9.勝ったと思ったら憂鬱だった
シュトラウゼンの町、歓楽街の袋小路。
累々たる死体・・ではなく気絶したり虚脱したりの厄雑者らが転がっている。
◇ ◇
「この街の自治会のお人が加勢を呼びに参られてな。『暴虐を働く悪漢共へ果敢に立ち向かわれた冒険者殿が、如何せん多勢に無勢』と」
加勢に来てくれた猛者。
いかにもな逸れ傭兵といった風貌の男性は凶暴そうな見た目とは裏腹に穏やかな口調で話す。
「この色街は、あちこちから流れ流れて来た女達が、互助会めいた組織作って自主運営してる場所だからね。人買いやら女衒らみたいな連中には皆が元々少なからず悪感情持ってるから若干割り引いて聞いて、死人を出さない程度に叩きのめそって事にした」
あっけらかんと言う女。
美人の部類だが地味。印象に残らない感じの女の方は、少々お侠な喋り。成る程探索方だなぁと妙に納得するレッド。
「唯、正確には『暴虐を働く悪漢』は『これから彼女に暴虐を働こうとした未遂の悪漢』だったけど。この連中なら生かしたままお代官んとこに突き出し、お沙汰はお上にお任せする方が良さそうだ。余罪も有るだろうから」
「そこは同意なんだけど、実はあたしら一寸野暮用で急いでてね。此奴らの連行を貴所方に任せちゃあ駄目かしら。町の共同体の連中って色街に冷淡なのよ。ここの集客力で旅館業者組合が儲けてるって言うのにさ」
女、済まなさそうに言う。
シュトラウゼンの町衆は色街の方でトラブル起こした余所者の捕縛とかの連行に手を貸したがらないって、若しやそういう意味なんだろうか。とレッド思わず眉を顰める。
「俺ら正直ちょっと危ないとこだったんで恩に着てる。悪漢らの連行ならば俺らで引き受けよう」
いや絶対に町の衆を働かせてやる、と心に決める。
「助かるわ。あたしはクレアで、彼はディードリック。アグリッパ探索者ギルドの組合員よ」
「俺達は、北海州のゾンバルトから来た冒険者のレッドとフィン。彼は地元の人でブリンさん。知り合ったばかりだが意気投合してね、一緒に殴り込んだ」
「じゃ、先を急ぐから既う行くけど、復た縁があると良いわね」
二人、会釈して去って行く。
◇ ◇
「いや、縁はちょっと・・ない方が有り難いが」溜め息つくレッド。
「・・なんだか騙してんの罪悪感が湧いて来る人たちだな」
「あの傭兵、半端ないぜ」と、ブリン。
「なんか落ち葉でも掃き散らすみたいに人を投げてましたね」
「ああ、願うらくは怒らせたくない。いろんな意味で」
「おっと兄さん、早く連中ふん縛っとこうぜ」
「あの・・」
「ああ、娘さん。怪我は無かったですか?」
「ええ、大丈夫ですわ。有り難うございました。先に行ってしまわれたお二人にもお礼を言わなきゃいけないのに・・わたしったら腰を抜かしたまま固まっちゃって居て・・」
「気にしなくても良いと思うよ。僕らに加勢するよう頼まれたらしいから、彼らは君のことは特に意識してなかったみたいだし」
「わたし・・この縮れた黒髪で既うお気付きの事とは思いますが、イディオン人の商家の娘です。彼らがわたし達一家を襲ったのは強盗目的というよりも、わたしの両親を恨んだ誰かの報復依頼を承けてじゃないかと思うんです」
「あーっ、最初からわかってたよ面倒事だってさ! だから娘さん、遠慮しなくて良いんだぜ飛び込む前から覚悟してっから」
ブリン戯けた仕草で笑う。周りをリラックスさせる男だ。
◇ ◇
あっちこっちの物陰から視線を感じる。
「不愉快? ごめんごめん」
中年と言ったら申し訳ない佳い女が現れる。
「あたしはイレーヌといって、此処の組合の副会頭している。港まで助けを呼びに走ったお節介女と名乗ったら少しは印象いいかな?」
「あ・・助かったぜ」
「逃げ出した縮れ黒髪の娘さんを皆で追ったらば他の娘達が逃げるからね。残った見張りの野郎共、兄さん等が暴れてくれたお蔭で加勢に出張って数が減ったもんで目出度くあたしら最後の残りをぶん殴れたぜ」
「それじゃあ・・」
「残りの連中も縛って蔵に閉じ込めてある」
「強ぇ女たちだな」
「あの無法者たち、あちこちで攫った娘たち連れて『置き屋の主人に会わせろ』て言ってやって来てさ。ここが娼婦たちの組合で仕切ってる自治の遊里だと知ったら戸惑ってやがって笑った」
「アグリッパのギルド辺りで男手を手配しちゃどうだ?」
「男手は馴れると直ぐ旦那ヅラすっからなぁ」
物事よろず複雑のようだ。
「お代官ん処にも通報の者を走らせてるけれど、シュトラウゼンの町の自治権との兼ね合いで兵隊さん此処まで入って来れないんだよね。おまけに、彼方でも上司が坊主共だから、女への暴力は重罪に問う可してのと、遊里は必要悪だから見て見ぬフリって二つの建前が矛盾してて複雑なのよ」
「あっちゃも此っちゃも複雑かよ」
「怪奇ですね」
「どっちにしろ、犯人護送は俺らが責任持つぜ。ただ訴人として誰か一人同道して呉れ。それに、売られてきた娘さんから一人、気丈そうなのを被害者代表で訴人に加えたいから選んで貰えないか? この娘さんは・・」
「レベッカ・ボニゾーリと申します。イディオン人枠でひとり必要ですね?」
「済まないねぇ。あたしらの組合は人種なんて関係なく、女は仲間と思ってるけど客は違うから。あんたも遊女んなる気はないだろ?」
「ええ、受け容れて下さる尼寺があれば両親の菩提を弔って生きたいです」
もう改宗してる一家らしい。
「あらら娘さん、達観しちゃってるね。それよりも兄さん、嬢ちゃん樽詰めの儘で忘れてないか?」
「あ・・おしっこしたいって言ってたな」
「しまった! 忘れてましたよ」
◇ ◇
急いで丘の上の藪に走ると、ランベール男爵家令嬢アリシアが樽の中で漏らして泣いていた。
「蓋ガチガチに締めやがってレッドの鬼畜ぅ」
「そう責めるなよ。討ッ手の超絶猛者とかも来てたんだぞ。捕まって死ぬより良いだろ」
「人間としての尊厳が傷ついちゃったもん」
「貴族令嬢の尊厳は捨てれたんだろ?」
「それ、おいしいの?」
「美味しいさ、普通ならな」
不倶戴天決闘での敗北だから領地喪失は近々中に法廷で追認され、男爵家再興は無理だろう。おいしくない。
「まぁ・・さっさと今夜の宿を確保して、そのぱんつ洗濯しようか」
「ぱんつじゃないもん」
見た目は、カボチャぱんつである。
「泊まる場所なら提供するよ。娼館街でイヤじゃなけりゃ」と、イレーヌ。
「大歓迎だ」
レッドのいう歓迎の意味が解らない。
◇ ◇
「『イレーヌのコン』って、また露骨な店名だな」
「コンセプトが分かり易いだろ? 商売ってのは分かり易さが一番だ」
「そりゃ左様だが風情が無ぇ」
「風情あっても為るこたぁ同じさ」
「じゃ、アリシア嬢ちゃんはぱんつ洗ってろ。おれら少時野暮用あるから」
「嬢ちゃん、あんた西の人? こういうの穿かないの?」とイレーヌがスカートを捲る。スブリガが出て来る。
フィン少年、真っ赤な顔。
「客ウケが好いんだよね。南部の女はひとに見られても恥ずかしくないって言うけど、あたしは恥ずかしいかな」
「見せてて言うかよ」
「誘惑してんのよ」と悪びれない副会頭。
「それより俺は、シュトラウゼンの町の運営陣に一言物申して来るわ」
◇ ◇
冒険者三人、色街を出る。
真っ直ぐシュトラウゼンの町役場に行く。
応対に出た助役、もう何しに来たか承知の様子。
「いや・・この町に警官はもと傷痍軍人一人。それも若くないもんで、見るからに破落戸が二十人とか来たら・・」
「十八人だ。人数も把握してないのか?」
「いやその・・」
「町でも若い連中の頭数、結構いるでしょ」
「でも、その・・血の出る喧嘩なんて経験のない連中でして。この町の名物料理に因んでシュトラウゼン・チキンなんちゃって」
「笑うとこじゃ無いですよね?」
「いやその・・」
「大司教座の発布した法の違反者が暴れ回るのを放置。そいつ等が捕縛された後も護送拒否って言ったら、代官所・・この町も違法行為の加担者だって考えますよね普通。普通ね。自治権剥奪の御沙汰とか、十分有り得ると思いません?」
狼狽しまくる助役。
「人手集めますから直ぐッ! 若いもん動員しますから直ぐッ!」
◇ ◇
助役の一喝で人手も一応足りたので、犯人共を数珠繋ぎにしてシュトラウゼンの谷を出る。
「なあ兄さん、尾根の方で誰か見てるよな」と、荷物なき荷運びブリン。
「イレーヌ姐さん、連中総勢十八人だったんだよな?」
「ああ。間違いないよ」
「ふん縛ったのは十五人。でもあれ、逃げた残り三人って人数じゃないよな」
「じゃないですね」
「こっちは俺たち三人に、代官所で告発する女性が三人、それにシュトラウゼン・チキン十人前だから、戦力はあっちが上だな。しかも、捕虜らの縄を切られちまえば敵は二倍だぞ」
「街にも御礼参りに来ちゃうね」
「あ、こりゃ詰んだな」
続きは夕刻にUPします。