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ジミー・アンデルセン 分岐点



「ああああああああああ」


 グリフォンの一件から一夜明け、既に陽が傾きかけた頃。俺は自分の枕に顔から突っ伏していた。結局あの後、後片付けは日が昇るギリギリまで続き、孤児院に戻ってきたのは起床時間直前。そこからいつも通りに孤児院の手伝いを始めて、ようやく一息付けたのが今だった。幸いにも筋肉痛とかはないが、疲労の蓄積が半端じゃない。正直よくここまで持ち堪えられたなと思うくらいだ。


「そのゾンビみたいな呻き声やめてよね。今日は祭の日なんだから、ホラー要素はお呼びじゃないよ」


 同室のロイドが興味なさげに苦言を言う。実際ロイドの目は手元の参考書から離れていない。


「ロイドォ、他人事だからって好き勝手言いやがって……」

「実際他人事だしね。っていうか、15で夜勤のアルバイトって大丈夫なの? ここ、未成年は深夜労働禁止じゃなかったっけ?」

「あぁー、それは大丈夫。労働内容確認して院長も許可してくれた」

「ふーん」


 参考書を見る傍らに同室のロイドが訝しげに見てくるが、そこから先に踏み込んではこなかった。アルバイトを始めてからはぐらかし続けているから、聞いても無駄だとすぐに諦めてくれる。この線引きが絶妙に上手いからロイドは付き合いやすいのだ。そしてこいつには、憎たらしいことに彼女がいる。名前はジェシカ。昔からお互い顔を知っている仲だったが、資格をとってアルバイトを始めた頃、ロイドの方から告白したらしい。今では街でも噂になっている仲睦まじいカップルだ。嫉妬がないわけじゃないが、ロイドならという納得の感情もある。


「そういやロイド。お前、ジェシカと一緒に祭に行かないのか?」

「あぁ、言ってなかったっけ。ジェシカとはもう別れたよ」

「はぁ!?」


 ロイドがさらりと零した爆弾発言に、眠気が一気に吹き飛んだ。


「いや、お前。この前デートしたばっかりだろ!?」

「してたね。けど、イギリスの学校から繰り上げ合格の通知が来たみたいで、そっちに引っ越すことになったから別れたんだ。……元々ジェシカはミュージカルに興味があってね。そっちの学校に通って、本格的に勉強をしたいって言ってたよ」

「いや、でもよ……」

「ジミー」


 何かを言おうにも、そこから先はロイドに遮られてしまった。ロイドの顔はどこか寂しそうだった。その顔を見てしまうと、自然と言葉は喉元から引いていった。

 傍から見ても仲睦まじいカップルだった2人。そこには確かに愛があったはずだ。だけどロイドは、彼女の夢を応援するために身を引いた。言いたい想いは多々あるだろうに、それでもその感情を表に出さずに気丈に振る舞っているロイドは、同年代とは思えないほどに大人びて見えた。


「心配してくれてありがとう、ジミー。だけど僕は納得してるからもういいんだ」

「そうか。なら、俺はもう何も言わない」

「……そういうジミーは? 仲良さそうな娘とかいないの?」

「いや、俺は孤児院の手伝いにアルバイトばっかりだからな。それに、仲良くなっても友達の感覚が抜けないからそんなこと思ったこともないな」

「あぁ、ジミーって誰にでも距離感が近いから兄妹と友達って感覚だもんね」

「ぐっ」


 何気ないロイドの言葉が俺を傷つける。

 そういやそうだった。こいつ恋愛関係については遠慮なくズバズバ言ってくるタイプだった!


「ほんっとズケズケと言ってくれるよな、ロイドって」

「こういう時に言葉を濁すとそのままズルズルいくからね。でも、きっとジミーの場合は一瞬だよ。自覚したその瞬間から、その娘だけを贔屓したくなるんだよ」

「……そういうもんか?」

「そういうものだよ」


 色恋のわからない俺にはいまいちピンと来ない話だが、ロイドが言うならそうなんだろう。いつになるかはわからないが、いつか自覚できた時には、真っ先にロイドに言ってやろう。


 コンコンッ


『ジミー。部屋に居ますか?』


 そんな話をしていれば、ノックと共に扉の奥から院長の声が聞こえた。特に断る理由もない。ロイドに一つ目配せして「どうぞ」と返事をすれば、院長が扉を開けて部屋に入ってくる。白髪交じりのアッシュブロンドの長髪に、年に比例しない若々しい肌。修道女のスカプラリオに似た服を身に纏った妙齢の女性こそ、この孤児院を運営しているリリー院長だ。そのエメラルドグリーンの瞳は、今日も慈愛に満ちている。


「ここに居ましたか、ジミー。今日はいつもより疲れているように見えましたから、心配になって様子を見に来ましたよ」

「あぁー、意外とバレてました?」

「これでも何年もあなたを見てますからね。それに、私以外にも付き合いの長い子は薄々勘付いてましたよ」

「げっ」


 ということは、何人かには気を遣われていた訳か。言われてみれば、遊びの誘いにせよ勉強をせがむにせよ、今日はいつもより圧が少なかった気がする。……そうか、意外とバレないようにするのも難しいんだな。


「それで、今日はあなたにお客様が見えているのですが……体調が優れないなら、断りましょうか?」

「いえ、そこまで問題ないんで。このまま着替えて向かいます」


 心配そうに俺を見る院長に一言入れてから、部屋着から外着に着替える。途中でロイドにも声を掛けられたが、たかが徹夜の夜勤明け。無理そうなら無理と言う、と言って誤魔化した。そう言うとチョコを一つ投げ渡されたが、暗に無茶をするなと言いたかったんだろう。こういう気遣いができるからモテるんだろうなぁ、なんて思いながら、チョコを摘まんで玄関まで向かう。その途中で洗濯物を取り込んだ下の子供たちと階段ですれ違うが、何やら色めき立っていた。


「あの人すげー綺麗だったな」

「あぁ、めっちゃくちゃ美人だった」

「目が合った瞬間ドキッてしちゃった」


 口々に何かを言いながら興奮気味に階段を駆け上がっていく子供たちを見送って、そのまま玄関を潜る。夕暮れの西日が眩しかったが、手をかざして視界を確保すればそこには見知った顔があった。肩口まで伸ばしたパープルグレーの髪に猫を思わせる目。白のノースリーブにオレンジのカーディガンとジーンズを着こなしたフィアが、柱に背中を預けて俺を待っていた。


「悪いな、待たせた」

「構わない。急に来たのはこちらだからな。……この後時間は取れるか?」

「特に予定はないから大丈夫だが、どうした?」

「あぁ、それなら丁度よかった。一緒に祭りに行かないか、と誘いに来たんだ」

「そりゃまた突然だな」


 そんな素振り、昨日までなかっただろうに。


「密猟者確保の件を父に報告したら、少しは羽を伸ばしてこいと言われてしまってな。友人は皆家族で旅行に行っていたりと連絡がつかなかった。それでどうするかと悩んでいたら、こっちで祭があったことを思い出したんだ」

「で、折角だから俺も誘おう、と」

「あぁ。一人より二人の方が楽しいからな」


 そう言って肩を竦めるフィア。心なしか口調が早口になっている気がしなくもないが……まぁ、気のせいか。


「そうだな。折角の誘いだ、一緒に行こうか」

「!? そ、そうか。それはよかった」


 心なしか嬉しそうにしているフィア。尻尾があればフリフリ振って良そうである。こんな風に可愛らしいところを見せればもっと人気になるだろうに。でもまぁ……他の人が知らないような一面を知れるのは、悪い気はしない。

 フィアの新しい側面にくすりと笑いながら、俺はフィアと並んで祭へ繰り出した。





◆◇◆◇





「あぁー、遊んだ遊んだ」

「祭りだからって遠慮の欠片もなくはしゃぎやがって……」


 近くのベンチに腰掛けながら、二人して出店に売っていたコーラに口をつける。方やツヤツヤの肌、片やゲッソリした肌。どっちがどっちかは言うまでもない。

 祭りが始まってからもう随分と時間が経っている。フィアがそのネコ目をキラキラさせながら目に付く店に片っ端からアタックしたから、おそらく全ての出店を制覇したんじゃなかろうか。食べ物系の出店は全て回り、ゲーム系の出店も満足するまでやっていた。その戦利品は今も彼女の手元にごっそりと置かれている。中でもフィアが一番やりこんでいたのは射的だ。最初は魔法と勝手が違うから悪戦苦闘していたが、結局最後は執念でフクロウのぬいぐるみを手にした。その鳥への執着はどこからくるのか、本当に謎である。


人間界(こっち)の祭りは初めてだったが、いいな。こうものびのびと楽しめたのは久しぶりだ」

「祭りなら魔法界(そっち)にもあるだろ? 俺は行ったことないからよくわからないが、ここよりも断然見栄えするし楽しいんじゃないのか?」

「まぁ、確かに派手だし目を引くものもそこら中にある。ただし、こちらの安全を度外視したものだがな」

「んん?」


 祭ってそんな危険だったか?


「魔法は万能だ。切り傷程度は一瞬で治せるし、骨が折れても数日で完治する。腕が千切れようが目を失おうが一ヶ月で新しいものを生やせる。……まぁ、だからなんだが。死ななければ問題ない、なんて考えが根付いていてな」

「あぁ、なるほど。言わんとすることは何となくわかった」


 つまり『しなやす』が共通認識になっているのか、魔法界は。なまじ魔法という便利なものを持っている弊害か、ブレーキが緩い状態で次々ド派手で突拍子もないことをするのか。

 ……あれ? もしかして上司や先輩やらが俺に結構無茶な要求してくるのは、思想の根底にしなやす精神があるからでは……?


「まぁ、そんな訳で。身の危険を感じずに祭を満喫するのは初めてでな……羽目を外し過ぎてしまった。すまない」

「そういう事情ならいいさ。こっちも同年代と祭に行くのは初めてだったし、なんだかんだ楽しめたからな」

「そうか。それなら……よかった」


 安堵するようにフィアがホッと息をつく。これぐらいは下の子供たちに比べれば易しい方だ。向こうはそれぞれバラバラなものに興味を持って、それでいて一斉に俺に付き合えといってくるからな。同時に8個の要望に応えることなんてできないのに、なまじ幼くて理屈が通じないから大変だ。逆上すれば関係が拗れるから、適度に宥めつつ順に回っていくのだ。なお、その回る順番でもまた揉める。

 まぁそんなじゃじゃ馬たちに比べれば、別にこれぐらいで嫌いになったりはしない。初めてのびのびと楽しめる祭なら、はしゃぎたいだけはしゃげばいい。祭りなんてはしゃいでなんぼだ。


「んんっ。……まぁ、祭りは十分楽しめたし、そろそろ本題に入ろうか」

「なんだ。デートが目的じゃなかったのか」

「それはついでだ。本題はこっちだ」


 そう言ってフィアから手渡されたのは、今時珍しい封蠟で閉じられた一通の便箋だった。裏面には万年筆で書いたような達筆な字が記されている。宛名は間違いなく俺のものだが、そんな格式張った手紙をよこしてくる相手に心当たりはない。フィアに視線を向ける。返ってくるのは頷きだけ。そのまま開けて読めということだろうか?


『拝啓 ジミー・アンデルセン 殿


 この度、推薦者からの推薦により、特例として貴殿のマキュラス魔法魔術学校への入学が許可されたことをここに記します。


 マキュラス魔法魔術学校 副校長 ストロベリー・イシュトバーン』


 手紙には、達筆な字そう書かれていた。


「これは……」

「見ての通り、マキュラス魔法魔術学校の入学許可証だ。ボスが伝手に掛け合って取り付けてくれたらしい」


 知ってる。というか、それができる立場にいる知り合いがその人しかいない。

 けれど重要なのはあの(・・)マキュラス魔法魔術学校への入学許可が俺に降りたことだろう。魔法学校と言っても一つだけではない。ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど世界各地に存在している。そしてそれぞれの学校にも『格』というものが存在し、各々の能力によって入学できる学校が決められている。

 その中でもマキュラス魔法魔術学校というのはヨーロッパにおける最高格の魔法学校であり、魔法界における名家・貴族たちはこぞってここに子供を入学させたがる場所だ。そんな魔法界でも選りすぐりのエリートたちが集う場所に、何の伝手もない孤児の俺が行ける……?


「は、ははっ。一体どんな強権使って捻じ込んだんだあのオッサン……」

「権力はこういう時に使うものだ、と言っていたな。それに、子供が早々にやりたいことを諦めるな、とも」

「……はっ。全部お見通しかよ」


 そりゃあ俺だって……行けるなら魔法学校に行きたかった。昔から、孤児院でも他の皆とは何か違うという感覚は抜けなかった。けれど、独りぼっちでは生きていけないと知っていた俺は、その違和感を旨の内にしまい込んで孤児院のために頑張った。下の子供の面倒も積極的に見た、上の世代の応援にも駆けつけた。誰からも頼りになる人に、誰かに必要とされる人間になろうとした。おかげで俺の周りにはいつも人が居てくれて、独りぼっちにはならなかった。けれど、胸の内の違和感だけはどうにも拭えなかった。

 だけどある日、その違和感は俺が魔法使いだからだと知って、納得もした。この漠然とした違和感の正体はそれか、と。そしてその違和感を拭うために、俺は魔法界に関わることにした。関われば関わるほど、俺の居場所はこっちだという感覚が強くなった。その頃には心に刺さっていた違和感もすっかり抜けていた。

 フィアや他の同僚たちから、魔法界には魔法を学べる学校があることも聞いていた。勿論、俺も行ってみたかった。まだまだ知らない魔法の世界を、もっと知りたいと思った。


 けれど、俺には金がなかった。


 魔法学校に入学するには、相応の入学金が必要になる。そして、毎年の学費もある。タダで入れるなんて夢のまた夢。どれだけバイトをしても、最下格の学校の入学金すら用意できない。だから孤児である俺には関係のない場所だと、早々に諦めていた。

 諦めていた、はずだった。


「お前が魔法学校の話を聞いている時、どんな顔をしてたか言ってやろうか? ……お前の気持ちを察せないほど、私達は腑抜けではないぞ」

「……なんだ。バレてたのか」


 どうやら、俺は仲間への隠し事が苦手らしい。あんまり迷惑を掛けないように、変に気遣いをさせないために色々と隠してきたつもりだったけど、それも全部筒抜けだったらしい。


魔法生物保護課(ここ)の正規職員の採用条件は魔法学校を卒業することだ。……私もいずれ正規職員として就職するが、お前がずっとアルバイトのままでいるのは嫌だからな」

「そこまで言われちゃ、仕方ないな……」


 本当に、俺はいい同僚を持った。


「ではな。手紙を渡せたし、私はそろそろ行くよ。……次に会うのは学校で、だな」

「あぁ。これからよろしく。先輩(・・)

「わからないことがあったら、いつでも聞きに来い。後輩(・・)


 互いにくすりと笑い合いながら、手を振って別れる。今度は制服姿で会うのだろうか、なんて益体もないことを考えながら、俺も孤児院に向かって歩きだした。

 そんな俺たちを見守るように、夜空には綺麗な月が浮かび上がっていた。




これにてプロローグ偏は終了になります。

次話からは魔法学校偏。1~2話ほど準備回を経てからようやく魔法学校に向かいます。

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