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3 二つの目標

「旦那様、おはようございます!昨日は申し訳ありませんでした」


 私は起きてすぐに支度をして、リビングに降りた。旦那様はすでに朝食を食べ始めていた。ああ、少し遅かったわ。とりあえず素直に謝ることにした。


「おはよう……眠れたのか?」


 無表情のままだが、とりあえず彼は挨拶を返してくれた。それだけでホッとした。


「はい!ぐっすりと」


 私が笑顔でそう伝えると、旦那様は眉を顰めた。あれ?なんか怒っていらっしゃる?


「……ぐっすりだと?」


 もしかして、ぐっすり寝てはいけなかったのだろうか。そう言えばなんだか旦那様の顔色があんまり良くない気がする。


「旦那様は眠れませんでしたか?顔色が悪いです。熱があるんじゃ……」


 私が熱がないかを確かめるためにおでこに手を伸ばすと、彼はガタンと椅子を引いてそれを避けた。そのあからさまな拒絶に胸が痛くなる。


「あ……す、すみません。私ったら勝手に触れてしまって。失礼しました」


「熱などない。朝も君が好きな時間に起きればいいから、俺に合わせる必要はない」


 彼はぶっきらぼうにそう言って、リビングを出て行った。私とモーニングを食べてくれる気はないようだ。


「奥様……旦那様は照れていらっしゃるだけですわ。お気になさらないでください」


 ミアがそうフォローしてくれているが、明らかに旦那様に嫌われているのは決定事項だ。昨日私達が本物の夫婦になっていないことはバレている。彼女には夫婦の寝室で一人で安眠していた姿を見られているので。


 しゅんとしながら、もしゃもしゃと食べ始めるとそのあまりの美味しさに目が輝いた。貧乏になってから、食事も質素だったのでこんなに豪華なモーニングは久しぶりだ。


「美味しいです。このトロトロのオムレツ……ソースも絶品!パンもふわふわで、サラダもこんなに沢山のお野菜が入っているなんて幸せだわ」


 そう言った私を、ミアや他の使用人達は微笑ましく見つめ甲斐甲斐しく給仕をしてくれた。


「シェフ達が喜びますわ」


「じゃあ、後で直接お礼を言いに行くわ」


 私はそんなことを言いながら、出された朝食をペロリと平らげた。ああ、美味しかった。


「ご馳走様でした」


「奥様、旦那様がお仕事に行かれますがお見送りされますか?」


 私は嫌がられるだろうな、と思ったが玄関まで出ることにした。妻としてできることが少ないのだから、できることは全てやろう。


「旦那様、行ってらっしゃいませ」


 彼は驚いたような顔をしていたが、私は気付かない振りをしてニコリと微笑んだ。


「……行ってくる」


 相変わらず無愛想だが、とりあえず「やめろ」とは言われなかった。


 私は有言実行とばかりに、そのままキッチンへ行きシェフ達にモーニングのお礼を言いに行った。本当に美味しかったです!と伝えると、みんな驚いていたが嬉しそうにしていた。


「旦那様はあまり感情を露わにされないので、素直にそう言っていただくと嬉しいです」


 確かに旦那様はあんまり表情豊かじゃないものね。じゃあその分私が美味しさ伝えようと心に誓った。


「何かお食べになりたいものがあれば、なんでも仰ってくださいね」


「はい!」


 皆さん良い方で、いきなり嫁いできた私に親切だった。ずっと旦那様はお一人だったので、みんな結婚されるのを心待ちにしていたらしい。


 それを聞くと胸が痛む。本来なら旦那様が本当に愛した奥様を迎えるはずだったのに。彼はこんな好みでもない女を、不憫に思ったばかりに妻にする羽目になったのだ。


 だからこそ、私は使用人の方達と一緒に彼を支えていかなければと思う。泣いてる場合ではない。


 私の使命はまず後継を作ること。そしてこの家の女主人として一人で立ち回れるようになること。その二つを目標にすることにした。


「ミア……折り入って話があるの」


 私は真剣な顔で話しかけた。私が後継を作れるかどうかは彼女にかかっていると言っても過言ではない。


「はい、奥様どうされましたか?」


 優しく微笑む彼女は、ベルナール家に昔から仕えている侍女だと聞いている。旦那様より少し年上で、幼少期から一緒に育ったらしい。


「昨夜ね、夜着が似合わないと言われたの。それでね、ショックで……あの……恥ずかしいんだけど哀しくて子どもみたいに泣いてしまって。だから……できなかったの」


 恥を忍んで全てを打ち明けることにした。彼女が私の専属侍女になってくれたということは、これからずっと一緒に過ごすということ。だから、恥ずかしいとかなんとか言ってられない。


「まさか本当に……旦那様がそう仰ったのですか?」


 私がこくん、と頷くとミアは頭を抱えた。


「それは旦那様が完全に悪いです。奥様がどんなお気持ちで準備されたか……わかっていないのですわ!信じられません。そんな無神経な発言をなさるなんて」


 ミアは私を慰めるようにギュッと抱きしめてくれた。でも元はと言えば似合わない私が悪い気がする。あれは出来るだけセクシーに見られたいと思い、沢山用意されていた夜着の中で一番妖艶な物を選んだのだ。


「次はせめて『似合わない』と言われたくなくって……旦那様の好みはわかるかしら?」


「私とテッドから一度旦那様にお説教致しますわ」


 ミアは怒っている……テッドとは彼付きの執事のことだ。テッドもランドルフ様と長い付き合いで使用人とはいえ、お兄さん的存在らしい。


「やめて、いいの!私が旦那様の好みじゃないだけだから……」


「奥様はとてもお可愛らしいです!セクシーが嫌だと言われたのならば、今夜はとびきりキュートにしましよう」


 そう言ったミアはとても可愛い夜着を用意してくれた。デコルテラインは大きく開いているが、胸元にはリボンが付いている。袖はパフスリーブで、レース生地が幾重にも重なって肌は透けるがギリギリ見えない。足首まで隠れているので、恥ずかしくもないデザインになっており……色はベビーピンク。


 驚くほど似合ってしまったが、これでは子どもっぽさが増してはいないだろうか?


「可愛いけれど、旦那様は幼い顔の女性は好みじゃないと言われていたのに大丈夫かしら?」


「……それも旦那様が?」


「ええ。きっと彼はセクシー系が好みなのよね」


 はあ、と大きなため息をつくとミアは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「奥様、大丈夫です。今夜はこれにしましょう」


 ミアがそう言い張るので、私はそれに従うことにした。



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