98.お宝有っても憂鬱だった
嶺南、ダンジョンの奥。大扉の前。
夥しい異国文字の刻まれた石盤をヴィレルミ師が操作する。
「それでは『 χρῑστ』と順に押して参りまする」
一同固唾を飲む。
「あれ?」と師。
「『 χρῑσ』で動きましたぞ」
「鍵が外れたみてえだぜ。推してみよう」
なんなく開く。
小部屋。奥にもう一つ扉。
「こっちはピッキング済みだな」
「先輩! 後ろ、閉まっちゃった!」
慌てて皆で大扉に駆け寄るが、推しても引いても動かない。
「文字盤は?」
「『 χρῑσ』で反応ござりませぬ」
「参ったな。一方通行か」
諦めて奥の扉を開ける。
「わっ!」
そこに金銀財宝の山があった。
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。金庫長の執務室。
「どういう事だ! 来客中だぞ!」
「(緊急事態です。例の店に・・)」ブルーノ、小声で耳打ち。
「まぁ来客と言ったって実質身内だから構わんが・・」と金庫長溜め息。
「・・やれやれ、見張らせてる一個分隊で間に合わない大襲撃でも有ったか?」
「有ったと言うか、無かったと言うか・・」
「いいから判切り言え」
「例のお荷物を運ぶ人手が足りません。宵の口で目撃されています。先に警邏隊が来ちゃいます」
「慌てなくていい。お上は尋問を当協会に任すと決めた」
「裁判しないんで?」
「あの反社会組織、前科者が多いんで略式で行くらしい」
前科ゆえ『正当な公開裁判で保護さるべき人権』を既に喪失している者が多くて当局とうとうキレたらしい。被疑者側が積極的に自由民権を証明するまでは浮浪者扱いすると言うことだ。十分な身代金を払うと申出ない捕虜を傭兵がどう扱うかと同じでいい。
「思い切りましたね」
「で、今度も大漁なのか?」
アグリッパは大河下流域なので、漁業関連とかの比喩も屡々用いられる。
「切り株に躓いた兎が大量死です」
もちろん農業関係の比喩も多い。韓非子との類似は偶然である。
"シュッシュ シュシュシュ ♪ "
"シュシュシュ Tight! ♪ "
荷物運びの労働歌らしきものが聞こえる。
・・お荷物そんなに多いのか。
「どんだけ獲れたんだ・・」
「六十人は居る模様と」
「なんだか・・待ってると謎の組織が勝手に壊滅しそうだな」
◇ ◇
嶺南、ダンジョンの奥の部屋。
金銀財宝の山。
「見つけちまったぜ・・」
一同息を呑む。
金塊の上に、ヒトの脚が二本天井に向いて突き出している。
「ううん・・食い物・・食い物・・」
「ミダス王?」
「いや、アルノー・サグヌススヌさんだな、多分」
「折角だから晩のお食事に致しましょうか」
副伯夫人平常運転中。
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
「そんな人数、収容する場所無いぞ」
言われて悄気るブルーノ係長。
「残り、どうします? 川に捨てますか?」
「面倒過ぎる。直に警邏隊に誘ッ引いて貰え」
「ヨハンネス、正当防衛で『処理』しちゃえば良かったですね」
「馬鹿言え。飲食店で大量死じゃ同業者組合が困る」
そこは市民同士のバランス感覚。
「あのぅ、金庫長の旦那。そりゃ私の相棒強いっすけどね、その人数は多すぎと違います?」
「まぁ一人で素手でって言われると尋常じゃあ無いが、あんたらを見てて俺はもう感覚が麻痺してるよ」
「そいで、髪が黒くて背が高くって・・その・・ちょっと人間っぽくない・・あ〜これ私が言ったって言っちゃ嫌ですよ・・怖い感じのする騎士様が一緒だったとか其んな目撃のはなし無いっすかね?」
「なぁ、クラウス卿って怖いのか?」
アドラー氏の顳顬に汗。
◇ ◇
嶺南、ダンジョンの奥の宝物の上。
「めし・・めし・・」
「ほら、アルノーさん干し肉」
「レッドさん、飢えた人には毒ですわ。重湯とか・・」
「エステル様、そんなもの無いです」
「それじゃ、微果汁入りの鉱泉水にしましょう。少しづつ」
「諸君は? 後続隊じゃ無さそうじゃの」
「まぁ取り敢えず、何処かから来た誰かってことで。お仲間は?」
「黒い小鬼に襲われて、這う這うの態で逃げたわい。儂は偶然に側道へ落ち込んで虎口を遁れたのじゃ」
「帰り道で全滅したっぽいですよ」
「急か急かガツガツ為とっちゃ早死にすると幾度も言うたのになぁ」
あんまり悼んで無さそうに、あっさり言う。
「小鬼って、ゴブリンですか?」
「いや、黒豹魔獣の子供みたいな感じじゃったな」
「そんな可怖いの居たんですか」
「居た居た。二匹も居た」
「あ、こら! また握るな」
「いーじゃんケチ」
「この宝、どうするお積もりです?」
「どうするも何も、出口が無いわい。出たら出たで復た襲われそうじゃしな」
「レッドさん、晩のお食事も済んだし、暖かいベッドに潜りたいですわ」
「そう仰っても副伯夫人、出口が開きません」
「暖かいベッド、いいよね暖かいベッド」
「アリ坊お前、現実に帰って来いよ」
「告白するよ。僕、レベッカちゃんと、あの最後の夜に暖かいベッドでえっちな事しちゃった」
「あのなぁ、今そういう告白する場面じゃ無いからな」
・・やっぱり此奴落城の時のトラウマで脳が熱暴走してるな。危機を強く感じて救いを求めてるってことだ。強いて制止はするまい。
レッドのご都合主義である。
「それでは現実のベッドに向けて行動開始しましょう。反対側のもう一つの大扉」
エステル様、眠いらしい。
◇ ◇
アグリッパ下町、『川端』亭。
「んばんわぁ」
「あ、『道化師』殿、其方ひと仕事終わられたか」と扉が開く。
開いたのは横一文字向う疵の大男だが其の蔭、部屋の奥に静かに座っている黒髪黒服の男に思わず目が行く。
「・・(わっ! ほんと怖い)」
「若旦那、こちらカンタルヴァン伯の情報屋オーレン・アドラー氏」
黒服のひと、剣呑な外見に似合わぬ穏やかな口調。
「うむ、メーザ卿やフィリップ氏から伺ってをる」
「せせせせ僭越ながらクラリーチェ嬢にもお見識り置き頂いて居ります」
「『鷲木菟』の名も存じてをる。何時会いに来て呉れるかと鶴首」
「恐縮でございます」
「カンタルヴァンの伯爵殿とも近々お目に掛かりたく存ずる。身共が独りで参ると攻めて来たと誤解されること屡々なれば、御紹介下されまいか」
「ぎょぎょ御意」
「ときに若旦那、今夜ちいと荒事が有りそうですぜ」
「ふむ。食後の運動は既に済ませたが、散歩も悪くない。見物に参るか」
◇ ◇
嶺南、ダンジョンの奥。もう一つの大扉前。
同じように文字盤がある。
副伯夫人「ふぅん」と呟く。
「御坊、『Κλάους』と押して見て下さいませ」
「先ほどは主の、次は聖人の名でござりまするな」
夥しい異国文字の刻まれた石盤を、復たヴィレルミ師操作する。
「あら、開きましたのでござりまする」
「ちょろい。口説いたら実は元々もう自分にべた惚れな女だったってくらい簡単に開いちゃう」
「アリ坊、お前って今日はホントに変だぞ」
「何故だっ! 儂、何日も何日も飢えて倒れるまで苦労して駄目だったのに!」
「参りましょう」と副伯夫人。
狭くて急な階段を登ると石蓋の天井。
「よっこら」
ブリンとラリサ嬢が背中で持ち上げる。
「穹窿天井・・大きな空間ですわ。此処は・・」
「此処は・・」
「此処は・・」
「此処は地獄の一丁目ぇ・・」三修道士唱和する。
「・・ではなくて地下墓地ですな」あっさりヴィレルミ師が結論。
一面に整然と並ぶ石棺、石棺。開いた石蓋も、石棺のひとつに偽装した抜け穴の扉であった。
「ちょっと! お姉さんが縛られてる!」アリシアが目をまん丸。
「わたくし自由ですけれど」
副伯夫人、軽く手踊りなど被成る。
「でも、あそこ!」
見れば、石棺の蓋に浮彫りされた美女、鉄鎖で雁字搦めに縛られている。
「これは若しや伝説のくっころ女騎士!」
「今日のレッド、ちょっと変だよ。僕の母上は革紐だったって言ったじゃん」
「聞いてない。それ聞いてないから」
「ま、どっちでもレッドの好き次第だけどさ・・」
「でもこれ、エステル様の似姿では?」
「いいえ、嶺南には姿形が瓜二つな女なら三、四人は居りますわ。十人並みなら十数人、並以下なら三十人は酷似の者が・・」
「生物相が可訝しいのでござりまする」
「では、あの貴婦人は?」
「わたくしの従妹のお母上・・亡きアルテミシア様です」
「『アルテミシアの呪い』!」
続きは明日UPします。




