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walking

作者: 大西洋子

「ゆうき、遅いぞ!」

「ごめん。靴足を履くのに、ちょっとばかり手間取った」

足の裏の真ん中辺りのでっぱり感。おろしてから数日たっても、靴足に足を踏み入れるたびに違和感を覚えてしまう。

けれどその違和感は、今では靴足に足を踏み入れるときだけで、歩くとそれほど違和感はなく、背筋がしゃきんと伸びる。

一足先にゆうきとお揃いの靴足を履きだしたたくまは、白い歯を見せながら笑う。

「で、今日はどの道を通って帰る?」

二人の視線の先に、白、緑、黒、灰色と四色の道が延びている。

「今日はまだ緑にしておくよ」

「わかった。ああ、早くゆうきも黒の道を歩けたらな」

二人は並んで緑の道へ歩きだす。

「補助付きの靴足で黒の道が歩けたんだもの。もう少しの辛抱だよ」


地球に大変動が起こり、その変動に対応するために、様々な器具が開発された。

そのなかの一つ自動走行車は、それまでの自動車とは動力源とは異なり、さらに車の出し入れ以外、車の操縦をしなくても安全に走行できるうえに、地球上のどの地域でも問題使用できるという、自動車産業が挑戦してきた事柄が一気に解決した。

ところが、それとほぼ同時期から、人は歩くという行為に支障を生じるようになった。

特に生まれてきた子どもらに、その支障が多く出るという社会的問題が噴出した。

そこで、世界中のありとあらゆる国は、子ども達の歩行を促し、運動の場となる場を至る所に設置し、各メーカーは自動走行車製造で培った技術を元に、様々な歩行サポート器具を世界中に流通させた。

そうして今や歩くこと自体がスポーツになった。


「たくま、速いよ~」

ゆうきは、歩き始めて10分もたたないうちに根をあげた。ゆうきの手首の器具から、休息を促す電子音が鳴りだした。

「速かったか。じゃあ、白の道に入って休憩しよう」

たくまは手首の器具の側面を押し、歩行時間の計測を止めた。

彼らが手首に装着している器具は、時計であり、個々の健康状態を計測、装着者の現在地を記録する。そして、

「ほら、ゆうきの分」

白の道の脇は、その器具を近づけると、飲料水が入った容器が排出される販売機が設置されている。

たくまは飲料水二つを排出させ、その一つをゆうきに手渡した。

「サンキュー」

日差しを遮る陰の下のベンチに二人並んで座り、その飲料水を飲む。

白の道は、歩くこと事態が困難な現代人のために整備された道で、道幅はゆったりと広く、車椅子を始め、手摺伝いに歩く人、杖をついて歩く人、そして両脚に歩行補助器具を使用している人がたくさんいる。

ちなみに緑の道は、ごく普通の歩行専用の道で、もともとは小学生の登下校の通学路として整備された道が元になっている。

「あ~あ、ゆうきも黒の道を歩けたならいいのだけど」

黒の道はところどころに凸凹があるが、その道を歩いてみたいという好奇心がそそられる仕掛けがあるのが特徴。ゆうき自身も、その黒の道の歩行は楽しいものだというのは、よくわかっている。

けれど、歩行補助器具を外し、靴足だけで歩くようになって数日たった今、黒の道を緑の道のように歩けるかといえば、まだ微妙。と、答えざるを得ない状態で、

「俺としたら、行きも帰りも黒の道を歩きたいんだよな」

「朝は低学年の子も一緒だからね。それに、黒の道だと歩き遊びが多くなって、遅刻確定だよ」

「……だよな」

黒の道は、ゆっくり歩ける時や、遊び歩き、それから外遊び用の道となっており、靴足で緑の道で軽く走れるくらいになってから、使うよう指導されている。

「ねぇ、たくま。君は灰色の道の歩行に挑戦したいんじゃない?」

「えっ?」

「だって顔に書いてある」

ゆうきは声をあげて笑う。

「ゆうきの言うとおりだよ。かといって、一人で灰色の道を歩くのはなぁ。塾で聞いたんだ。隣の学区の小学生が灰色の道を歩いて、大怪我をしたって話」

その話はゆうきも耳にしている。

自動走行車と歩行者が利用する道は、完全に分離されている。そのため道で怪我をしたと病院にくる人のほとんどが、灰色の道での歩行中の怪我なのだ。

「灰色の道には、階段って言ったっけ? 高低差のある場所への移動を行うための構造物があるのだって。そこでの怪我がとにかく多いんだって」

ゆうきの母は看護師だ。そのような話は耳にタコができるほど聞かされている。

「灰色の道を歩くには、靴足で黒の道を軽く走れるようになってからで、灰色の道を試し歩くとしても、誰かと一緒に歩かないと大変なことになるのだって」

「俺達が揃って黒の道を歩けるようになるのは、まだまだ先だな」

たくまは空になった飲料水の容器を、販売機横に設置された箱の中に入れる。

「焦っちゃ駄目だって。黒の道は逃げやしないから。今のぼく達は、靴足でしっかり歩けるようになること。それを怠ると、身体の筋力が増える前に、身体がおかしくなってしまうのだって」

休憩はおしまいと、ゆうきも飲料水を飲み干し、空になった容器を箱の中に入れる。

ピッピッ。

移動再開のスイッチを入れる。二人の腕に装備された器具は、歩行活動のカウントが増加していく。

そうして、

「じゃあね」

「ああ、また明日」

サヨナラの地点に到達し、二人はそれぞれの家に向かって歩く。


たくまは家に着き、いつものようにおやつを食べるけれど、どこかうわの空だ。

「あーぁ、今日こそ、ゆうきと一緒に黒の道を遊び歩けると思ったのに」


腕に装着した器具は、その装着者がどこに居るのか記録される。

もし下校時に一人で黒の道を歩くと、学校から親に通知され、たちまち黒の道歩きが禁止されてしまうだろう。

「さて、夕ご飯まで、どうしようかな」

宿題をする気がおこらないし、家の中で遊ぶのもなんだか味気ない。それに口喧しい親は留守中。となれば……

「外で遊ぶか」

住宅地から学校へと続く白、緑、黒、灰色の四色の道。その道の住宅地側から少し入った辺りは、歩行難易度の高い道への歩行練習のための広場となっている。

「ゆうきは慎重し過ぎなんだよ」

たくまは黒の道の広場を歩く。

正しく言い直すと、黒と灰色の道の接点あたりを歩き、やがて灰色の広場へ足を踏み入れる。

灰色の道の広場は、ところどころに亀裂がはしり、道自体が傾いており、その道に色とりどりの模様が描かれており、

「黒の道と変わらないじゃないか。噂の階段って何処だよ! 」

たくまは灰色の広場に描かれた色とりどりの◯△□のに合わせて飛び跳ね、細い模様や大きな一筆書きの図にそって歩いたりと、灰色の広場で夕方まで遊び、疲れきり、その日の宿題を疎かにした。


そんなことが一週間程続いたある日、

「たくま、今日は黒の道を歩いて帰ってもいいよ」

「やっとか!」

「途中で緑や白の道に変更するかもしれないけれど」

「いいさ、いいさ。ああ、ワクワクしてきた」

こうして二人は黒の道を歩きだし、10分ほど歩き進めた地点で、

「あれ?」

たくまは足に違和感を感じだした。

ふくらはぎが張るような感覚は、自分の足の筋肉が成長している証拠。その張る感覚とはまったく違う感覚を覚える。

「……わりぃ、ちょっと休憩するわ」

緑、白の道を横切り、たくまはベンチに腰をおろす。

「湿布も排出させる?」

飲料水を排出させながら、ゆうきは問いかける。

「頼む」

「はい。どうぞ」

「サンキュー」

ゆうきはたくまの横に座り、飲料水をひとくち。

「筋肉痛?」

「ちょっと違うかも」

ズボンの裾をあげ、ふくらはぎに湿布を貼っていく。

「あ~ぁ、 気持ちいぃ~」

それでも、やっぱり足に違和感がある。

「靴足が合わなくなったのかなぁ……」

たくまは靴足を脱ぎ素足になる。

同時に、たくまの身体が大きく傾いた。

「ねぇたくま、その素足のまま、ベンチの上に立ってみて」

「えっ?」

「いいから、いいから」

ゆうきの両親は医療従事者だ。もしかしたら、足の違和感の正体がわかるかもしれない。

たくまは素足のまま、ベンチに立った。

「あっ……」

どういうことだろう。ベンチに対して、どうやっても身体が斜めになってしまう。

「……二重力だ。ひょっとして、ここしばらく、灰色の道を一人で歩いたりしていない?」

目を見開くたくまの顔を見て、やっぱりとゆうきが呆れた顔になる。

「……えっと、この地球の自転軸が変化して、それまでのN極と新しいN極の二つの極があるのは、学校で習ったよね?」

およそ百年前、地球の自転軸が変化した。それと同時に、引力の方向も変わった。

「……自動走行車は、その二つの極の反発を利用して動くのだけど、靴足はその二つの極の中央値に対して直角に引力が働くよう、自動調節されている」

そして灰色の道は、古いN極の頃に作られた道路が元。百年たっても引力が働く力が未だに残っている。

「灰色の道歩きをしてみたいのはわかるけれど、成長中のぼくらは、新旧二つの極の引力から身体を適応させている最中」

ここしばらく、家に帰ってから一人で灰色の道歩きで、たくまの靴足は引力の自動調節機能が故障してしまい、たくまの身体全体に新旧の重力がかかることで、結果的に足に違和感が表れたのだと、ゆうきは語って聞かせた。

「だから、今日の黒の道歩きはおしまい。白の道の手摺伝いで家に帰らないと。そして、家に帰ったらお医者さんに診てもらって、新しい靴足を買ってもらうこと」

この状態で灰色の道を歩き続けると、逆に歩けなってしまうよ。と……

「灰色の道は逃げないから。灰色の道の走者者への挑戦は、たくまの身体が大人になってからでも遅くないよ」

白い歯を見せながら笑うゆうきに、たくまはベンチ上に斜めに立ったまま、うなだれた。



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