体の内側から変わる
草木などを手にしたシャンテルは、それを使って、何かするのでしょうか。
欲しかった物を手に入れたシャンテルは、その日からマルガリーナにいろいろな施術を行った。
過去生の知識が役立つとは思っていなかった。
シャンテルは以前の人生で、美貌を磨くための様々な方法を体得していたのだ。
その日、シャンテルはまず、マルガリーナを浴場に誘った。
浴槽には、ダフィの木の皮を煮出した湯が張ってある。
ダフィの木は独特な香りを持ち、虫を寄せ付けない。
そして、肌の痒みを止める薬効を持つ。
「ああ、温かいわ。なんだか、森の中にいるような香りね」
シャンテルが上気した顔で手足を伸ばす。
マルガリーナは、なるべく優しく、シャンテルの体を洗った。
ヤギを連れた老人から貰ったのは、ハチの巣の一部である。
それをお湯で柔らかくして、シャンテルはマルガリーナの頭髪に塗った。
「それ、なあに?」
「リーナ様の髪を、ツヤツヤにするものです」
シャンテルはマルガリーナの頭部を、蒸しタオルで包む。
「ホント? 嬉しい!」
マルガリーナの髪は一本一本が細く、髪の毛同士がよく絡む。
ブラッシングをしようにも、絡んだ髪が切れてしまうので、上辺しかできない。
結果、『蜘蛛の巣に覆われたような』髪になってしまうのだ。
いつもより時間をかけて、マルガリーナは入浴した。
蒸しタオルを外した髪は艶やかになり、髪同士が絡みあうことなく、自分の手でブラッシングできた。するすると、自分の指が髪を通りぬける感覚を、マルガリーナは初めて感じた。
体を温めると痒みが出やすいのだが、ダフィの木の効果なのか、浴槽から出ても、マルガリーナは痒みを感じなかった。
湯あみ後、マルガリーナの頬は、ほんのりと健康的な薄紅色になった。
「さっぱりしたら、お腹がすいたわ」
着替えが終わったマルガリーナは、両腕を伸ばして笑う。
シャンテルも、目を細めた。
「まずは、このお茶をお飲みくださいね。夕食のご用意をしてあります」
マルガリーナは、お茶をごくごく飲んだ。
◇◇
マルガリーナの皮膚に現れる症状は、『臓物の毒』によるものだとシャンテルは考えている。毒とは、その人の体に合わない食べ物全般を指す。
シャンテルが見ている限り、マルガリーナは食が細い。日常的な主食であるパンは、姉のガドランシアの半分程度しか食べていない。
プラバトー夫人は、虚弱なマルガリーナになんとか栄養を摂らせるために、わざわざ新鮮な牛の乳を取り寄せて飲ませていた。容器に残った白い液体は、ガドランシアが顔や手に塗っていた。
だが、シャンテルの見立てでは、牛の乳はマルガリーナに合っていない。
牛の乳を飲んだ後、マルガリーナの唇はぷっくりと赤く腫れるのだ。
「リーナ様、ちょっと手首を拝借しますね」
牛の乳の代わりになるものはないかと、シャンテルは探していた。
「あら、ええ、どうぞ」
手首を差し出すマルガリーナ。シャンテルは彼女の手首の内側に、一滴の液体を垂らす。
代わりになるかもしれない、裏庭で育っていた豆。
その実を砕いてすり潰し、布で濾す。
手首に垂らしたのは、豆から絞った液である。
垂らしたところが、赤くなるなら諦める。
皮膚を赤く変えるもの、それが臓物への毒となるものである。
幸い、豆の汁は、マルガリーナの皮膚に変化を起こさなかったので、それを食することが出来る。
「良かった! リーナ様、これなら食べても大丈夫です」
以後、マルガリーナは牛の乳の代わりに、豆の絞り汁を飲むようになる。
唇が腫れることはなくなったが、牛の乳と比べると、美味しいものではない。
体のためにと我慢しながら、豆の絞り汁を飲むマルガリーナのために、何かないかとシャンテルは考えた。
牛がダメでも、山羊ならどうかしら……
シャンテルは山羊を連れた老人にお願いし、時折山羊の乳を譲ってもらうことにした。
山羊の乳も、マルガリーナの手首に垂らして確かめた。
老人はこう言った。
「山羊の乳はそのまま飲むだけじゃなくって、固まりを作っておくといいぞ。パンや野菜と一緒に、食べることが出来るからね」
シャンテルは老人から、山羊の乳から固まりを作る方法を習った。
出来上がった真っ白な固まりは、薄く切った黒パンと一緒に食べると、思わず頬が緩む。
シャンテルは、プラバトー夫人やガドランシアにも、この食べ方を勧めた。
夫人は「珍しいものを作ったわね」と喜んだ。
ガドランシアは「臭い」といって、一口で止めた。
季節は春から初夏に向かう。
マルガリーナの食事は、血や肉を作る栄誉分が豊富になった。
すると、それまでさほど活動的ではなかったマルガリーナが、体を動かすことを厭わなくなる。
シャンテルは、体の柔軟性を高めるような動きをマルガリーナに伝授した。
食べて、動いて、湯浴みをする。
マルガリーナは毎日、熟睡出来るようになった。
その結果、マルガリーナは薄皮を剥ぐように、肌がきれいになっていった。
肌だけではない。
髪はしっとりとしなやかさを増し、頭頂部には光の輪が浮かぶようになった。
マルガリーナの笑顔が増えると、シャンテルも心が弾む。
もっと元気に。
もっともっと美しく。
誰かのために動き回ることは、自分の心も明るくすることを、シャンテルは実感していた。
肌の発疹が治まるようになり、夫人は喜んだ。
こっそりシャンテルに言った。
「あなたに、マルガリーナの手助けをしてもらって、良かったわ」
さらに、こんなことも。
「新しいドレスを作りましょうね、マルガリーナ。ああ、もちろんシャンテルも。夏至の日はあちこちで、お茶会やパーティがあるから」
肌を出さなければならない夏には、マルガリーナが外に出ることはなかった。
今年は、パーティにも行けるだろうか。
「シャンティーと一緒なら、行ってみたいです、お母様」
そんなマルガリーナを、ガドランシアは横目で見ながら通り過ぎた。
ガドランシアの額には、ポツンと赤い発疹があった。
次回、マルガリーナに出会いが!?
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