2 顔合わせ
なぜこんなことになったのかと言うと、我が家が貧乏になったことが原因だ。
伯爵令嬢である私、ヴィヴィアンヌ・ファンタニエは何不自由なく暮らしていた普通の貴族令嬢だった。金持ちでも貧乏でなく、仲の良い両親と弟と四人暮らしでのびのびと育った。
しかし二年前にファンタニエ家領地に悪天候が続き、大飢饉が起きた。領民を救うため、お父様は私財を投げ出しなんとか最小限の被害に食い止めることができた。しかし、そのせいで我が家は困窮したのだ。
そしてその話を聞いたロドリー伯爵に目をつけられ、私が後妻として嫁げば資金援助をすると持ちかけられた。私にはまだ幼い弟がいるので、その話は有り難かったが……問題はロドリー伯爵はお父様より年上で女癖が悪く若い女を食い物にしているような評判の良くない人物だったことだ。
私は家のためになるなら嫁ぐと言ったが、お父様は娘を老齢の男に売るような真似はできないとすぐにお断りの返事をした。しかし……ロドリー伯爵は私をどうしても妻にしたいらしく、金をチラつかせてしつこく食い下がってきた。彼は童顔の私を気に入ったらしい。
何度断っても諦めないため、お父様は困り果てて学生時代の先輩でもあり親交のあったベルナール公爵に相談をした。貴族社会では爵位が上の方が強いからだ。
『では私の息子と結婚するのはどうかな?いつまでも独り身で困っていてね。君のお嬢さんは良い子だと聞いているから私も安心だ。縁が結べれば、喜んで資金援助もするよ。もちろん持参金なんて必要ない』
まさかの申し出にお父様は有難いとすぐにこの話を受けた。貧乏な伯爵家の私が公爵家の御令息と結婚なんて願ってもいない話だ。しかもお父様が信頼する方の家なら間違いはない。きっとこんな良い話は二度と来ない。
そう……このベルナール公爵こそ、旦那様のお父様。そして私の旦那様の名前はランドルフ・ベルナール。騎士家系の公爵家の嫡男で、この国一剣術が強く騎士団長をされている。三十歳というご年齢ながら、未だ独身。一体どの御令嬢と結婚するのかと社交界では話題になっていたが、彼は誰とも付き合わずのらりくらりとその話を無視していた。
左目のあたりにザックリと傷があって一見怖いが、漆黒の短髪に紫の美しい瞳……大きな身体は鍛え上げられていて逞しい。彼は大人しい御令嬢タイプの女性からは恐れられていたが、強く屈強な男が好きな色気のある美人系のお姉様方達からは絶大なる人気を誇っていた。
つまり、モテないわけではない。むしろ引くて数多なのに独身だったのだ。
『父上、見損ないましたよ。金でこんな少女を買って私にあてがうなど!絶対に結婚などしませんからね』
初めての顔合わせに姿を現したランドルフ様は、かなり激怒されていた。私はあまりの剣幕にビクビクと身体を震わせた。
『愚息が騒がしくて申し訳ないね』
公爵は困ったように眉を下げて私に謝ってくださった。公爵とランドルフ様のお顔はそっくりだ。
『これは決定事項だ。もしお前が結婚しないのであればここにいるヴィヴィアンヌ嬢は、ロドリー卿の後妻に入ることになる』
『……なっ!ロドリー卿だと!?あいつは色狂いの親父じゃないですか。きつい冗談だ』
『ロドリー卿は本気だよ。ファンタニエ領が大変だったのはお前も知っているだろう?だから金をチラつかせて彼女に結婚を迫っている。今のところ助けられるのはお前だけだ。ファンタニエ伯爵は私の学生時代の後輩だから私も力になりたい』
『それならば父上が資金援助だけして差し上げればいいでしょう!?』
『ははっ、私が利益のないことを一切しないことをお前はよく知っているはずだ。この縁が結ばれればいつまで経っても結婚しない息子が片付いて、後輩を助けることができる上にこんな可愛らしい義娘ができる。最高ではないか』
『……っ!』
『お前はこの子を断れないだろう』
公爵がニッと笑ったのを見て、彼はため息をついた。そして目を細め憐れみの表情を私に向けた。
『君は何歳なんだ?』
『……来月十八歳になります』
彼は驚いた顔をして『成人してたのか』と呟いた。我が国では十五歳で立派な大人だ。その失礼な発言に私が眉を顰めると公爵はランドルフ様の脇腹に思いっきりパンチを入れ、ドスっという音と共にランドルフ様が床に崩れ落ちた。
『だ、大丈夫ですか?』
私は床にうずくまる彼が心配でしゃがみ込んだが、反応がない。
『ヴィヴィアンヌ嬢は優しいね。ご心配なく、息子は頑丈だけが取り柄でね。それより躾がなっていなくてお恥ずかしいかぎりだ』
公爵はニコニコと笑っていた。ランドルフ様はチッと舌打ちをして、公爵を睨みつけながらゆっくりと立ち上がった。
『……わかりましたよ!ヴィヴィアンヌ嬢、かなり年の差があって君としても不本意だろうが結婚してくれないか?何不自由なく暮らせるだけの金はあるし、そこに関しては心配しなくていい』
ランドルフ様は私の前に来て、跪き求婚をしてくださった。
『よ、よろしくお願い致します』
ペコリと深く頭を下げると、彼は難しい顔のまま左手をそっと取りチュッと手の甲にキスをした。これは騎士の正式な求婚のポーズなのだけれど、男女の触れ合いに慣れていない私は驚いて手を思いっきり引いた。
『ひゃあ!』
変な声が出て、慌てて口を手でおさえた。顔は真っ赤になっていると思う。
『す、す、すいません……失礼を』
ランドルフ様にギロリと睨まれて、私はその場でカチンと固まりさらに小さくなった。まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
『ランドルフ様、申し訳ありません。お恥ずかしながら、娘を少々過保護に育てすぎておりまして。ヴィヴィアンヌは男性の免疫がないのでこのような反応を……』
『と、言うわけで彼女は大事な大事なお嬢さんだからお前も心して妻にするように。こんなに可愛いお嬢さんを見つけてきた私に、感謝して欲しいものだ』
そんなこんなで、あっという間に決まった結婚。ロドリー卿の件もあるので早くした方がいいだろうという話し合いが親同士でされ、その日のうちに婚約が成立し三ヶ月後には結婚式が決まった。
親族のみの簡単な式だったが、ウェディングドレスは最高級なものが用意されていた。誰が用意してくれたのかわからないが、私に似合うように可愛らしく作られたデザイン。
我が家を助けていただいたのに、こんな良くしていただいて申し訳ない限りだ。
ちなみに婚約してから三ヶ月、忙しい彼とは全く会っていなかった。たまに手紙のやり取りをしていたが……ランドルフ様の返事は常に素っ気なくて業務報告のような手紙だった。
「そりゃあ……迷惑よね」
私は背が低めだし、顔は丸くてピンク色の大きな目……つまりは童顔だ。ブロンドの髪の毛はゆるいウェーブがかかっていて、手足も小さい。声も鼻にかかったような高めで子どもっぽく思われる。胸だけはそれなりにあるけれど、他が小さいのにそこだけ育っているのも違和感があって嫌だった。
『社交界デビューしたてかい?可愛らしいね』
『一人?お父様はどうしたの?』
『こんな妹がいれば可愛くて堪らないだろうね』
舞踏会ではこんなことを言われ続けて早三年。不細工ではないはずだが何年経っても十五歳に見られる自分は、女としては魅力がないらしい。だからロドリー伯爵のように、幼い童顔が好きな一部のマニアックな人にしか好かれないのだ。
そしてお互いのことを全く知らぬまま、書類上は夫婦になった。
でも旦那様には感謝しかない。だって私がロドリー伯爵に嫁いで例え酷い扱いを受けたとしても、彼には関係ないことのはずなのに助けてくれたのだから。