表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/383

93.襲撃続いて憂鬱だった

 嶺南、大穴の底の森。

 何時の間にか、右も左も樹木の枝という枝に怪鳥がとまって騒然としている。


「騒がしい鳥達ですことっ」

 ・・副伯夫人ヴィスコンテッサ、大きさは烏くらいでも一応禽竜ウィヴァンなんですけど。只の鳥じゃないんですけど。


「あんまり食べたくない鳥ね」

「どうやら肉食ですから臭いんじゃないかしら」

 ・・この二人、ギルドの受付嬢にしては肝が据わっているとは予々かねがね思っていたが実戦経験そこそこ有るな。

 恐怖心を露わにしているのはイェジ少年くらいで、真面目に陣頭で警戒しているギルベール師に申し訳ない。ヴィレルミ師など、明かに興味が先に立っている。

 いちおう前後左右は長剣を持った四人が固めては居るが、上からくるよなぁ・・鳥だけに。


「来ますぞ!」と、ギルベール師抜き打ち一閃。

 鎖帷子ホウバック着用のブリン早くも大活躍開始だ。右に片手剣を振るい、左に戦斧の頭アクスヘッドを握って柄の方で殴る戦法。柄頭を巻いた青銅のリングが戦力を発揮している。

 意外なことに、副伯夫人ヴィスコンテッサがステッキのように突いていたのは探検用ピッケルかと思いきや、本式の対人戦用コルバンだった。なにこのひと強い!。


 ラリサ嬢も両手に短剣ダガ握って奮戦だ。左手の方は鞘の穂先側を握って十文字鍔クロスガードをハンマーの様に使っている。ブリンの場合は重い斧頭側を握ることで素早い相手に的確な有効打を入れる為の逆ホールドだが、彼女は剣を打撃用武器として使う為の用法だ。

 剣豪だったという祖父譲りの体格に膂力を生かした闘いぶりである。

 申し訳ないがアンヌマリー、旅用のキッチンセットの鍋を兜に被り鉄の炒め鍋フライパンで猛禽を叩き落とす姿、笑ってしまった。そういえばブラーク男爵暗殺未遂事件のとき鉄鍋で襲撃者を斃した武勇伝、聞いてたっけ。

 なにに女・・強い。


 ・・などと状況が観察できる程度には余裕は有った。

 俺だって曲がりなりにも騎士団でちゃんと戦闘訓練受けたんだから。


 などと言っているうち、異変が起こるのだった。


                ◇ ◇

 アグリッパの町。黒塗りの馬車の中。


「ございます・・」

「ありますよね」

「はい・・」


 暫し沈黙。

「自発的に話しますよね」

「はい・・」


 暫し沈黙。

「話しますよね?」

「はい・・彼らはアタナシオ司さ・・さんにお金を渡していた人の仲間の人です。最初は私、アタナシオさんから預かったお金を、ご家族に届けておりましたが・・途中から、或る人のところに取りに行って届けるように指示されまして、以後そのように・・」

「その人だったのですか?」

「いいえ、その人の家で見かけた人だと思います。覆面はしていましたが・・」

「はっきり顔を見た訳ではないと?」

「はい。覆面をしていました」


「アタナシオ司さ・・さんは、元の奥様から苦境を打ち明けられて苦しんでおられました。出家なさった時に分与した財産を息子さんが遊興に蕩尽してしまい、いま困窮なさっていると・・」


「息子だって、父親が家族を捨てちまったら心を病みますって。信仰ゆえの赤心で出家するのと、よその女に走るのと。置いてかれる側にどんな違いが有りゃす?」

 座席の隅の方に控えていた男、ぽつり呟く。

「私が言っては不可いけない事だが・・。家族を幸せに出来ない人が、どうして衆生を救済できますやら」

 ホラティウス司祭にが笑い。

「心情的には同情しますが」


 言って不可いけない事ではない。家族が有るのに出家を望む人へと必ず掛ける諫めの決まり文句である。

 そして家族の承認がなければ出家を認めない定めもある。

 彼が『言って不可いけない事』だと言ったのは、アタナシオの出家を承認した当時の教会をいま謗る事への若干の躊躇ゆえである。

「ものごころ付かない子供が承認してるわけ無いでしょう・・」


 はっきり謗っちゃった・・


                ◇ ◇

 嶺南、大穴の底の森。

 異変が起こっていた。


 レッドら一行を取り囲んだ怪鳥の群れを、更に無数の鴉の大群が空から包囲して襲い始めたのだ。

 へろへろ飛ぶ鈍重な禽竜に大鴉が襲い掛かる。鋭い嘴で引き裂かれ、地に堕ちてもがくところをついばまれる。


「鴉さん・・味方?」


 鴉、ひと声鳴いて空に去る。


                ◇ ◇

 アグリッパ、馬車の中。

「悲しいことですが・・僧院で暮らす出家者の多くは、相続問題がややこしくなる前に家から送り出されて来た者です。私もアタナシオさんよりずっと歳下ですけれど前から僧院に居りました。実は彼が出家するときに、記録係の小坊主として現場に居たのです。長い付き合いなんですよ」

「そうでしたか・・」

「うろ覚えですが、幼い子供を連れた奥様にも会っています。純粋な信仰者だった頃の彼も知っています。・・私は冷たい人間ですね」

 どう返答していいか分からない助修士イノケンチウス。

「だから、彼が財産分与した金額も知っているんです。態々わざわざ調べなくても」

「・・・」


「つまり、彼の息子がどれだけ浪費したか、見当がつくのですよ。私はそんな彼の苦悩を知りながら・・本当に冷たい人間です」

「・・そんな。でもアタナシオ様は苦悩なさっていました。それは本当です」

「その苦悩を知る貴方はまごころで彼に尽くしたのですね。そんな貴方の危機を、教会は放置しませんよ。頼りになる護衛をつけて保護します」

 車内の隅に居る小男、軽く会釈する。


「ありがとうございます」


                ◇ ◇

 大穴の底の森。

 予想を超えて女たちが強かったのに驚愕しているレッド。

 襲って来た小型禽竜、まだ何体かは瀕死で地面を這っている。


「こいつら食えるかな」

「きっと不味いですわ。悪食あくじきのアンヌマリーなら平気で食べちゃうでしょうけど」

「ラリサのスカート、ぼろぼろにっちゃったわね。穿いたら暴行された可哀想な女に見え・・ないか。不埒な男殴り殺してきた女に見えるわね」

 濃紺のキュロット姿で佇むラリサ嬢、脱いだスカートを襷掛けにして即席の布鎧代わりにしていたが、だいぶ破れている。


「援軍の鴉軍団さまさまだぁね」

 ブリン、戦斧を拭って腰に戻す。

「あれが来なかったら、わたくしたち引っ掻き傷では済みませんでしたわ」

 てきぱき皆の手当する副伯夫人ヴィスコンテッサ、そこらの冒険者パーティの癒し手ヒーラより明らかに手際が上である。

「あーら、これくらい出来なきゃ武家娘失格ですわ」

 ・・あなた、嶺南州で二番目の医術者でしょうが。


「レッド、僕にも剣を頂戴よぉ」

「カーラン卿に貰ったのがんだろ」

「短か過ぎ。せめてレッドのちんちんくらいの頂戴よ」


「それも実戦に短か過ぎだ」


                ◇ ◇

 アグリッパ、馬車の中。


「お金を受け取って、息子に渡した・・ どこで?」

「町の艮櫓の近くの・・家です」


「町の豪商の困った息子たちが悪事を繰り返し、その都度に親の金で窮地を脱して来ました。そんな連中の仲間に彼の息子が居ました。母親が生活に困る状態の彼が使ったお金は、どこから出ていました?」

「あの男からです」

「息子を堕落させたのは誰でしょうか? 信仰のために家族を遺棄した父親であり其の出家を認めた教会ですね。

でも、相当の因果関係を考えるなら・・」

「私です」

「ではなくて、貴方にお金を渡した『あの男』では?」


                ◇ ◇

 嶺南、大穴の底の森。

「あれ・・有るにゃん」

 樹木の腹を削って文字が刻んである。

「俺たち、戦力にならなくても自分の身は護れてるにゃん。俺ら役立たずじゃ無いにゃん!」

「いや、誰もそんな目で見てないから・・」

 ・・『犬のカーニス結構戦闘力あった』とか誰か言ったら不味い状況。


「それより、アルノーの残した文字を読んでみよう」

『洞窟すぐそこ』

 読むほどでも無かった。

「手形の指差す方角だと、たぶんこの小川を辿れば良いんだろうな」

 東断崖の方へと向かう。


「にゃ!」

 カーニスも揉み上げ辺りが逆立っている。

「本格的にやばいのが来るにゃん!」

 ギルベール師が素早く殿しんがりの位置に着き、ブリンがその脇。


「本隊はそっちにゃけど搦め手から奇襲が来るにゃん!」

「え! 俺の方か?」




続きは明晩UPします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ