24 新しい命
深夜にもかかわらず、すぐにお医者様が呼ばれミアや他の使用人達も起きてくれた。申し訳ないと思いながらも……あまりの痛みに声が出せない。
「ゔぅっ……ぐっ……!」
「ヴィヴィ、ヴィヴィ!君に何もしてやれないことが、もどかしい。俺が代われたらいいのに」
彼は心配そうに私の手を握ったり、汗を拭いたりしてくれている。初めての出産は時間がかかると事前にお医者から聞いていたが、本当になかなか産まれなかった。
「こんなに長時間苦しそうなのに、ヴィヴィは大丈夫なのか!?」
ランディ様は青ざめながら、ずっと部屋をウロウロしている。いつも冷静なテッドも今日は少し狼狽えているのがわかる。そんな時にバンと扉が開いた。
「ヴィヴィ、来たわよ。頑張っているわね」
「ヴィヴィアンヌちゃん、もう大丈夫だからね」
そこには私のお母様と、ランディ様のお義母様が立っていた。
「お母様とお義母様っ?」
「こんな時間ですが……私がお二人をお呼びしました。奥様がご不安だろうと思いまして」
ミアが頭を下げたと同時に、お義母様は「はいはい、役に立たない男どもは外に出ていて」とランディ様達を追い出した。
「ちょっ……!母上っ!!何を!!」
「あんたの不安な顔を見たら、ヴィヴィアンヌちゃんがさらにしんどくなるの。外で大人しくしておきなさい!!」
お義母様はバタンと扉を閉めて、鍵をかけた。相変わらず……強い。私はその様子を見て、久しぶりにくすりと笑ってしまった。
「ランドルフが煩くてごめんなさいね。これで集中できるわ!もう安心よ」
うふふ、と笑うお義母様を見て部屋中が笑いに包まれた。
「ランドルフ様も普通の男性ということですわね」
「そうなんですよ。外では騎士団長だなんだと言っていても、出産の時にはまるで役に立たないわ。私の夫もそうだったもの」
――あのお義父様ですらそうだったんだ。
「ふふ、私の時も夫はそうでしたわ。みんな同じですわね。ヴィヴィ、大丈夫。初めては時間がかかるのよ。心配しなくていいわ」
「は……い」
「そうよ、安心して」
私は二人の頼もしい母に見守られながら、無事男の子を産むことができた。
おぎゃあ、おぎゃあ……産声を聞いて、私はほっとして力が抜けた。無事に産まれたんだ。良かった。
「元気な男の子よ。さあ、抱いてあげて」
お母様が私に息子を抱かせてくれた。小さい手足を一生懸命に動かしている。
「可愛い」
そしてガチャリと扉が開いた瞬間にランディ様がものすごい勢いで入ってきた。
「ヴィヴィ!」
「ランディ様……無事に産まれましたよ。男の子でした。抱いてあげて下さい」
彼は私が抱いている息子を覗くと、ポロポロと涙を流した。
「ああ、可愛いな。ヴィヴィ、本当によく頑張ってくれた。本当にありがとう」
私の頬にキスをして、優しく私を抱き締めた。すると私も涙が溢れてきた。
「無事に産めて安心しました」
彼は恐る恐る息子を抱き上げて、愛おしそうに見つめた。
「可愛い。しかし小さすぎて怖いな」
そんな風に困っている彼と一緒に、二人で悩みながらゆっくりと親になっていった。名前は「リチャード」に決め、彼はすくすくと元気に育っている。
リチャードはランディ様に顔がそっくりだが、髪の色は私のブロンドを引き継いでいる。そして私にべったりなところは、やはり彼に似ているようだ。
私にぎゅっとくっつき、リチャードはごくごくと美味しそうにお乳を飲んでいる。一生懸命飲んでいる姿はとても可愛い。
「いいなぁ、お前は。ヴィヴィのお乳を一日に何度も飲めるなんて贅沢だぞ」
彼は拗ねながら、リチャードの頬をツンツンと突いている。
「馬鹿……何を仰っているんですか」
私は頬を染めながら、服を直してリチャードの背中をトントンと叩いてからそっとベビーベッドにおろした。もう何度もしているので手慣れたものだ。
使用人達にも助けてもらっているが、私ができるだけ自分で育てたいと言ったのをランディ様は受け入れてくれた。
「リチャードはものすごく可愛い。だけど独占してずるい。俺もヴィヴィを食べたいのに」
「た、食べたい!?」
「ああ、俺にも食べさせて」
ちゅっと深いキスをされ、そのままベッドに押し倒された。リチャードはお腹いっぱいで満足したのか、あっという間にすやすやと寝ているのが見えた。
「愛してるよ」
そのまま久しぶりに彼の愛を一身に受けた。最初は優しかったのに、彼は余裕がなくなったのかどんどん激しくなり……熱くて蕩けそうな濃密な時間だった。
後で知ったことだが、前日にお医者様から私の身体はもう完全に治っていると報告があったそうだ。彼はその日を待ちに待っていた……らしい。
「何人子どもができようが、何年経とうが関係ない。君は俺の唯一愛する女だ」
なんて赤面ものの有難い台詞を彼からいただいた。子どもを産むと、なかなか『女性扱い』してもらえないなんて話はよく聞く。婦人達のお茶会では、旦那様へのそんな愚痴も多い。
だから、彼がそう言ってくれるのは正直嬉しい。リチャードの母になれたのは嬉しいことだけれど、やっぱりいつまでも彼の妻でいたいもの。
――それから十年後。
私達の子どもは三人に増え、わいわいと賑やかな家族になっていた。リチャードの下に私にそっくりな娘と二人を足して二で割ったような息子が一人ずつ増えていた。
子どもが大好きなランディ様は三人とも、ものすごく可愛がり子育てにも協力的だったのでとてもありがたかった。
お義父様は『ランドルフに後継ができるか心配してたのが嘘みたいだ』なんてケラケラと笑いながら、増えていく孫を喜んでくださっている。しかも『あいつの溺愛っぷりを見ると、まだまだ増えるかもな』なんて言われてしまった。
私は否定することもできず恥ずかしくて『すみません』と呟くと『なぜ謝る?私の息子を……いや、ベルナール家を幸せにしてくれて本当にありがとう』とお礼を言われた。
お義父様は、私の見た目が彼の好みにぴったりだと知っていたらしい。
『私の情報網を甘く見るなよ。しかし、ランドルフには感謝して欲しいね。見た目が好みで、中身もこんなに良い子なんて他にいないぞ』
『その件に関しては異論はありません。ヴィヴィに引き合わせてくれた父上には……感謝していますよ』
ランディ様は悔しそうにそう言うと、お義父様は楽しそうにニヤリと笑っていた。