92.鳥が多くて憂鬱だった
アグリッパ、夜道。
怪しい男を尾行ていたペーターとヨセフも怪しい連中だが、無論一番怪しいのは物陰から現れた人影数人ぶんである。
なぜって・・いま一人棍棒か何かで叩いて運河に捨てたじゃないか。
明らかに追い剥ぎ、強盗の類いではない。
とにかく剥いでない。
一番怪しい者たち、二番目に怪しい二人に近づいて来る。
言うまでもなく「いい晩ですね」と挨拶する為じゃない。
だって棍棒持ってるもの。
「どうする? 叫びながら走って逃げるか?」
「いや・・だって俺ら足元覚束ない酔っ払いだぞ」
「じゃ、戦うか?」
「だから俺ら、足元覚束ない酔っ払いだぞ」
「笑おう」
「へへへ〜、俺ら通りすがりの酔っ払いです。何も見てません」
人影、踵を返して闇に消える。
「あら、帰った。なんでも言ってみるもんだな」
「そりゃま、法廷で強姦魔を弁護して『裸踊りしてただけ』と言った代言人が此の俺様だ。被告は死刑になったけど」
「あいつら尾行て見よう」
非常識な酔っ払いであった。
◇ ◇
同市、運河上の艀。
酔っ払った船頭が船端で転た寝している。
朦朧とした眼で水面を見る。
「ありゃ土左衛門」
歌う。
"土左衛門 土左衛門 ♪ "
"どんぶらこっこ 土左衛門 ♪ "
「とっても迷惑土左衛門・・なんて歌ってる場合じゃねぇや、引き揚げよう」
遺体を引き揚げると、遺体でなかった。
頬を叩く。
「痛い!」
気を失っていて水を飲まなかったようだ。
「痛いか! 遺体じゃなくて良かったぜ」
「痛いでございます。よくないです」
「遺体だったら俺が背負って片付けにゃならん。痛いからお前は二本の足で歩って帰る。俺ゃあ楽で良かったぜ」
「それは貴方は楽でしょう」
「そうして俺ぁ痛くねえ。結構結構。まぁ一杯やれ」
「命が有ったのも神様の思し召しですかな」
二人、飲み始める。
◇ ◇
市内、臨時休業中の『川端』亭。
扉が開く。
男、両脇に黒い大きな包みの如き荷物を抱えて出て来て、店脇の路地裏にぽいと捨てる。
なん往復か繰り返して終わる。
物陰でそっと様子を見守っていた男達、廃棄物を回収に行く。
「学習効果ねぇ連中だな」
鼻歌まじり。
"シュッシュ シュシュシュ ♪ "
"シュシュシュ Tight! ♪ "
"切り株守ってシュシュシュ Tight! ♪ "
"今夜も入れ食い黒兎 ♪ "
◇ ◇
市内、外郭北東部。
門を出ると外は刑場だ。
「あらら、また戻って来ちまったよ。さすがに夜は行きたくない」
市民ペーター決して迷信深くはないが、迂闊り何か踏んづけたら気持ち悪い。
怪しい例の三人組を尾行て来たら艮櫓近くに出た。何度も見失いそうになったが何故か連中ずっと覆面した侭だったので首尾よく追跡出来て終った。
むろん落日後で開門していないので、城外には出ない。ひと安心。
この辺り、市場の立つ広場の一角に市内の刑場が有る。いわゆる『恥晒し刑』の執行場である。頭をとても格好悪く剃られるとか公開尻叩きとかの、罰金だけでは許されない犯罪者用の『見せしめ』コーナーだ。
そういう場所だけに警吏の詰め所なども有るので決して治安の悪い場所でもないが、地価は安い。
そんな界隈の安普請な一軒に、覆面した侭の連中は消えていった。
なんだか酔いが醒めてくる二人。
「帰るか・・」
◇ ◇
同市、探索者ギルド。
「それで、また十二人獲れたのか」
金庫長呆れ顔。
「このまま一週間くらいで潰せるんじゃ無いのか、その組織」
「私がその掘った芋、弄りやしょうか?」
「そろそろ第三夜警時だ」
『夜警時』とは警備関係者特有の時刻概念である。
日没から翌朝の日の出までを警備するのに、その時間を四等分し、警備員交代の目安とする。つまり、日没が第一夜警時の始まりで、日の出が第四夜警時の終わりである。
当然夏至近くは始まりが遅く終わりが早い。冬至付近はその逆だ。しかし四季の何時でも、第三夜警時の開始は真夜中で一定である。
金庫長の言った意味が理解らない『道化師』であった。
◇ ◇
嶺南西部、ロンバルディ館。
「それでは皆さん、出発致しましょう!」
きりりと男装した副伯夫人の発声で、一同出立する。
勲爵士夫妻ら、手を振って送る。
滑車に吊られて『星降り』の大穴の奥へ。
「昨日より鳥共が多ぅ御座る」
ギルベール師、油断なく睥睨し、人目を気にせず修道服の上に剣帯を佩く。
大穴の底なる森へと分け入り、薄気味の悪い水場は迂回して、程なく昨日も見たアルノー・サグヌススヌ第二の刻印に達する。
昨日はよく見なかったが、第一の刻印と同じく指の欠けた手形が捺してある。
「これ、人差し指が森の奥を指していませんか?」
「フィン君、鋭いじゃん」
「鳥共が騒ぎおる」
◇ ◇
アグリッパの町、番屋。
「酔っ払って頭ぶつけただけじゃないの?」
「いえ滅相も無い。黒覆面の三人組にぽこりとやられたのでございます」
「優婆塞さん酒臭いよ」
赤マントの警官眉を顰める。
「いや、そ・それは、運河から引き揚げて下すった船頭さんが『体が冷えてるから温めろ』と仰って・・」
「ふぅん・・そう。まあ書記さん来たら調書とるから」
奥から同僚の赤マント出てきて耳打ち。
「え!」
警官急に態度を改め・・
「現場は『川端』亭から遠くない辺りだな?」
「左様です」
「黒覆面にぽこりやられた現場、目撃者いたらしい。届けが出てた」
「本当だったでしょ?」
警官、と気まずい時間を過ごす。
◇ ◇
暫くして・・
「お待たせしました。書記参りました」
僧形の男、到着する。
優婆塞、男の顔を見て目を剥くが、男叱ッと制止。
「さっ、調書取っちゃいましょうね」
「お名前は?」
「大司教座勤務の助修士イノケンチウス・シルバと申します」
「昨夜は大変でしたね」
「はっ、私ごとで鬱々として、職場のクラウディオ先輩に愚痴を溢して夜を更して家路に着いたのは閉店前だから亥の刻過ぎ・・暗い路地で黒覆面の三人組に棍棒でぽこりと・・」
「気を失ったのですね?」
「目が覚めたのは運河に浮かぶ船の上。船頭さんに助けられましたる次第」
「重し・・付けられてなくて良かったですね」
「はぁ」
「聴取、終わりました。本部に提出しておきます」
「ご苦労様です」
と書記、警官にお辞儀されて番屋を出る。
角を曲がると、黒塗り馬車が待っている。
「わたくし、身柄拘束ですか・・ホラティウス司祭様」
「まさか! あなた、明らかに狙われましたから、教会があなたを護ります」
司祭、目を見て言う。
「黒覆面、思い当たる相手ですね?」
「は・・はい」
◇ ◇
嶺南、大穴の底。
「あれって・・」
「昨日のやつとは違うぜ。ありゃ何か生きた獲物を食ってたろ? こいつぁ葉っぱ食ってら」
水面から、にょろりと伸びた大蛇の首が高い枝まで伸びている。
「あ、背中見えた」
アリシア興味ありあり。
濁った水面下に、なんだか余計なものがちらと見える。瞥見誰もが蛇足と思う程余計なものだが、誰も敢えて指摘しない。
手形の指差す方角へさらに暫く行くと・・
「あれっ! ほら」
アリシアが目敏く第三の刻印を見付ける。フィン少年が読む。
「洞窟、あちら」
「洞窟ですと!」
修道士たち、顔を見合わせる。興奮気味。
暫く手形の指の示す方角に進む。
「レッド殿・・」と、ギルベール師。
「振り向かず、目線だけでご覧くだされ。左右の木々・・」
見る。
見て固唾を呑む。
木の葉かと見えたのは、びっしり止まった夥しい鳥達であった。鳥というか・・奇怪な姿の小型禽竜が樹の枝に鈴実り。
「剣を使えるのが拙僧とレッド殿ブリン殿・・。ヒンツ殿にも予備の剣を!」
師、渋面。
・・ラリサ嬢、両の腰に短剣下げてるよな。副伯夫人は金属製の杖みたいなのを突いてる・・
「鳴き声が五月蝿くなって参った・・」
小声で順に皆へ伝言する。「・・襲来に備えろ・・」
続きは明晩UPします。




