オレのちょろ甘天使な幼馴染サマ
広幡 圭、大学2年。この4月に20歳になった。20歳になれば飲酒も喫煙も解禁になるが、何よりもやってみたいことがあった。
同じ大学に通う幼馴染、七川 星奈が誕生日を祝ってくれるというので、彼女を自分のアパートに招くことにした。
ゆるくウェーブがかかった短い髪をピンで留め、パッチリとした目はくりくりしていて愛らしい。小柄で小動物を彷彿させ、おまけに家庭的で同級生から人気があった。そんな彼女と今も幼馴染として仲がいいなんて、ある意味奇跡としか言いようがない。そして、独り暮らしの男の家に普通に来てくれる彼女の純真さも奇跡である。
「圭ちゃん! お誕生日おめでとう!」
星奈が持ってきた手作りケーキには数字の蠟燭が刺さっており、圭は吹き消すと嬉しそうに星奈は言った。
「はい、これお誕生日プレゼント!」
手渡された小さな袋には欲しかったバンドのアルバムが入っていた。それも限定盤だ。これにはライブ映像のブルーレイの他にも、ライブの応募券が入っているのだ。
「ありがとう、星奈!」
「えへへ! もしチケット当たったら私も連れてってね!」
「任せとけって!」
星奈がケーキを切り分け、圭はジュースを開ける。さすがに星奈の前で酒を飲むわけにはいかない。
「いいなー、圭ちゃんは4月生まれで。私なんて3月だからお酒が飲める日が遠いよー」
「なら、星奈が20歳になるまで待っててやるよ。2人で一緒に酒飲もうぜ」
「本当? 約束だよ」
「おう。それと、実は折り入って星奈に頼みたいことがあるんだ」
「えー、なになに?」
普通なら、手作りケーキ作ってもらいさらに誕生日プレゼントをもらっておいて、何を頼むのかと周囲は思うだろうが、優しい星奈はそんなことは微塵にも思わない。本当に天使だと思う。しかし、圭はあえてそこを付けこんでみた。
「まずは何も言わずにこれを受け取って欲しい」
圭は事前に用意していた箱を取り出す。板チョコほどの大きさの箱は、この日の為に綺麗にラッピングした。彼女は不思議そうにしながらもそれを受け取る。
「開けてもいい?」
「ああ、開けてくれ」
彼女は丁寧にラッピングの包装紙を開けていくと、その箱を蓋に手をかけた。
「こ、これは!」
その箱に入っていたのは、1万円札の束である。ざっと30枚ほどが束になっており、紙テープで留められていた。それも新札である。
「け、圭ちゃん……これは?」
「この日の為に高校からずっと貯金してた30万」
「さんじゅうまん……」
目の前の大金に星奈の手が震えている。こんな大金を彼女は自分で持つとは思ってもなかっただろう。
「こ、これ……なに?」
ようやく絞り出した星奈の言葉に、圭はにやりと笑ってまたあるものを取り出す。
「星奈……」
圭がテーブルに置いたもの。
それは目薬だった。
「この目薬を差して、その札束でオレを叩いてくれない?」
「圭ちゃん⁉」
悲鳴に近い声を上げて星奈が目を見開いた。
「どどどどど、どうしちゃったの⁉」
「実は長年の夢だったんだよ。札束で殴られるの」
「本当にどうしちゃったの⁉」
「まあ、聞いてよ。昔のギャグマンガであったじゃん。金持ちが『この貧乏人が!』って叩くヤツ」
オムニバス的なギャグマンガで、心優しい金持ちの少年がわざと嫌味な性格を装い、貧乏同級生を札束で殴りつけていうのだ。『その金で両親といいもん食ってきな!』『優しい! でもお金は大切にね!』というどうしようもない話。幼い頃にそれを見た圭は思ったのだ。
「なんか楽しそうだなーって、叩かれるの」
「なんで興味持っちゃったのかな⁉ 叩く方の身にもなって!」
「むしろ、涙目でイヤイヤ叩くところが見たい!」
「圭ちゃんのアホーっ!」
「あだぁっ⁉」
びたーんと圭の顔面に叩きつけられたのは、札束ではなく、ラッピングの包装紙を丸めたものだった。
「圭ちゃんのアホ! インモラル! 20歳にもなって何言ってるの!」
「ちょ、ちがっ!」
「何が違うの!」
「オレが殴って欲しいのは、札束の方!」
「本当に20歳もなって何を言ってるのぉおおおおおおっ⁉」
包装紙でひとしきりべちべちと叩かれた後、圭は星奈に正座をさせられる。2人に間には箱に入った30万が置かれていた。
「圭ちゃん。このお金は圭ちゃんが一生懸命に働いて稼いだお金です。だから、そのお金の使い道を私が口を出すのはおかしいと思うんだけど。それ以上に圭ちゃんの考えがおかしいの。分かる?」
「分かります」
普段はゆるふわ系女子の彼女だが、わりと声を低くして圭を諭す。
「圭ちゃんは男の子だし、大学生だし、色んなことに興味があってやってみたいことがたくさんあるのは分かった。でもね。世の中には興味本位でやっちゃいけないことがあるの。20歳になったらなおさら怒られるし、自分で責任を取るしかなくなるの。分かるよね?」
「はい」
「なんでこれを私に頼んだのかな?」
「えーっと、優しい星奈なら嫌々ながらも仕方なーく引き受けてくれるかなって……」
彼女とは長い付き合いだ。心優しくて圭にはとことん甘い星奈なら折れて叩いてくれるだろうという打算があった。
それを聞いた彼女は目に涙を浮かべながら、黙って30万円を箱から取り出した。
「星奈……?」
「圭ちゃん…………謝りなさい」
「へ?」
「この30人の諭吉さんに謝りなさい」
涙を浮かべながらも、その背後にはもの言えぬ気迫があった。
「謝りなさい!」
「はい! 諭吉さん、すみません!」
「今まで働いたお金で圭ちゃんを大学にまで出して育ててくれていた圭ちゃんのパパやママにも謝りなさい!」
「え、はい!」
「こんな新品のお金で遊んで! 用意してくれた銀行の人にも謝りなさい!」
「お、おう? え、はい!」
「それと働きたくても働けない、お金に困ってる人にも謝りなさい!」
「あ、はい!」
「それから、それから……」
「今日、圭ちゃんのお誕生日を楽しみにしてた私にも謝れ! 圭ちゃんのばかぁーっ!」
「それは本当にすみませんでしたぁーっ!」
平伏する勢いで星奈に謝り倒した圭だったが、いよいよ星奈の機嫌は直らなかった。
彼女は圭の足の間にちょこんと収まり、そのまま2人でバンドのライブ映像を見ているのだが、圭にとってはとんでもない生殺しであった。
「星奈さーん。そろそろ機嫌を直してください」
「圭ちゃんは20歳になったので、ちゃんと責任を取って私のご機嫌を取ってください」
頬をパンパンに膨らませて彼女はそういうが、いったいどうやって機嫌を取ればいいのか。ケーキのイチゴを口元まで運ぶと、彼女は普通に食べてくれるが、それでも機嫌は直らない。
「どうやったら機嫌を直してくれるんですか、星奈さん……」
「そのまま私に寄りかかってお腹辺りに腕を回してください」
え、正気? そう思いながらも圭は遠慮しがちに寄りかかり、彼女に触れないようにそっと腕を回す。
しかし、星奈は圭の腕を捕まえて、そのまま後ろに体を倒した。すっぽりと圭の腕の中に納まった星奈はほんのりと頬を赤く染めて圭を見上げた。
「えへへっ! 圭ちゃん大好き!」
彼女のご機嫌な顔を見て、圭は思う。
なんでオレ達、付き合ってないんだろう。
「はいはい。オレも大好きですよ」
こんな生殺しな目に遭うなら今後お金で遊ぶのはやめよう。そう誓ったのだった。