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「んっ……く、苦し……」


 あまりの息苦しさにランディ様の胸を押したが、彼はまだ離す気はないらしい。


「キスしてる時は……鼻で息をして」


「そんなの、わかんないです」


 息をしているのが鼻なのか口なのかなんて、今そんなことを考えられないくらいパニックだ。


「あぁ、本当に可愛いな」


 彼はちゅっとわざと大きな音を立ててから、ゆっくりと唇を離した。そして私を見下ろしながら、色っぽく微笑んだ。


「ゆっくり覚えていけばいい。いっぱい練習しよう?」


 私は苦しかった呼吸を落ち着かせて、はぁはぁと息を整えた。こんな激しいキスをいきなりされても困る。だって私はこういうことの経験値が低すぎるのだから。


「俺達、初めからやり直さないか?」


「え?」


「恋人同士として。それから本物の夫婦になれたらと思っている……のだが、どうだろうか?」


「は、はい!よろしくお願いします」


 それは徐々にこの関係や触れ合いに慣れていくってことよね?その提案は有り難すぎる。


「俺は……なるべく君に正直に気持ちを伝える……つもりだ。足りないかもしれないが……大目に見てくれ」


 恥ずかしそうに目を逸らしながら、ランディ様のはそう言ってくれた。今まであまり話してくれなかった彼がそんな嬉しいことを言ってくれるなんて!その気持ちだけで感動してしまう。


「ええ、私も素直に愛を伝えます。あと……疑問に思ったことはお互い隠さず聞きましょう。今回みたいにすれ違いたくないですから」


「……じゃあ、早速ひとつ聞いていいか?ヴィヴィの気持ちを疑っているわけじゃない。ただ君の口から教えて欲しい」


 ランディ様は真剣な顔で私を見つめた。私は「どうぞ」と先を促した。


「グレゴリー・クレールのことをどう思っている?」


 そうよね、ずっと気にされていたに決まっている。舞踏会であんなことがあって、喧嘩したまま誘拐されてきちんと話していなかったもの。


「彼は友人です。そして……初恋の人でした」


 そう言った時、ランディ様の瞳が不安気に揺れたのがわかった。私は安心して欲しくて、彼の手をギュッと握った。


「でも十三歳の頃の話です。グレッグには揶揄われてばかりで、彼は私を『妹』のようだと言いました。それで淡い初恋は告白する前に終わりです。それで十四歳から今までずっと友人です」


「そうか」


「やましいことは何もありません。だって手も繋いでいませんから。彼が急になぜあんなことを言い出したのかわかりませんが」


 あの告白は私を困惑させた。ランディ様は私のおでこにちゅっとキスをした。


「話してくれてありがとう。舞踏会の日は年甲斐もなく妬いてしまって、酷いことをして悪かった。君があの男の元へ行ってしまうんじゃないかと不安だったんだ。やっぱり同世代の男の方がいいんじゃないかと……」


「その心配はありません。私はランディ様一筋です!」


 すると彼はボンッと音がするのではないか、という程真っ赤になった。


「それに手を握ったのも……キ、キスもあなたが初めてだし。ちゃんと……責任をとってくださいませ」


 私がチラリ、と彼を見上げると目を細めてふわりと微笑んだ。


「ずっと一緒にいる。俺もヴィヴィ一筋だから」


 胸がドキドキと煩い。恋は苦しくて切なくて、こんなにも温かく嬉しいものなんだ。


 離れがたかったけれど、今夜これ以上一緒にいたら『我慢できなくなる』と彼に耳元で囁かれ私は固まった。そして、それを見たランディ様はくすりと笑い……結局別々の部屋で休むことになった。


「今夜は別で寝て一旦冷静になってくる。でも明日から……夜はここで一緒に過ごしたい。もちろん夫婦になるのはもっと時間をかけるつもりだから安心して欲しい」


 私はこくん、と頷いた。すると彼は私が置いていった結婚指輪をもう一度はめ直してくれた。


「おやすみ、いい夢を」


 唇に触れるだけのキスをして、彼は部屋から出て行った。一人になると、つい彼からの甘い言葉や濃厚なキスを思い出してしまう。


 うわーっ!私ったら何を思い出しているのよ!いやらしい。私の馬鹿、馬鹿。


 落ち着くために、自室に戻りお風呂に入ることにした。身体や髪を洗うとサッパリした気持ちになったが、鏡を見ると沢山吸われたせいか唇がぽってりと腫れているような気がした。


 そして……またランディ様の顔を思い出してしまい、頬が赤くなる。


「だめだわ。もう何をしても彼のことばかり考えてしまう」


 私はランディ様に恋をしていて、それが初めて実ったのだ。浮かれてしまうのはしょうがない。


 今日は誘拐されて、あんなに怖い思いをしたはずなのに……思い出すのは甘い記憶ばかりだ。それも全てランディ様のおかげ。


 ふわふわした気持ちのままベッドに横になり、そのまま寝てしまった。温かい手が頭を撫でてくれている気がする。とても気持ちがいい……ずっと続いて欲しいなと思いながら意識を失った。




♢♢♢



 唇に温かいものが触れた気がして、重たい瞼をゆっくりと開けた。


「ヴィヴィ、おはよう」


 なんか目の前に旦那様がいる。ああ、これはまだ夢なんだと思い、ふわぁ……と欠伸をした後に彼にぎゅっと抱きついた。こんな良い夢なら、せっかくなら甘えてしまおう。


「こら。朝からそんな可愛いことされたら……仕事に行けなくなる」


 赤い顔でムッと唇を引き結んだ旦那様が、私をじっと見つめた。うーん……なんてリアルな夢。しかも私の都合の良いように、今まで見たこともないような甘い旦那様だ。


「ヴィヴィ、早く起きないと襲うぞ?」


 彼に激しめの口付けをされて、あっという間に目が覚めた。


「んんっ……だ、旦那様っ!?」


「旦那様ではない。なんと呼ぶか思い出して」


「ランディ……さま……」


 愛称で呼ぶと、唇が離された。濡れた唇をペロリと舐めるランディ様がものすごく色っぽい。


「思い出せたな。いい子だ」


 ニッコリと微笑み、私の頬をするりと撫でた。私は真っ赤に顔が染まった。これは……朝から刺激が強すぎる。


「一緒にモーニングを食べよう。着替えておいで」


「……はい」


 そして私は今の自分を見て慌てた。顔も洗っていない、化粧もしていない……髪の毛はボサボサ。夜着も特に可愛げもない普段の物だ。こんな姿をランディ様に見せたなんて!?


 私は泣きそうな気持ちで、ベルでミアを呼んだ。すぐに来てくれた彼女は私のしょげた様子に驚いていた。


「奥様、どうされました?」


 私は昨夜、旦那様と仲直りしてお互いの気持ちを確かめ合えたと話した。そして朝ランディ様にこんな姿を見せてしまったと言うと、ミアはふふと微笑んだ。


「昨夜、旦那様のお気持ちは聞かれたのですよね?旦那様は奥様の全てが可愛いと思われているので大丈夫ですよ」


 そんなはずない……と思いながらも「お支度しましょうね」と促されあっという間に身なりを整えてもらった。


「奥様と旦那様の思いが通じたとお聞きして、私はとても嬉しいです」


「ありがとう。いつも心配と迷惑かけてごめんなさい」


「お気になさらないでください。お二人が幸せなのが、私の幸せですから」


 ミアにお礼を言ってリビングにおりた。ランディ様もキッチリとした騎士団の制服に身を包んでいた。


「ランディ様、先程はお見苦しい格好ですみませんでした。改めておはようございます」


 私が頭を下げると、彼は不思議そうに首を傾げた。


「……お見苦しい?起きたてのヴィヴィはとびきり可愛かったが何が問題だ?」


 そんなことをサラリと言い放った。確かにランディ様は『なるべく君に正直に気持ちを伝える』と言ってくれたが、こんなにキャラが変わるなんて聞いていない。いきなりすぎて対応ができない。


「……」


「もちろん今のヴィヴィも可愛い」


「……ありがとうございます」


 その日のモーニングは、ランディ様のせいで何故だかめちゃくちゃ甘く感じた。



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