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99.縛られた美女も生前は憂鬱だった

 嶺南、地下墓地。

 穹窿ああち天井の大広間に多数の石棺が整然と並んでいる。

 石棺の石蓋には生前を写した石の似姿。等身大の浮き彫りが施され、一大奇観を呈している。

 死者たちの寝所さながら。

 地下空間ゆえ風雨に晒される事なく、夫々それぞれみな精巧な彫像は故人の風貌を如実に伝えているのだろう。

 そんな中に、ひときわ目を惹く美女が、鉄鎖で雁字搦めに縛られて居る。


「アルテミシア様のお墓ですわ」


「なんだか凄くえっちな感じ・・」


「うーん・・アリシアちゃん其の感性、性癖として少し問題かしら。世紀の美女が鎖で縛られて居るという状況シチュソソられる向きも有るのは確かですけれど・・」

 自分と瓜二つの等身大彫像を『世紀の美女』と言って仕舞う副伯夫人ヴィスコンテッサ

「お姉さまに肖然そっくりだもん」

「お亡くなりにられたのも今のわたくしと同じ若干二十歳。不埒をかうむり害されたまうた悲劇の生涯を此の様に再現して仕舞うたわたくし共も罪深いですわ」


「えっちに犯されちゃった悲劇の美女なんだよね」

「いいえ、姫騎士さまは最後の最期まで果敢に闘われ、襲撃者の過半を屠った末に力尽きられたのよ。最後の最期まで凛としてをられました。えっちされちゃったのは、その後」

「呪ってよし」

 全員が唱和。


                ◇ ◇

 アグリッパ下町、『川端』亭。


「けんども若殿さん、何故ここに?」

「此の前の通りを通り掛かったら鳥籠卿フォーゲルケフィヒの殺気がじゃぶじゃぶ溢れてをったので思わず訪ねたのである」

「偶然でやんすか?」

いや、祖母上からの使いが『湊へ行け』と申すので参った次第。の鴉ども人語は解すものの喋りは不如意なので、一応意は汲んだ積もりで近所まで来た」

「はぁ、モデスティ様のお使い魔、その辺が限界でやんすか」

「世の中そう便利でも道理が通らぬ」

「ごもっともで」


「そんで教会筋からお手入れが今夜と聞きましたんで、見物に参りますか」

「であるな」

「アドラー様も来るでしょ?」

「よろしいのですか?」


「じゃ、鳥籠卿フォーゲルケフィヒは留守番ね」


                ◇ ◇

 アグリッパ、探索者ズーカギルド。


「では、退役傭兵チーム三個分隊、市当局の警邏隊に与力する。当協会うちの最大戦力投入だが、あくまでもヘルプ要請での出動だから出過ぎぬように。警邏隊の包囲の背後に第二陣として展開する。各自あちらの前線指揮官の指示で動け」


 金庫長が総指揮官役だが現場では指揮しない。

 経理担当役員が軍事も担当するのは本当は変なのだが、協会三役の後二人である印章長と典礼長がもろ文官系人材なので、こうなってしまっている。

冒険者あぼんちゅりえギルドからも加勢が来るから、味方同士で揉めないように」


 いや絶対面倒になるから。


                ◇ ◇

 嶺南、地下墓地。

「出産直後まだ床に就いて居る女を襲っただけでも、呪われるに値しますわ。然し乍ら、其の男どもが如何にアルテミシア様に恋焦がれていたか聞くごとに、つくづく思いますわ。ひとの情念は度し難いと」

「過激なファンに犯られちゃったんだ・・」

「ご遺体に悪戯されただけです」

「くっころプレイに法悦エクスタしちゃったチョロい女騎士とは格が違うんだね」


「辛くも修羅場を脱れた遺児さまとわたくしは、双子と偽って幼時を共に暮らしていたの。見た目も瓜二つだったから」

「ふ・・複雑」

「アルテミシア様は、和合の時代にガルデリ分家のベリーニ様からファルコーネに嫁がれた姫様の一子で、わたくしの実家フィエスコの当主様に嫁がれました。でも人望剣名みな破格に高くて、ファルコーネ家を継ぐはずの異母弟さんが疑心暗鬼で病んじゃったの。それで暗殺」

「病んだと・・」

「ええ、心を。今は見る影も在りませんが、往時は我がフィエスコ家も嶺南屈指の大族。我らに御家を乗っ取られるとか暗鬼に怯えたのでしょう」


「疑い出せば際限きりが無い。持てる者は左様そうやって狂って行くものでござりまする」

「弟を殺した巨人ファフニール然り、カインも然り。『失なう』と危惧おそれたひとの心に闇は忍び寄るので御座る」

「いや、幸せの秘訣は無欲無一文ですよ」

 三人の修道僧、そう言うところは異見無いようだ。


「あー! エステル姉様だっ」「姉様だっ」

 飛びつく少年ふたり、副伯夫人ヴィスコンテッサにべたべたする。

「うわわわわっ、黒豹魔獣!」

「あ、侵入者のおじいちゃんだ」「おじいちゃんだ」


「姉様っ。お言い付けどおり誰も殺してないよ。石で頭潰れちゃったひと以外は」「以外は」

「よくできました。誰でもくびちょんちょんねちゃ駄目ですよ」

「はーい」

 ・・これ、AとBか。


「あの・・此処って・・」

「ええ、ファルコーネ城の地下ですわ。あちこち鷲の紋章あったでしょ?」

「じゃ、あのお宝は・・」

「ロンバルディ卿が掘って来たやつ。此の城で保管してますわ」

「それじゃ、鍵の合言葉は元々ご存じでしたの?」

「いいえ、当てずっぽうなの。従妹のクリスちゃんと旦那様クラウス卿のお名前で大当たり」

「わ・・わりとシンプルですわね」

 『 χρῑσ』と『Κλάους』、普通にクリスとクラウスだった。

「此処に運び込んだ責任者がクラウス卿だから、凝ったことはてないと思って」


                ◇ ◇

 アグリッパ、外郭の城壁上。

 一般人立入禁止な筈の場所に人影三つ。艮櫓に近づく。


「あ、ども。大将は中でやんすか?」

「櫓の最上階であります」

 軽く挨拶して奥へ。


「まさに高みの見物でやんすねぇ」

「応、真ッ暗でも不自由なき方々であるか」

「司令官殿、こちらサバータの若殿様と『鷲木菟ウフー』の旦那でやんす」

「ホルスト・フォン・オイレンブルクと申す。サバータ卿、『鷲木菟ウフー』殿、御高名予而かねてより存上ぞんじあげ参らす」

「父が健在ゆえクラウスとお呼びくだされ」

「此処より捕方の様子が一望出来申す。彼処あそこと彼処と彼処と彼処」

「ありゃまオーバーキル」


「観れば空には残月一痕、一献お過ごしなされるか?」


                ◇ ◇

 アグリッパ、街頭。


「わかってんな? ギルマスが無理言って貰って来た仕事。味方の足引っ張ったら冒険者ギルドおれたちのメンツ丸潰れだ。そもそも手入れがあるってバレただけでも大失敗なんだからな。とにかく目立つな。落穂拾いに徹するんだ」


「だけど探索者ギルドあちらさんにいる退役傭兵って、俺たちとそんな実力ダンチなのか? バラ売りされた元傭兵の寄せ集めだろ?」

「確かに長年組んできた戦闘チームの仲間じゃないからモノホンの傭兵団よりゃあ落ちるだろうがプロの喧嘩屋にゃ違いない。疑うなら喧嘩売ってこい。骨は拾ってやらねぇから」

「冷てえな」

「貴族ってえのは、喧嘩屋と喧嘩屋を交配して人工的に作られた闘犬人間どもだ。そういう連中の中から御家を継ぐのを諦めた次男三男四男共が傭兵団に居やがる。骨格から違うだろ。見て分かれよ。警邏隊員が貧相に見えっぞ」


「それじゃ俺らに出番ねえじゃんか」

「バカだな。ひと目見て分かるゴツい連中にゃ出来ない事を俺らがやってガバッと点数稼ぐんだよ。網の目くぐって逃げ出して来た連中を御用にすんにゃ、見た目で普通の市民と変わりねぇ俺らのが有利なのよ」


 平服の冒険者たち、三々五々艮櫓へと向かう。


「見ろ。あのゴツい連中。普通の服着てたって丸分かりだ。歩調が揃いすぎだろ」

「なぁる・・。警備員やってる俺らの仲間が風船デブに思えて来ちまうわ」

「何代も喧嘩屋を人工交配し続けて、あんな連中が出来ちまうのよ」

 この世界、ナヨナヨした貴族などいない。暴力で領地を奪い合うのを方が国王が追認する社会なのだ。そこで相続争いからドロップアウトした者達でも、既に肉体改造された闘犬なのだ。


「だから捕物が始まったら、逃げる鼠は連中のいない方に走る。そこを頂くってぇ寸法よ」

「なぁる・・」


                ◇ ◇

 嶺南、地下墓地。

 鉄鎖に縛られた眠れる美女の石像。

 一部から『なんだかえっちだ』という意見あり。


「ああやって石棺の蓋を封印しとかないと甦っちゃうとか・・そういう話じゃないですよね?」

「うふふ。レッドさんって面白いことをお考えになるのね」


 一瞬モデスティ様のご尊顔を思い浮かべるレッド。



続きは明日UPします。

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