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お袋の唐揚げ

作者: アラン

 俺には忘れられない味があった。それは好物の唐揚げだった。ただ、唐揚げといっても、普通の唐揚げではない。お袋の作る唐揚げが好きだった。

 「ほら、できたよ。」

 お袋が複数の唐揚げをサラダと一緒に皿に盛りつけ、テーブルに載せる。

 俺はそのお袋の言葉を聞き、テーブルに向かい、どかっと椅子に座る。そして、無言のまま、唐揚げを口に運ぶ。

 こっぱずかしいため、「おいしい」という言葉こそ言わなかったが、本当にお袋の作る唐揚げは絶品だった。

 外はカリッと中はジューシーで、酢の酸味が鶏肉にマッチしているのだ。お袋は唐揚げを作る際、下味に酢を入れていた。唐揚げに酢と聞くと、多くの人は驚くかもしれない。しかし、唐揚げに酢の酸味が絶妙にマッチするのだ。俺はそれが癖になるほど好きだった。いわばソウルフードと言っても過言ではない。ラーメンなどが日本のソウルフードであるなら、お袋の唐揚げが俺のソウルフードなのだろう。

 だが、俺はそのお袋の唐揚げも7年は食べていない。

お袋が病気で亡くなったからだ。急性心筋梗塞というやつで、俺が高校生の頃に亡くなってしまった。当時は悲しくて悲しくて、涙すらも出ないほどだったが、人間というものは案外残酷で、時がたてば慣れてしまった。

 そんなもんだから、当時はお袋の私物や思い出の品を見ると、悲しくなっていたが、今ではただの思い出の一部になっていた。

だから、今はお袋の唐揚げが食べられなくて辛いというより、どちらかというと残念だなという気持ちに近い。

 じゃ、自分で作ればいいじゃないかと思われるかもしれない。しかし、仕事帰りに料理を作るのは本当に面倒なのだ。そのうえ、お袋の料理の手伝いを一切してこなかったもんだから、全然作り方がわからなかった。それはもちろん、唐揚げだけでなく、料理全般においてだった。

 そのため、俺は健康とは程遠いような生活をしていた。自分で料理を作るのが面倒であるため、コンビニやスーパーなどで総菜や弁当を買って、食べていた。もうコンビニやスーパーは行き過ぎて、常連と言っても過言ではない。店員さんとも顔馴染みまである。

 俺はいつものように仕事帰りにコンビニで唐揚げ弁当を買い、さびれたアパートに直帰する。そして、馴染みのない唐揚げを胃の中へと掻き込むのだった。

 弁当を食べると、シャワーを浴び、寝る。翌日になると、アラームで目が覚め、目覚めが悪いまま電車で仕事へと向かう。こんな生活をもう5年は繰り返している。

 俺は勉強が苦手だったため、高校卒業と同時に今の会社に就職した。

 中学や高校の時、しばしば先生が、

 「社会人になると、一気に年を取るぞ。」

と生徒を脅して、当時は嘘つけと信じていなかったが、今となっては満更嘘ではないと思える。

 社会人は同じルーティンが多いため、いつの間にか数年経っていたと気づくことは少なくない。俺もそのうちの一人だ。未だに高校卒業がついこの間のように思える。



 「次は佐倉、佐倉に到着いたします。」

 その電車のアナウンスが聞こえると、俺は閉じていた瞼を開け、バッと飛び起きる。そして、電車を降り、駅のホームに降り立つ。

 俺は駅のホームにあるさびれた時刻掲示板や黒く滲んだベンチを見て、

 「ここも随分さびれたな。」

 こんな数年で駅のホームにさえも変化を感じてしまう。まるで置いてきぼりを食らったかのように、俺は寂しさを感じてしまう。

 俺は改札を出て、見知った道を辿りながら、実家を目指す。

 俺は久々に実家に帰省していた。今はお盆の時期なので、お袋の墓参りのついでに実家に帰ったのだ。

 お墓参りは昨日終わって、仕事も2、3日後なので、俺はもう少し実家にいることにした。

 しかし、かなりの田舎であるため、まあ娯楽は少ない。暇だなと思い、俺は散歩ついでに外に出ることにした。

 そして、俺は実家付近の道を懐かしむように歩いていると、突如、

 「あ!」

という大きな声が後ろから聞こえてくる。

 俺はなんだと思い、バッと後ろを振り返ると、男性が一人立っていた。

 「高橋じゃん!久しぶり、元気してた?」

 その男性は馴れ馴れしく俺の背中をバシッと叩く。

 「えっと、どなたでしたっけ?」

 俺は誰だかわからず、男性にそう尋ねると、彼は少しシュンと落ち込む。

 「ひどいな、クラスメイトの顔を忘れるなんて。田中圭吾だよ。」

 「あー、高校の時の田中圭吾か!」

 彼が名前を言うと、俺はようやくその馴れ馴れしさの正体を思い出す。彼は高校のクラスメイトの田中圭吾だ。

 だが、それを思い出してもなお、俺の知っている田中圭吾のイメージとどうも一致しない。そんなもんだから、違和感が俺の頭にがっしりと抱き着いて離れず、彼と話をしていても、そのことばかりが頭の中を駆け巡る。

 「まあ、元気そうでよかった。じゃ、俺こっちだから、じゃあな。」

 俺がその違和感のせいで上の空になっている間に、いつの間にか話が終わっていた。

 「あ、ああ、じゃあな。」

 俺は彼に別れを告げ、直進で実家に戻る。

 あいつ、高校生のときどんな感じだったっけ。

 俺は先ほど会った田中圭吾のことが気になり、高校の卒アルを押入れから引っ張り出す。随分開いていなかったため、卒アルは埃が被っていた。

 俺は被っていた埃をパンパンと叩いて払い、卒アルをペラペラと開く。

 えっと、田中圭吾、田中圭吾…。あ、あった。

 俺は田中圭吾の名前を見つけ、名前の上にある写真を見ると、先ほどの男性とは程遠い見た目だった。写真の彼は坊主頭で眉毛がゲジゲジ眉毛と言わんばかりに太かった。その写真でようやく高校生の時の田中圭吾を思い出した。

 そういえば、あいつ高校生の時は野球部だったな。でも、本当は坊主が好きじゃなくて、野球部辞めたら坊主を卒業するとも言っていた。

 そっか。あいつももう変わったんだな。

 俺は同級生の成長を喜ばしく思う反面、自分がまるで置いてきぼりを食らっているかのように、寂しさと不安感を覚える。

 俺はこれ以上はいいやと思い、卒アルを閉じ、押入れにしまう。

 すると、押入れに別の懐かしいものを発見する。小学生の時に遊んでいたカードゲームだ。

 「うわ、このカード懐かしいな。」

 よくお袋に買ってとせがんでいたっけ。そのくせ、買ってもらって数年が経つと、飽きたんだよな。

 他に懐かしいものはないかな。

 俺は押入れを再度物色すると、見たことのないボロボロのノートを見つける。

 なんだこれ。

 俺は見たことのないノートに好奇心を誘われ、手に取る。

 ノートの表面には「レシピ本」とだけ書かれていた。お袋の字だった。

 お袋、こんなものを書いていたのか…。

 俺は気になり、ノートをパラパラとめくる。すると、ノートの真ん中あたりのページに、例のから揚げのレシピが書いてあった。

 俺はそのレシピを見ると、普段台所に立たないはずなのに、勝手に足が台所へと向かっていく。

 俺は時計を見て、

 「よし、親父はまだ帰ってこないな。」

と確認する。

 普段料理しない俺が、不思議と今は料理をしたくてたまらなかった。

 俺は台所に立ち、冷蔵庫に材料があることを確認する。

 「これなら、大丈夫そうだな。」

 俺はお袋のレシピ本を見ながら、その通りに作っていく。

 まずボオルを用意し、下味に酢と醤油とショウガ、にんにくを入れる。そして、しばらく鶏肉を下味に漬けこむ。

 「よし、こんなもんかな。」

 俺は半日漬け込んだ鶏肉を冷蔵庫から取り出し、汁を捨て、米粉と片栗粉をまぶす。そして、180度に熱した油に鶏肉を投入していく。油に浸かった鶏肉はたちまち、パチパチと音を立てながら揚がっていく。少しきつね色になったら、一度から揚げを取り出し、休ませる。数分経ったら、もう一度から揚げを油に入れ、二度揚げする。

 こうして、俺は「お袋のから揚げ」を作ることに成功した。

 見ているだけでもおいしそうだった。あまりにおいしそうだったもので、さっそく食べてみることにしてみた。

 「いただきます。」

 俺は普段言わない「いただきます」という言葉と同時に、両手を合わせる。そして、箸を掴み、から揚げを手に取り、そのままから揚げを口に運ぶと、そこに求めていた懐かしさがあった。

 外はカリッと、中はジューシーで、酢の酸味が絶妙にマッチしていた。完全にお袋のから揚げだった。

 そう思うと、俺の口に広がった酸味が、徐々に塩味へと変わっていった。

 「あれ、おかしいな。ちゃんとレシピ通りに作ったんだけど。」

 俺は再度お袋のレシピ本を確認すると、ボロボロで滲んでいた字は余計に滲んで読めなくなっていた。

 その時、俺は気づいた。これも含めて「お袋の味」なんだと。


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