あー、俺たち町の衆は、大人しく金払うから武器を捨てるぞ」
「なるほど、これが名物シュトライゼン・チキンって奴か」
「多分ぼんやり薄味ですね」
「それがどっこい結構スパイシーなんだぜ」と、ブリン。
そのとき一本の矢が飛来して頭目の頭だか目だかに命中、絶命して倒れる。
続いて、何処に潜んでいたのか、槍鉾を構えた一団の兵士が掛け声と共に賊らを刺し貫いて、瞬く間に片が付いた。
「あらま」
「代官所の兵隊は町の自治権との兼ね合いで入って来れないって言ったろ?
この辺に兵を伏せてると思ったよ」
イレーヌ、事もな気に言う。
「やぁ、通報してくれてありがとう」と、隊長らしい兜の男。
「この近くに盗賊の隠れ家があるという情報は有ったんだがな。連中地元じゃ全然暴れないもので、探し出せずに居たんだ。けど勝手に出て来て網に懸かってくれて万々歳だ」
「こいつら地元の盗賊ですか」
「たぶん蛇の道は蛇、人攫い集団は此奴らの隠れ家を知ってて、縄張りに立入るに当って挨拶に行ったんだろうね。悪党には悪党の仁義がある。それで、連行される彼等の事を救出しようとして尻尾を出したって所だ」
「義理堅い悪党ですか・・」
「悪党が悪党に義理堅くたって、感心して減刑する判事は無いけどね。ははは」
陽気な隊長であった。
◇ ◇
「それじゃ生き残りを締め上げてアジトを吐かせようかね。まだ留守番の賊連中が居るだろうから、そこを我が本隊が急襲する。君らには護衛ひと班つけるから先に代官所へ行っててくれ」
「町の若い衆は?」
「いいだろ? 帰しちゃってさ。ものの役に立たん」
チキン料理は有名らしい。
「ばかだよねえ、口車に乗っちゃってさ。武器持ってるばかより丸腰のばかの方が殺すの楽に決まってんじゃん」
隊長、ぶつぶつ言いながら倒れている盗賊たちの方へ行く。
「それでは参りましょう」と護衛班を率いる伍長。
「よろしくお願いします」
◇ ◇
シュトライゼンの色街。露骨な名前のイレーヌの店の二階。
アリシア嬢・・というかアリ坊、店主の妹分たちと話している。
「このぱんつって、ちょっと恥づいよね。お尻丸出しっぽくてさ」
穿いてみた。
露出度は高いが、本来は球技などに興ずる婦女子のウェアだという。
「でも、お客さんに大ウケでさ。これで家が何軒か建ったって言うくらいさね」
「南部の方じゃ、これで表通りを歩いちゃうって本当かな?」
アリシア嬢らしからぬ少々恥づかし気な表情。
「そうは聞いたけども、信じ難いよねー。精々が、部屋ん中で旦那に見せて媚態を作るとかソンナ感じじゃないの?」
「だよねー」
「でも、ぴっちりお尻の形になるから、体の線がもろ出る薄手のドレス着たときに下になんか着けてるか判らないで良いよ。お月さんバレない」
「あの娘って、ふんわり薄絹の古風なドレスの下に穿いてたわね。やっぱりモロに体の線が出るやつ」
「あたしら、そんな高い服着ないから関係ないけど」
「あの娘? それって噂の『南部のひと』?」
「うん。よく飛んだり跳ねたりする人だったから、これ穿いて無いと、奥の奥までモロ見えだもんねー」
「そうそう。踊りがめっちゃ上手でさ」
ぱんつを流行らせた元祖の人らしい。
「南部って、どんなとこなの?」
「それがね、その・・あれ? あんまり聞いてないな」
「ぴょんぴょん飛んだり激しいステップ踏んだり、皆なよく踊る国。スカートの裾持って自分で捲ったりまでして踊る」
「うーん、ぜんぜん参考になんないなー。ぱんつが普及した理由だけは解った気がする」
「みんな血の気が多くて、すぐ決闘始める国」
「当家、ひとのこと言えないな」
「それで、みんな死んじゃうといけないから、使っていい武器はハリセンだけとか決まってる町もあるんだって」
「あれは笑ったナー」
「でも、ハリセンであたま叩かれた人が鼻から脳みそ全部出して死んじゃうようなハリセン殺人もあるんだって」
「何それ怖い」
南部・・これから向かう新世界は、随分と異世界だと思うアリ坊であった。
「で、その『南部のひと』って、どんな人だったの?」
「すっごい美少女だったよ」
「この娼館街に来てすぐ一番人気になってすごい指名競争になって、でも、競争に競り勝つのは毎時同じ人でさ・・」
「事実上、その貴族っぽいお客のオンリーさんだったわね」
「それで、すぐ居なくなっちゃった」
「ぱんつ文化を残して・・?」
「その、毎度の客に落籍されて後添いになったとも、実は娼婦に化けて潜入してた工作員か暗殺者で常連客を装ってたのは本当は依頼者で、仕事を終えて二人揃って消えた・・とも」
「謎のひと・・でしたか」
虎は死して皮を残し、南部女は去ってぱんつを残したらしい。
◇ ◇
レッドたち一行、代官所に到着する。
代官、気さくな人物であった。成る程、あの隊長さんの上司である。
「いやあ、レッドバート大兄助かった! 女性たちへの虐待行為の数々、自由人の君が告発代理人になってくれて、大助かりだ。我らも、実定法と社会正義の狭間で悩みが多くてね」
なんだか複雑らしい。
「なぁに、無法者相手だ。告発さえしてくれたら、後は面倒な法廷の所作事などで貴殿の手は煩わさぬ。我々に任せておけ。拉致されて来た娘さん達も各々故郷へと帰れるように尽力しよう。ただ、一家皆殺しされてしまったらしいイディオン人の娘さんは困ったなぁ」
「お恐れながら閣下、わたくしの一家は改宗済みで既に異教徒ではございません。今後の身の振り方は、受け容れて下さる尼寺を探したいと存じます」
「未だ年若い少女だというのに殊勝である。ただ、此の辺りだと寺社でさえ偏見が強い。平坦な道ではないぞ」
「嶺東州に親類が居ります。とりあえず同族を頼りつつ、出家を受け容れて下さる先を探そうかと」
改宗しちゃってるからイディオン人のコミュニティにも戻り辛いんだろう。
「そういう事は南部に行けば雑・・もとい大らかだから可かも知れん。多少ならば路銀を支援しても良いぞ」
聖職者という事でも無さそうだが、教会領のお代官な故なのか、是のひと個人の性分なのか、言動が慈善家っぽい。
◇ ◇
帰り道。
まぁ、これで街に御礼参りとか来る懸念も無くなったし、レベッカちゃんご両親謀殺疑惑も厳しく追及してくれそうだ。いいお代官で良かったな。
「レッドさん。宜しくお願いします」
そうだ。これから向こう一年間の有期で、彼女の後見人代行を引き受ける契約をお代官から受けてしまった。
面倒ごと絶賛増産中である。
「後見ったって本式のじゃないぞ。代行契約だからな」
身寄りのない未成年者には慣習として、属地主義で領主が親権行使するが、実際やってられないので教区の司祭なり慈善団体なり村落共同体なりに割り振られる。
今回は出家に親族の同意が要るので、その辺と道中の安全確保を併せて冒険者が実に『なんでも屋』らしく受注してしまった。
◇ ◇
「ただいま」
帰宅するイレーヌに随いて店に行くと、彼女の妹分たちとアリシア嬢が、下半身ぱんつ一丁でくっ喋っている。
「小娘ども、なんて格好してんだ」
ああ・・。此奴も居たっけなぁ。アグリッパのギルド長に押し付けられて此奴のガードもしてるから俺も逃亡者なんだよな。そういえば法律行為の後見は頼まれてないが、下手すると全部俺がひっ被るのか?
じっと横のフィン少年の顔を見る。
あれ? ギルド成員は十五歳以上は見做し成人だが、法的にダメなものがダメな時はギルマスが仮親だ。ギルドのテリトリー外に遠征してる時は・・ あれ?
下手すると俺は三人の子持ちか?