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ジミー・アンデルセン 法器選び



 魔法学校への入学は何かと入用だ。法器に教科書、筆記具、服。魔法学校が全寮制のために必要な物は全て自己負担であり、学費も含めると相応な額となる。特に法器選びに関しては材質によって金額はピンからキリまであるため予想が付かず、選ぶ直前まで気を揉むことになる。もっとも、俺はその費用を含めて丸々経費で落としてくれるらしいので気にしなくてもいいのだが。


「それで、来てくれたのは貴方でしたか。ディックさん」

「うんうん、そうだよー。久しぶりだねジミー君。元気そうで何よりだ」


 待ち合わせの公園のベンチに座っていたのは、金髪に丸眼鏡を掛けた男性。ディック・レーベン。ルーマニア支部で事務員をしている人だ。今では二児の父親で、部署内の男性職員から恋愛相談を持ち掛けられるくらいには人望もある人だ。

 そしてこの人が、今回俺を魔法界へ案内してくれる人でもある。人間界出身の魔法使いが魔法学校に入る際には、魔法界の常識を教えることも含めて案内人に付き添って貰う規則がある。普段であれば入学予定校から教員を派遣して行うのだが、今回は元々付き合いのあるアルバイト先からディックさんが来てくれることになった。


「それにしても、ジミー君も遂に魔法学校に通うのかぁ。感慨深いなぁ。僕の娘たちもいつかはこうなるのかなぁ」

「娘さんは今初等部でしたか」

「そうそう。まだ魔法力が発現したばかりだから危なっかしくてねぇ」


 そういう割には、口元はだらしくニヤけている。娘が可愛くて仕方ないらしい。

 魔法族といっても別に生まれた時から魔法を扱える訳ではない。大半は初等部に上がる年頃で魔法を扱う能力――魔法力が発現して、そこから魔法学校に入学できる高等部になるまでに魔法力を鍛えていく。その期間に如何に魔法に触れられるかが成長の鍵であり、そこで魔法族出身の子供と非魔法族出身の子供の間に魔法力に大きな差が生まれてしまう。この差を埋めるには生半可な努力ではなく、それこそ死に物狂いの努力が必要になってくる。俺? 俺はアルバイト先で無理矢理叩き込まれたから魔法力はそれなりに高められた。

 あの地獄に叩き込んだ支部長には感謝の言葉(恨み節)しかない。


「さて。それじゃ雑談もこのへんにして、さっさと飛ぼうか(・・・・)

「えぇ。お願いします」


 そう言ってディックさんの腕に掴まった瞬間、世界がぎゅるんっ、と捻じ曲がった。前後左右上下の区別もつかない空間。存在するかもわからない空間と空間の狭間の世界。その小さな隙間に自分を無理矢理捻じ込むような不思議な感覚。そうして吐き出されるようにして飛び出した先は、人間界では見たこともない光景だった。

 宙を飛び交う鳥のようなナニかに、喋る果実が実った街路樹。光と共に出現したり消えたりする人影に、箒に乗ってはしゃぐ子供たち。建物は人間界にある理路整然としたものではなく、一部が捻じれていたり妙な場所に出入り口があったりする。しかしその造形は奇抜ながらに目を引くものであり、総じて歪さを内包しながらも形を保っているという不可思議な建築模様となっている。

 ここはヨーロッパにある最大の魔法都市ダレンウィッチ。周囲を不可視化、探知妨害、侵入拒絶といった妨害系の魔法で覆われ、人間界から隔絶された魔法界の都市の一つ。その歴史は古く、ギリシャ神話が語られていた紀元前1500年頃には既に存在していたと言われている。ヨーロッパにおいてありとあらゆる魔道具・魔導書が集まる場所と呼ばれており、必要なものはここで揃えるようにと、入学許可証と共に同封されていたリストに記載されていた。


「相変わらず、こちらは賑やかですね……っと」

「ははは。まだ『異地跳(いちと)び』には慣れないかい?」

「えぇ。どうにも苦手意識が拭えなくて……」

「転移起点とは勝手が違うからねー。最初は気分が悪いかもしれないけど、その内に慣れるよ」


 異地跳びというのは、たった今ディックさんが行使した魔法で、長距離移動を可能にするものだ。原理としては現在地と目的地を隔てる空間を無理矢理にこじ開けてそこに身体をねじ込む、というものらしいが、聞いたところで原理はまるで理解できなかった。

 この魔法、使えれば非常に便利なのだが、慣れない内は行使した後に強烈な乗り物酔いを伴ってしまう。現に俺も足元がふらついている。以前の魔法生物密猟事件の際に密猟者たちが異地跳びを使わなかったのはそのためで、この酔いに当てられると幼体ならショックで衰弱死する恐れがあるのだ。一方の転移起点は、物体を基点にして周囲の空間ごと移動するのでそういった酔いは発生しない。どちらも長距離移動用の魔法だが、そういった部分でこの二つの魔法は使い分けができている。


「最初は法器選びからだね。魔法省(ウチ)からラッドバットの店には話を通してあるから先に行っちゃおう」


 魔法省(ウチ)から、という字面だけで相当な圧力があるのは見て見ぬふり。

 上司(うえ)が善意でやってくれたのだからツッコミは野暮というものだ。


 そうしてしばらく歩いていると、目的の場所が見えてくる。周囲の建物が時代を経て新しくなっている中で、ただ一つだけ時代に取り残されたような古風な作りをした店。せめて店名だけはわかるようにと拙い字で書かれた後付け看板が目立つその店こそ、これから向かう『ラッドバット法器店』だ。

 ラッドバット法器店はラッドバット家の当主自らが店主となって代々経営している店で、当主もまた魔道具職人であり長年に渡って法器作りに携わってきた。その技術は本物で、ヨーロッパで法器選びをするならこの店と言われるほど。俺はここで自分の法器を選ぶのか……。


「ごめんくださーい! ラッドバットさんは居ますかー?」

「そう大声を出さずとも、ちゃんと聞こえていますよ」


 ほんの少しの躊躇いを覚えている内に、ディックさんが店に突貫。釣られて中に入ると、内装は打って変わってかなり現代色が強かった。商品は乱雑に置かれているわけではなく、一つ一つが丁寧に配置されている。床は埃一つなく綺麗に掃除されていて清潔感がある。印象が大分違うな、なんて思っていると、店の奥からすぐに人がやって来る。白髪を後ろに流し、レンズが着脱できるモノクルタイプのレンズフレームを掛けた初老の男性だ。


「お待ちしておりました。ラッドバット法器店店主、カルロスと申します。以後お見知りおきを」

「ジミー・アンデルセンです。今日は時間をとって頂きありがとうございます」


 そう言って右手を出すと、店主は僅かに目を見開いた後、にこやかに笑って握手に応じた。


「これはご丁寧に。本日はマキュラス魔法魔術学校入学前に法器を選びにいらしたとか。……一口に法器といっても形状は複数ございます。手袋、ブレスレット、指輪。他にもいくつかございますがが、ご希望はございますか?」

「手袋型を。今は備品を借りていますが、それが一番手に馴染みました」

「かしこまりました。それでは、こちらへ」


 そう言って奥のカウンターに案内される。ちらりとディックさんを見やると、そのまま行くようにと無言で頷かれた。言われるままに店主の後に続き、用意されていた木製のカウンターチェアに腰掛ける。店主はその対面にするりと移動する。


「法器は魔法の起動に欠かせないものです。そしてその核には、持ち主に合わせた多種多様な宝石が使われています」


 パチン、と。店主が指を鳴らすと、独りでに棚から飛び出した宝石の原石が宙に浮かび、目の前に並べられる。


「宝石には相性というものが存在します。宝石に込められた意味。所謂宝石言葉が、持ち主とどれだけ親和性があるのか、どれだけ持ち主の心を表しているのか。それを見極め、数ある宝石の中から選び抜いた宝石――『利き石』を法器の核とします。一番わかりやすいのは誕生石です。先ずはこの12種類の宝石の原石に、手をかざしてみてください」


 1月から12月までのそれぞれの月に因んだ宝石を、誕生石という。それが本人と最も親和性があるかは別だが、確かに大まかな方向性を探るのには丁度いい試金石である。言われるがままにそっと原石に手をかざしていき、反応を待つ。すると、ある原石にかざしたところで、その原石が薄っすらと光出した。


「アクアマリンにタンザイト。聡明で勇敢、高貴で冷静。なるほど、おおよその方向は掴めましたね……では、このあたりの石はどうでしょう?」


 パチン、と。もう一つ指を鳴らすと、浮いていた原石は2つを残して元の場所に戻り、代わりに新しい石がやってくる。


「アズライト、サファイア、ソーダライト。あなたに合うのはこのあたりだと思いますが……おや?」


 だが、そんな説明の途中で、独りでに輝き出す石があった。

 その石の名はサファイア。

 手をかざすまでもなく、力強く明滅を繰り返している。


「石が自ら主人を選びますか。なかなか珍しいものを見せて頂きました。サファイアに込められた言葉は誠実、高貴、徳望。なるほど、グリフォンに気に入られるというのも納得がいきます」


 ジト目でディックさんを見る。悪びれずに肩を竦めるのを見るに、話を通す際についでに言っていたらしい。


「グリフォンに気に入られるというのは、それだけで信頼を置ける人物であるという証拠です。魔法省が権力を使ってでも確保したいというのも、無理からぬことです」

「……そうは言っても、俺の様な人で、俺より腕の立つ魔法使いはいくらでもいるでしょう?」

「えぇ、確かに居るでしょうね。ですがそれは、数えられる程度でしょう」


 フッ、と。カルロスさんは影の入った笑みを浮かべた。


「人間界で育ったあなたは、初めて魔法に触れてどう思いましたか?」

「便利だな、と。基本的には何でもできるので」

「えぇ。全くその通りです。魔法は何でも出来過ぎる(・・・・・・・)


 ふと、窓から一羽の鳥が入って来る。だがそれは鳥ではない。鳥の形をした手紙だ。芸術家が紙でアートを作ったように、精巧につくられた紙の鳥。それがパタパタと音を立ててカルロスさんの前に来ると、お役御免とでもいうように元の一枚の手紙に戻った。だがその手紙は、折り目が付いたままのくしゃくしゃの状態だった。


「昔はフクロウなどの動物を使って届けさせていましたが、今はこうして手紙そのものを鳥にして運んでいます。折り目が付いてしまうのが非常に難点ですが、魔法があれば……」


 ふい、と。カルロスさんが手を振ると、一瞬にして手紙の折り目が伸ばされた。一見すると、とても丁寧に折りたたまれた手紙だ。


「この通り。すぐに問題は解決できます。……だからこそなんですが、魔法界には配慮に欠けた人物が多すぎる」

「あぁ、以前友人から聞きましたが、こちらの祭は見栄え重視で非常に危険なんだとか。魔法があれば大丈夫だ、という理由で」

「その通りです」


 はぁ、と。とてもとても重い溜息が零れ出る。これは相当まいっている様子だ。


「ですので、あなたのような方が魔法使いになるのは、とてもとても喜ばしいことなのです。どうか、そのままでいて下さい」


 ギュッ、と。俺の手を握るカルロスさん。

 その手は何かに祈るように、力強く握られていた。




テンポを重視のために説明を省いた部分があるので、こちらで捕捉させていただきます。


誕生石

1月~12月までの12種類ありますが、基本的には一番縁のある生まれた月の石が反応します。そして、この世界では結構生まれ月によって性格が引っ張られることがあります。血液型で大雑把な性格が決まる例の噂みたいなものだと思って頂ければ大丈夫です。

ジミーはその例外で、孤児のため生まれた月を知らず、特に興味も示していなかったので生まれ月と縁ができず性格は引っ張られませんでした。2種類反応したのはそのためです。


今後もこのような形であとがきに補足説明が入るかもしれませんが、ご了承ください。


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