比翼の鳥が飛ぶ空
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!!
グラクト王国史によれば、三代前の国王の時代、隣国との大掛かりな戦争があったという。
隣国は魔術大国であり、六人の上級魔導士がグラクト王国を攻め立てた。
時の騎士団長は、上級魔導士の魔術範囲を調べ、範囲外からの遠隔攻撃でしのいだ。
さらに、女神プローシャの神聖な水を使い武具と防具を揃え、魔術に打ち勝った。
上級魔導士の炎撃を撥ね返した盾は、あたかも鏡のようであったと記されている。
その時の騎士団長こそ、プラバトー家の祖であり、国王からは永年貴族の称号を得ている。
スミューダも、陞爵を何度も断りながら、王都のはずれで周囲の国に睨みを効かせている。
爵位以上の実力者、それがプラバトー家の矜持でもある。
「この鏡は、魔術を吸収した盾を、下賜されて作ったものだと言われているの」
ビオレスの言葉を思い出しながら、シャンテルは鏡をしまってベッドに入った。
夏至の頃の朝は早い。
小鳥の声でシャンテルは目覚めた。
隣のベッドのマルガリーナは、熟睡中である。
昨夜、邸に帰ってきてからも、マルガリーナはいつもより、赤い顔をしたままだった。
きっと今もまだ、楽しい夢をみているのだろう。
窓際のカーテンがふわりと翻る。
シャンテルが上体を起こすと、そこには見知らぬ人影があった。
窓は施錠してあるはずだが。
「……誰ですか」
頭からベールを被っているその人は、音もなくシャンテルに近づき、小箱を渡す。
「……失意のうちに転生した妃よ。今世を全うしたならば、会いたかった者に再び、巡り逢えるであろう」
シャンテルの過去生を、知っているのか。
「さよう。我はそなたに、医学と薬学の知識を授けた者なり。我に時間なく、居場所なく、生死とてなし」
医学と薬学!
脳裏に蘇る、道士としての研鑽の日々。
「あなたは、あなた様は、もしや『薬王』!」
ベールを被った人影は、煙のように消えた。
シャンテルの手元には、小箱が一つ。
蓋を開けると向かいあう、二羽の木彫りの小鳥があった。
部屋に朝日が射す。
すると。
木彫りの小鳥像は、羽に鮮やかな色を帯び、二羽とも動き出す。
シャンテルが窓を少しだけ開けると、二羽は互いに寄り添うように、空へと向かった。
ああ、あれも夏の夜。
『叶うならば、互いを支え合う、比翼の鳥になりたい』
隣にいた誰かに、言った記憶。
それもまた、泡沫の夢か。
この地で生まれたわたくしは、この地で生きていく。
マルガリーナ様やガドランシア様と一緒に。
「あなた様に教えていただいた薬学と医学の知識、ありがたく使わせていただいてますわ」
空に向かってシャンテルは呟く。
二話の鳥たちは、もう見えなくなっていた。
◇◇◇エピローグ◇◇◇
ガドランシアは、夏至祭で踊った相手のことが忘れられない。
時折ため息をつきながら、リケイロの実をつまむ。
冷ややかな婚約者のことなど、どうでも良くなっていた。
その婚約者ピクティスは、なぜだか最近、頻繁にプラバトー家を訪れる。
手土産もかかさず、尊大な態度も減った。
プラバトー家が王家から、格別の信頼を得ていることを知ったからかもしれない。
それ以上に、憂いを秘めたガドランシアの美貌に、魅入られたと噂されている。
ともあれ、二人の婚約は、ピクティスが十六歳の成人年齢を迎えてから、改めて結ぶということで折り合いがついたそうだ。
マルガリーナは夏至祭のあとも、シャンテルと一緒に邸を抜け出し、花畑を駆け回り、山羊の乳搾りを手伝ったりしている。
ルイコフからは、折々に手紙が届いている。
夏の終わりに開催される、ガーデンパーティーの招待状が先日届いた。
シャンテルは、今も薄ぼんやりとした顔のまま、草の根や果実を採取している。
季節が幾度か廻れば、シャンテルはマルガリーナと一緒に、学園に通う予定だ。
邸の一番高い木に、時々鮮やかな二羽の鳥が舞い降りる姿を、プラバトー家に住む者たちは、楽しみにしている。
了
『薬王』 唐代の仙人、孫思邈のこと。当時の有名な医学者、薬学者であった。
楊貴妃は、「道士」の研鑽もしており、当時の薬学辞典のような、神農本草経の内容を修得したと言われてもいるが真偽は定かでない。
※なお、作中ではマルガリーナやガドランシアの体質改善に、いくつかの薬草を使ったという記述をしていますが、薬草等の詳細は省きます。詳しく知りたいと思われる方は、後日活動報告をご覧いただければと思います。
企画主催の仙道様に、心より御礼申し上げます。
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