ジミー・アンデルセン 夜に発つ
ファンタスティックビーストを見て衝動的に書き始めた拙作。
続くかは未定です。
「ジミー兄ちゃん、こっちで遊ぼ―!」
「ジミー兄! ちょっとここわからないから教えてー!」
「ジミー、そっち終わったら荷物の搬入手伝ってくれ! ちょっと人手が足りないんだ」
「ジミー!」
「ジミー!」
「ジミー!」
「やっかましいぞお前らぁ! 俺の身体は一つしかねーんだよ! 一度に全員の面倒なんて見きれるわけねーだろ!?」
俺の名前はジミー・アンデルセン。15歳。ルーマニアのトランシルヴァニア地方にある孤児院で暮らしている。ここの院長は誰彼構わず孤児を拾ってきたり貰ってきたりする重度のお人好しなもんだから、他の孤児院とは比較にならないぐらいに大所帯だ。
だが、かくいう俺も物心がつく前に院長に拾われてここまで育てて貰っている身である。だから率先して色々と手伝ってきた訳だが……何故だか妙に周りの奴らに懐かれてしまった。
「大丈夫だよ! プラナリアみたいに分裂すればいいんだよ!」
「もしくはイソギンチャクみたいに!」
「無茶苦茶言うな! 腕を切り落としても俺は二人に分裂しないんだよ! 暇してるなら裏手に行ってロイドの手伝いをして来い! いい子にしてればロイドからお菓子を貰えるぞ!」
「えっ」
「ホント!」
「やった! じゃあロイド兄を手伝ってくる!」
「え、ちょ、ジミー!?」
「バイト代で買ったお菓子をため込んでるのを俺は知ってるからな?」
そういうや否や、手伝いを要求してきた男――ロイドは涙を浮かべながら走り去っていく。そうだよな、時間が経てば経つほどヘルプに来た子供たちにお菓子を配らなきゃならんからな。人数が少ない内に終わらせなきゃいかんよな。
「えぇー! ロイド兄自分でお菓子買ってるの!? ズルい!」
そんなことを聞けば、勉強中だった子供たちはズルいズルいと叫び出す。まぁ、気持ちはわからんでもない。一応孤児院でもデザートは出されるが、それは平等に出されるもの。自分と違うものを食べれるならそれを羨むのは至極当たり前だ。が、その権利は何もしてないやつには与えられない。
「ズルいも何も、ロイドは勉強を頑張ってちゃんと資格を取ったから院長から外でバイトするのを許されてるんだよ」
そう、何かしらやりたいことをするなら、それに見合う成果を示さなきゃならない。それがこの孤児院のルールだ。
「いいかよく聞け。外に行ったらお前らが今やっていることは全員が当たり前にやっていることだ。俺たちは孤児だ。普通ならその当たり前すらできない。なのにロイドは外の奴らがやっている当たり前をこなした上に、更に頑張って資格まで取ったんだ。それで何もできないんて、ロイドの努力が報われないだろう。だからあいつは院長から外でバイトすることを許されてるんだ」
ズルいと思うのは結構だ。だがロイドが何もしてないのにズルしていると思っているなら、その考えを直してやらないといけない。
「じゃあ俺も勉強頑張ったら自分でお菓子買えるの?」
「あぁ、買えるぞ。一生懸命頑張ったやつを、院長は見捨てないからな」
「うぅ、じゃあ頑張る!」
「いい子だ。その調子で頑張るんだぞ」
勉強は確かに面倒だ、今やってることの意味が見出せなければやる気なんて出る訳もない。だが逆に言えば、意味さえ見出せれば人間誰しも頑張れるのだ。まぁ、今はお菓子に留まっているが、バイトする頃にはもっとでっかいものを欲しがっているに違いない。そんなことを思いつつ、俺は内心でクスリと笑った。
その数年後、バイトできるようになったその子が最初に買った有名店のお菓子を、好きな娘にプレゼントして告白した話を聞いて本気で驚いたのはまた別の話である。
◆◇◆◇
皆が寝静まった午前0時頃。ふと目が覚める。
この孤児院は午後6時に夕食、7時~9時まで入浴、午後10時に消灯というタイムスケジュールになっている。入浴時間が長めなのは人数が多いから入れ替わりで入るようになっているからで、夕食の後片付け当番は後の方に入ることになっている。残念ながら俺は今日は風呂掃除当番だったため、入浴時間後から消灯ギリギリまで運動していた身である。
10時きっかりに寝始めたとして、睡眠時間は大体2時間。まぁ、仮眠としては十分だろう。
「今日は夜番の日か。……準備しなきゃな」
寝入っている隣人を起こさないように細工して、寝間着から仕事着に着替える。目元まで隠せるパーカー付きの赤いウェットシャツに、迷彩柄のカーゴパンツ。動きやすさと顔を隠せることに重点を置いた服装は同僚に選んで貰ったものだ。
俺が個人的に選んだ服は手酷くダメだしされたので、結局全部お任せにした。お礼にプレゼントを返して以降、なんとなく距離が詰まった気がするが、まぁ良しとしよう。同僚と仲が良くなって悪いことはなにもないからな、うん。
『なんだ、起きてたのか。せっかく寝顔を拝んでやろうと思ったのに』
夜の静寂を破るように、鈴なりのような澄んだ声がする。またか、と侵入癖に辟易しながら、今日の当番のペアにしてこの服を選んでくれた同僚に声を掛ける。
「……フィア、勝手に入ってくるなっていつも言ってるだろ」
『夜番のペアが寝坊してないかの確認は大事だろ――っと」
そう言って、窓際に座っていた黒猫が一瞬の内に人型になる。
「『変身術』、相変わらず便利だな」
「そうは言っても、免許制だから手続きが面倒だぞ」
「そりゃ悪用し放題だから制限掛けるだろ」
パープルグレーの髪に褐色肌、猫のような目をした美人が窓辺に腰かけながらそう愚痴る。
フィア・アークライト。彼女は俺のバイト先の先輩であり、同僚だ。歳は俺の一つ上で、俺より一年早く今のバイト先に就いたらしい。性格は猫のように気まぐれで自由人。ただし仕事はきっちりやるから周りもそれとして受け入れている。
「今日も何もなけりゃいいけど……あの密猟者はまだ捕まってないんだろ?」
「あぁ。けど直近の目撃情報からして、この近辺に居る可能性は高いと上は見てる。今日の夜番は気を引き締めろ、だそうだ」
「……そういう時に限って、俺が引き当てるんだよなぁ」
誰が言ったか知らないが、『厄寄せ体質』。そんな揶揄い混じりのジョーク体質は今日も通常運転だ。保護動物を攫った密猟者はどうやらこの近辺で目撃されているらしい。以前も似た事件が起きた時、先輩の一人が「ジミーの近くで待ち伏せしておけばよくない?」なんて冗談で言って本当に犯人とカチ合わせたから、もう職場の中で俺が厄介事を惹きつける体質だということは周知の事実となっている。その先輩から貰った憐れみの視線と肩ポンは今でも忘れられない。
試練大好きな神様がいるなら、今すぐ中指突き立てて罵倒してやりたい。
「何かあっても大丈夫なように他の夜番にも巡回ルートは伝えてある。密猟者と戦闘になっても10分持ち堪えればどうにでもなる」
「アルバイトに10分持ち堪えさせるって、相当ヤバいこと言ってるって上はわかってるのかねぇ」
「夜番を任されるアルバイトも大概だという自覚を持った方がいいぞ」
「さいで」
まぁ、何はともあれ。解決しなきゃいけないなら腹を括るしかあるまい。
「それじゃ、行こうか」
「あぁ」
そう言って手袋を嵌めた俺たちは、肉体強化を施して窓から飛び出した。
魔法省環境保全局魔法生物保護課ルーマニア支部所属
見習い ジミー・アンデルセン
そんな仰々しい肩書を持って、今日も俺はアルバイトに勤しむのだった。
タイトルに魔法学校とありますが、たぶんあと数話はアルバイトの話になります。