夏至祭の夜
登場人物のおさらい
スミューダ・プラバトー シャンテルの養父。伯爵。
ビオレス・プラバトー シャンテルの養母。
ドワーキ・プラバトー スミューダの嫡男。ガドランシアとマルガリーナの父。
ピクティス・ペディオ ガドランシアの婚約者。
夏至祭の三日ほど前に、シャンテルの養父母であるスミューダ・プラバトー伯と夫人のビオレスがやって来た。
しばらくは、ドワーキ邸に滞在すると言う。
「久しぶりですね、父上」
ドワーキがいつもより緊張した顔で、二人を迎えた。
スミューダ・プラバトーの政治力を良く分かっているがゆえである。
ガドランシアとマルガリーナは、揃って祖父母に挨拶した。
「まあまあ、二人とも綺麗になって!」
ビオレスは二人を連れて、客間を出る。
「お祖父様とお父様は、打ち合わせがあるのよ」
客間のドアの外で待っていたシャンテルも、ビオレスに誘われ、庭園へ向かった。
「はい、おみやげよ」
ビオレスからガドランシアとマルガリーナに、色違いのケープが手渡された。
「夏至祭も、夜になると冷えるからね。それとシア」
「はい、お祖母様」
「お化粧するなら、これを使いなさい」
ビオレスは小さな箱と、幅の広い刷毛を出す。
「塗るのではなく、軽く薄く肌に乗せるの。あなたのお肌なら、それだけで十分よ」
そしてマルガリーナには、光沢あるえんじ色のリボンを渡す。
「あなたの髪の色には、こういう色が合うのよ、リーナ」
姉妹は瞳を輝かせて、祖母を見つめた。
不自由のない生活をしているが、両親は無駄使いを好まない。
少女たちの、ちょっと背伸びしたい気持ちには、少々無頓着である。
かつて王国一の美女と言われた祖母は、今でも華やかである。
祖母からの姉妹への手土産は、いつも少女の心をわくわくさせるのだ。
「そして、シャンテル。勿論あなたにもあるわ」
シャンテルも姉妹に負けず劣らず、にっこり笑った。
◇◇◇
客間では、スミューダがドワーキに向かって、説教めいた話をしていた。
「そんなに……ガドランシアは婚約を嫌がっているのですか?」
汗をかきながら、ドワーキが訊く。
執務に追われ、家庭のことは、妻任せにしていたドワーキである。
「負担であったのだろうな。しばらく顔に吹き出物が出ていたそうだ」
スミューダが答える。
「ペディオ家といえば侯爵の中でも名門ですから、良い話かと受けてしまいましたが……」
「有体に言えば、名門という看板、それしかない家だな。内情は火の車。ペディオ家の現当主が欲しているのは、わたしが治めている領地であろう」
ドワーキは頭を落とす。
娘のために、高位貴族との縁談を、早くまとめたいと思っていた。
それが負担になっていたとは。
「まあペディオ程度との婚約なら、特に問題なく解消できるだろう。四の五の言うようなら、わたしが話をつけよう」
「いえ……ガドランシアの気持ちを確かめて、本当に嫌がっているのなら、父であるわたしがなんとかします」
ようやく顔を上げ、ドワーキは言った。
しかし。
不思議である。
王都の本邸から離れた場所に住んでいるのに、父スミューダは、なぜ孫のことまで詳しく知っているのだろう。
◇◇◇
その日の夜、シャンテルはこっそり、養父母の宿泊する部屋を訪れた。
大きく手を広げ迎えてくれる養父に、シャンテルは思いきり飛びつく。
「会いたかったです」
スミューダとビオレスは、シャンテルを抱きしめた。
「お前がガドランシアのことを、知らせてくれて良かったよ」
シャンテルはガドランシアの肌に現れる発疹が、所謂吹き出物というものであり、原因の一つが心身への過重負荷であることを知っていた。
食べ物や飲み物の調整で、ある程度の改善は可能であるが、根本的な負荷をなんとかしないかぎり完治は難しい。
ガドランシアの負荷が、婚約と婚約者の言動であることは推定できたけれど、家同士の契約である婚約をどうにかすることは、シャンテルには難しかった。
「養父様なら、なんとかできるのではと思いました」
ビオレスは頷きながら、シャンテルに言う。
「鏡、使っているのね」
「はい、養母様」
「それと、頼まれていた衣装、持ってきたけれど……本当にこれでいいの? あなたなら、もっと……」
「夏至祭は、その衣装で行きたいのです。あと、赤い鏡を使います」
その晩遅くまで、シャンテルは養父母と一緒に過ごした。
◇◇◇
夏至祭の当日になった。
王宮を中心に、王都の街は朝から人出が多い。
お昼を過ぎれば、物売りの声や駆けていく子どもたちの歓声が、あちこちから聞こえる。
「そろそろ準備をしましょう、リーナ様」
シャンテルはマルガリーナの髪を整え、ビオレスからプレゼントされたリボンを付ける。
今日のマルガリーナのドレスは、レバンナという花と同じ薄紫色で、裾さばきがしやすいタイプのものである。ガドランシアは、瞳と同じ碧色。デザインはマルガリーナ同じである。
日が暮れる頃。
王宮の広場には国王と王妃がお出ましになり、中央部に大きな篝火が焚かれる。
楽曲の演奏と同時に、ダンスが始まる。
ひとしきりダンスに興じた後、篝火の火を分けてもらって、蓮の葉に乗せ小川に流す。
夏至祭は、豊穣の女神プローシャへの、感謝の祭りである。
身分を問わず、蓮の葉は國民の祈りと願いを女神へと運ぶのだ。
プラバトー一家も、兄も含めて夕暮れ時に、王宮へと向かう。
スミューダ伯は、息子のドワーキを伴い国王へ挨拶に行く。
堂々としたスミューダの姿に、マルガリーナは目を見張る。
「ああ、お祖父様は、先王陛下の近衛騎士団長だったからね」
兄がマルガリーナに囁いた。
「まあ! お祖父様って凄い人だったのね、シャンティー……あら、シャンティー?」
王宮に着いた時は一緒だったはずのシャンテルが、マルガリーナの隣にいない。
キョロキョロするマルガリーナに、ガドランシアが言う。
「みっともないから、首を振らないの!」
「へえ、誰がみっともないって?」
マルガリーナの顔色が一瞬にして変わる。
聞きたくない声。特に今夜は会いたくない相手。
「みっともない女とは、ダンスは出来ないな」
顎を突き出すように喋りながら、ピクティスは大袈裟に手を横に振る。
そんな動作こそみっともないという自覚は、彼にはないのだ。
「夏至祭でダンス相手もいないなんて、お・か・わ・い・そうな令嬢だね」
さすがに温厚な兄ドリスも、気色ばむ。
ピクティスの家柄は分かっていても、妹が馬鹿にされたまま、引っ込みたくはない。
「おい!」
ピクティスに向かって声を上げた兄を、ガドランシアは止めた。
兄は王宮文官。こんなところで諍いを起こしてはいけない。
「お兄様、いいのです。わたくしは、可哀そうな令嬢なんかではないですから」
ドリスも内心の怒りを押さえ、呼吸を整えて頷いた。
その時。
甘い香りの風が吹く。
胸がざわつく風である。
乱れた髪を整えたガドランシアの目の前に、その人はいた。
すうっと。
手が差し出されている。
「踊っていただけますか、美しいお嬢様」
濡れたような黒い髪とサファイアブルーの瞳。
睫毛が影を落としている。
細く高い鼻梁だが、冷たさのない表情。
微笑を浮かべた唇は、もぎたての果実のように艶がある。
ゾクッとするほどの美少年が、そこにいた。
いきなり現れた美少年とは?
シャンテルは何処に?
次回、謎が明らかに!!
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