緑の風の中で
◇◇の部分に、仙道様の曲をお聞きになってくださいますと、一層情緒的と思います。
◇◇
シャンテルが、マルガリーナの発疹をなんとかしようと決意した翌日。
シャンテルはマルガリーナに日除けの帽子を被せてから、一緒に庭に出た。
プラバトー邸の門をくぐった来客がまず目を留めるのは、中央部の噴水である。噴水の周囲には放射状に花壇が広がり、季節折々の花が咲きみだれている。高い塀よりも更に高い木々が、邸を守るよう植えてある。
王宮ほどではないが、自然豊かな一大庭園である。
シャンテルはマルガリーナの手を引いて、大輪の白い花が咲いている花壇へと足を運ぶ。
そしてマルガリーナにささやく。
「この白いお花、引っこ抜いて、よろしいかしら?」
「えっ? (ひっこぬく?)ああ、どうかしら……」
マルガリーナは小首を傾げる。
庭師の使用人は周囲に見当たらない。
シャンテルはキラキラした目で、白い花、パイオンを見つめている。
一本くらいなら、大丈夫よね……
マルガリーナはシャンテルに小声で「いいわ」と言った。
シャンテルはにっこりと笑い、花の周りの土を丁寧に掘り起こす。
根が付いたままのパイオンの花を、そっと袋にしまって、シャンテルは告げる。
「次は、あの木のところへ行きましょう!」
シャンテルが指さす先に、ひときわ高い木が見える。
灰色の幹の先には、細長い緑の葉。葉の合間には、黄緑色のコロンとした花が咲いている。
ダフィの木だ。
王者の風格を持つ木と言われ、貴族が好んで庭に植えるものだ。
王者の木に、何か秘密でもあるのだろうか。
なんだかマルガリーナもわくわくしてきた。
シャンテルがやって来るまで、マルガリーナは自室から外に出ることはなかった。
兄も姉も、病弱そうで皮膚が荒れているマルガリーナと、一緒に遊んではくれなかったのだ。
「まさか、リーナ。あの木も引っこ抜くの?」
「うふふ。どうでしょう」
二人の少女は、互いにくすくすと笑いながら、庭園を走った。
◆◆
同時刻。
プラバトー邸の四阿で、マルガリーナの姉ガドランシアは、婚約したばかりのペディオ侯爵家の嫡男ピクティスとお茶を飲んでいた。
ピクティスはガドランシアより一歳年上で、夕陽色の髪と濃い蒼の瞳を持つ、端正な顔立ちの少年である。
彼の視線は、笑いながら走っていく少女たちを追っていた。
「あれは、誰? 侍女?」
唇をゆがめ、ピクティスは訊く。
侍女が貴族の邸の中を、笑いながら走るなんて、なんたることだ。
そんな表情だ。
「妹ですわ。ピクティス様。それと、おじい様の家から来た子。侍女といえば侍女かも」
「妹って、マルガリーナ?」
嘲るようなピクティスの声。
マルガリーナを「気持ち悪い」と断罪した時と、同じ音色だった。
ガドランシアが七歳になり、マルガリーナは五歳を迎えた頃、同年齢の貴族の子女を集めたガーデンパーティーが、王宮で開かれた。
第一王子の婚約披露と、第二王子の相手を見繕うパーティであった。
ガドランシアは、その時既にピクティスとの婚約が内定していた。
第二王子はマルガリーナと同い年であるので、一応挨拶にと出席したパーティだった。
万が一。
マルガリーナが第二王子に見染められでもしたら……
ガドランシアの心はざわついた。
生まれつき体が弱かったマルガリーナのことを、父も母も気にかけている。
そんな妹をずるいと思う。
もっとしっかりしてよ! そう言いたいガドランシアである。
マルガリーナの相手が、もしもガドランシアの婚約者よりも、位が高かったりしたら……
小石を投げた池の水面に波紋が広がるように、ガドランシアの心には、猜疑心と嫉妬の輪が次々と浮かんだ。
そして、あのガーデンパーティで、ピクティスがマルガリーナの顔面を侮蔑した。
ピクティスは、小さい円形がいくつも並んでいるのを嫌がる。
彼の「気持ち悪い」というセリフを引き出したのは、マルガリーナの密かな黒い行為だった。
◇◇
シャンテルとマルガリーナは、ダフィの木の根元に着いた。
二人とも、はあはあと息がきれている。
シャンテルは、ダフィの木の幹を両手でぺたぺたと触る。
「ダフィの神様。ほんの少しだけ、お与えください」
祈るように、木に語りかけたシャンテルは、針と糸を使って木の皮を剥いだ。
「ねえ、シャンティー。その皮、どうするの?」
「うふ。ひみつです」
ダフィの木の根元には光が射している。
木の背後にある塀の一部が崩れ、穴が開いていた。
穴は子どもの体なら、通れるような大きさだ。
シャンテルとマルガリーナは目を見合わせた。
無言で二人頷いて、穴から外へと抜け出した。
塀の外は、一面緑だった。
そこここに、紫の小さな花が咲いている。
遠くから、山羊の鳴き声がする。
シャンテルは耳元で羽音を聞いた。
ハチ?
ハチがいるのね!
シャンテルはマルガリーナの手を取って、草原を駆ける。
額に浮かぶ汗も、風が飛ばしていく。
邸内では感じられない、爽やかな空気だ。
マルガリーナの肌は、いつしか薄紅色に変わっていた。
走った先に、幾つかの木箱が並んでいた。その側には、山羊を連れた年配の男性が座っている。
「ごきげんよう!」
元気に挨拶するシャンテルに、お爺さんも片手を上げて答える。
「おじいさん、その箱ってひょっとして……」
「箱? ああ、ハチの巣箱だよ。この辺はアストラグラスが咲いているから、ハチが蜜を集めるのに、ちょうど良い場所でね」
シャンテルはにっこり笑う。
「ねえ、ほんの少しでいいから、蜜を貰えますか?」
お爺さんは、箱からひょいと白い塊を取る。
「これあげるよ。可愛いお嬢さんたち」
「ホント! 嬉しい!」
シャンテルとマルガリーナは、互いの手を叩いた。
シャンテルは取り出した布に、蜂の巣の欠片を包む。
これで、欲しかったものは、だいたい揃った。
「リーナ様。帰ってお風呂に入りましょう」
「ええ」
午後の日差しは、徐々に柔らかくなっていく。
風も先ほどより、やや冷たくなった。
来た道を辿って、二人は、プラバトー邸に戻った。
お読みくださいまして、ありがとうございます!
次話以降、シャンテルはさらに活躍いたします。
楊貴妃だった前世は、どこかで色濃く出てくるでしょうか。
誤字報告、いつも助かっております。
感想、評価、お待ちしてます。