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ジミー・アンデルセン 夜を駆ける



 この世界には、魔法族と呼ばれる種族が存在する。

 古き時代からエルフの血を脈々と受け継いできた彼らは、エルフ同様に魔法の才能を受け継ぎ、高度な魔法文明を築き上げてきた。歴史上に現れる特異な力を持つ者たちもまた、そうしたエルフの血を引く魔法族だ。だが、時代は進み、非魔法族が科学文明を大きく発展させた昨今では、彼らの居場所は徐々に失われていった。魔法はそれを扱えない人々からすれば人を惑わす悪魔の御業とされ、迫害の対象になった。15世紀に起きた魔女狩りがその良い例だ。今は余計な諍いを生まないために『魔法界』と『人間界』。それぞれの棲み分けが進み、互いに非干渉を貫いていた。


 が、棲み分けと言っても同じ星に住む者同士。まったく非干渉でいる訳にもいかなかった。ここトランシルヴァニア地方は土地の40%を森林地帯が占めているが、実はその半分は魔法界の魔法生物保護区となっている。この地方そのものが人間界において自然保護区に設定されているため、人の手が介入することがほとんどなく、魔法界としても魔法生物の保護区としてもうってつけの場所だったからだ。


 人間界と魔法界。立場は違えど同じく環境保護や希少生物の保護を主題に掲げていた両者の円満な話し合いの末、双方の保護区の設置は実現した。が、魔法生物による生態系への影響を懸念した当時のルーマニア政府の要請により、魔法界の政府――魔法省から魔法生物専門のチームを派遣し、徹底した管理を行うようなった。そしてそれにより設置されたのが魔法省環境保全局魔法生物保護課ルーマニア支部。俺のバイト先である。





◆◇◆◇





 肉体強化の恩恵を受けながら、未だ肌寒い夜の街を駆け抜ける。幸いにここはルーマニアの中でも田舎の方。夜闇を奪う光もなく、人の目も疎らなこの街ならこうして屋根の上も楽々と駆け抜けられる。中世ヨーロッパの街並みが未だに残るこの街ならではの移動方法だ。


「そういえば、ジミー。その法器はまだメンテナンスに出してないだろう。管理部の奴が文句を言っていたぞ」

「げっ、完全に忘れてた。そういえば催促状が来てたっけ……」

「強化呪文は問題なく使えてるからいいが、それも一応備品だ。壊れる前に出しておけよ」

「あぁ。明日は時間が取れるだろうし、その時に出しておくよ」


 そう言って、右腕を覆っている手袋を見る。手の甲に嵌められた新緑の光沢を放つジェダイトと、そこから血管のように伸びる白のライン。生き物のように有機的で、不可解な規則性に則ったデザインをした手袋が、今の俺の法器だ。

 法器とは魔法使いが魔法を行使する上で欠かせない魔道具。魔法制御の核である宝珠から法器全体に回路を張り巡らせることで、持ち手の意のままに魔法を行使することができるようになる。一見普通に見える手袋でも、魔法界黎明期から存在する魔道具師たちがが何百年もの歳月をかけて改良を重ねてきた魔法技術の結晶である。


「フェイ。今回の密猟者は三人組って話だったが、本当に三人だけだと思うか?」


 ちょうど3日前、魔法生物保護課の管轄である保護区に密猟者が侵入。一部の魔法生物の幼体が攫われる事件が発生した。巡回中の職員が密猟者を発見、拘束しに向かったものの、幼体を攫われて怒り心頭なった親が暴れ回った所為で犯人を取り逃がしてしまった。結果、こうしてアルバイトを含めた全職員に密猟者の捕縛要請がかかり、昼夜問わず捜索に駆り出されているという訳だ。面倒事ではあるが、普段の夜勤巡回よりも時給は増えたから今の所差し引きプラスである。


「最初の情報通りなら、な。だが、実行犯3人だけでその後の隠れ家まで用意できるとは考えにくい。匿った仲間を考えれば最低でも10人はいるだろう」

「雇われの寄せ集めなら適度にバラけさせて各個撃破に持ち込めるんだけどなぁ。そんな連中なら、もっと早くにお縄についてるか」


 後先考えずに犯行に及ぶ相手なら、正直に言ってウチの正規職員を撒けるとは考えにくい。魔法生物保護課の職務内容は文字通り魔法生物の保護活動となっているが、魔法生物といっても種類によっては下手な魔法使いよりよっぽど危険なものもいる。目を見ただけで即死させるものや、吸い込んだだけで身体の内側から腐らせる胞子をまき散らすもの、一瞬で人一人を蒸発させる炎を吐くもの。そんな危険生物たちを相手取る職種だけに、正規職員は紛れもなく精強だ。

 そんなウチの正規職員を撒くというのだから、おそらく密猟者たちは組織だった動きをしている。実行役に隠れ家の手配役、潜伏中の飼育役、見張り役、護衛役。ぱっと思いつく限りでもこれらをこなせる人材はいるはずだ。組織として機能しているなら雇われの烏合の衆よりよっぽど手強い。人間はマルチタスクができる素晴らしい生物だが、注意を分散させるより一点に集中した方が当然だが精度は上がる。それを個々人で分担して行うのだから、隙を見せてくれないのは当然と言えた。


「ま、隙がなくても動く時にはどうしても姿を見せる。そこを狙えば勝機はあるだろ」

「そんなに上手く事が運ぶ訳があるか。…………いや、訂正する。あるみたいだな」

「え?」


 不意にフィアが立ち止まり、釣られてこちらも足を止める。フィアはその猫のような目を凝らし、一点を見つめていた。


「ほら、あそこの裏路地に続く道だ」


 フィアの指さす先に目を向ける。あそこは不良たちのたまり場に続く道だったはずだが、そこから出てきたのは暗闇に紛れる黒塗りのポンチョに身を纏った集団。数は15人くらいで、足音を立てないように動き、ハンドサインを合図に周囲を警戒しながら進んでいる。それは明らかに何かしらの訓練を受けた者の動きであり、その内の4人は何かを収められそうな大きな箱を背負っている。


「うっわぁ……」

「流石の厄寄せ体質だな、ジミー」

「まったくもって嬉しかねぇ。結局こうやって貧乏くじばっかり引く羽目になる」

「おかげでお前の周りは退屈しないんだ。誇ってもいいぞ」

「やかましいわ自由人」


 楽しいことはウェルカムな彼女のことだ。小言を言ったところで暖簾に腕押し、糠に釘。しかしわかっていても言わなきゃやってられないというのが人の心情というもの――っと。


【守護せよ】(プリヴェド)!」

【守護せよ】(プリヴェド)!」


 俺とフィアが、互いの背後に向けて呪文を詠唱。すると法器の核であるジェダイトが発光し、神経伝達のように極小の信号がラインに伝わり呪文が発動する。フィアの後ろに現れたのは半透明のヴェール。俺が発動した防御呪文だ。だがその直後、防御呪文が衝撃に波打った。フィアの背後を狙っていた密猟者の呪文が直撃いしたのだ。そしてそれはフィアも同じ。俺の背後にいたもう一人の攻撃を同じく防御呪文で防いでくれた。

 互いに目配せをして背中合わせとなり、目の前の敵に集中する。他の密猟者と同じく黒いポンチョを身に纏った敵が煙突の影から姿を現し、通りを挟んでこちらと対峙する。体格からして男。初撃を防いでも動じた様子はなく、フードの奥からジッとこちらを見つめている。


「こりゃ応援を呼ぶ暇はなさそうだ」

「あぁ。ともかく、話は目の前の奴を片付けてからだ」

「了解――【威よ】(スラギス)!」


 密猟者に手をかざし、呪文を詠唱。法器から放たれた閃光が闇夜を走るが、敵は当然のように防御呪文で防いだ。まぁ、これぐらいは挨拶代わりだ。これで決めようだなんて思ってない。向こうもお返しとばかりに攻勢呪文を放ち、それを防御呪文で防ぐ。こっちが使っているのは捕縛用の威力を抑えた呪文なのに対して、向こうは遠慮なく高威力の呪文を放ってくる。威力で劣っているために攻勢呪文同士をぶつけても相殺できず、こちらは防御呪文で防ぐしかない。


 それを察したのか、向こうは次々と攻勢呪文を連発し始める。避けてもいいがそれでは後ろのフィアを巻き込みかねないため、先ずは敵と距離を詰めてフィアへの射線を切る。防御呪文で防ぎながら、肉体強化に物を言わせて通りをひとっ跳び。身体能力を強化している今なら、これくらいは苦でもない。

 無論相手もただで飛び移らせてはくれない。跳びすがら攻勢呪文が降りかかるが、防御呪文の傍らに攻勢呪文で反撃。無理矢理隙を作りながら無事に屋根に着地する。


【吹き飛ばせ】(ブローウェイ)!」

「【守護せよ】! ほんっと、強呪文をポンポンと……!」


 嫌らしいことに着地の瞬間を狙って放たれた呪文に思わず悪態をつく。避けてもいいが足場が盛大に吹き飛ぶのでこれは防ぐしかない。人間界において魔法は秘匿されているため、人間界での魔法戦闘は隠匿性を求められる。が、敵はそんなことお構いなしに周囲を破壊しながら俺を倒しに来ている。1mmでもこっちに配慮はしてくれないのだろうか。後処理するのは俺らなんだぞ!?


「【威よ】!」

「【守護せよ】」


 攻勢呪文と防御呪文の応酬。魔法使いは法器を介して呪文を行使する際、方向を指定するために手首や腕を振ることが多い。頭の中で思い浮かべたものを身体の動きと連動させることで、正確性を高めるためだ。その所為か魔法使い同士の戦闘は、オーケストラの指揮者のようにリズミカルなものになる。


【滑れ】(ドロープ)

「ッ、と!」


 単調な攻勢呪文では撒けないとみるや、密猟者は攻勢呪文の中に搦め手も混ぜてきた。ここは屋根の上。足元を滑らせればそれだけで体勢は崩れる。確実に戦い慣れてる人間の動きだ。できることならそんな相手は引き受けたくはなかった。


【引き寄せよ】(ドロニア)


 足を取られる前に引き寄せ呪文でその場を離れる。この呪文、手近なものを取る時に使うのだが、対象が壁や建物などの動かないものだと自分が引き寄せられるようになっている。割と緊急回避には重宝する小技だ。


 ただまぁ。引き寄せるのは何も自分の身体だけじゃない。


「晴れの日でも夜は頭上注意、ってな」


 裏路地に転がっていたバケツを呪文で引っ張り上げ、背後から密猟者の頭に覆いかぶせる。突然視界が覆われれば誰もが驚くだろう。そして、そこでできた一瞬の隙が欲しかったのだ。


「それじゃあちょっと寝転がっててくれ……【威よ】!」


 藻掻いて隙を晒した密猟者に攻勢呪文を放つ。すると密猟者は力が抜けたようにへたり込み、その場に倒れ伏した。勿論だがちゃんと息をしている。残念ながらアルバイトの俺に許されている攻勢呪文はこれだけだ。上位互換の失神呪文もあるが、正規職員でないことと、魔法学校に通っていないこともあって俺は失神呪文の使用は認められていなかった。


「ジミー。そっちは片付いたか?」

「フィアか。ちょうど今片付けたところだ」


 戦闘終了のタイミングで、フィアがこちらに寄ってきた。向こうも無傷で片付けられたらしい。苦戦したらしい衣服の汚れは見られなかった。


「こいつの拘束は後回しだ。先に行った仲間を追う」

「なら、こいつの法器を取り上げて味方に合図を送っておくか。そうすれば合流した奴が拘束してくれるはずだ」


 頭上に手をかざし、夜空に赤い閃光を上げる。花火のように音が出れば住人に勘付かれるかもしれないが、呪文なら音も出ないためその心配も少ない。これで他のルートを巡回してる夜番にも気付いてもらえるだろう。


「法器はこっちで外しておいた。……いくぞ」

「あぁ、了解だ」


 フィアの後に続いて再び走り出す。密猟者たちはまだ残っている。

 魔法使いとしての夜は、まだまだ明けそうになかった。







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