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06.醒めない現実

 深く、暗い、冷たい場所。

 きっと今、自分はそんな場所にいる。


 手を伸ばそうにも、前提として体が動かない。

 溜息を吐きたい心境だったが、呼吸ひとつすら許されないのだ。




 パチリ




 不意に、瞼が持ち上がった。


 呼吸をひとつ。ゆっくりと胸を上下させれば、これが現実なのだと嫌でも思い知らされる。次いで重い溜息を吐き、上体を起こした。




 ───やはり、こうなるのね。




 だから、だから駄目だと言ったのに。一体何度失敗すれば気が済むのだ。労力を無駄にした。最悪だ。目覚めが最悪なのなんていつも通りではあるが。


 頭を抱え、再度長い溜息を吐くのは、淡い月色の髪の女性。俗に言うプラチナブロンドを肩から垂らしている。溜息と共に固く閉じた瞼を開けば、そこには冬を思わせる薄い灰紫色の瞳が存在した。普通であれば美しいと形容するに値するそれは、今はどんよりと淀み何も映さない。

 恐ろしい程の無表情。冷たさすら感じないようなそれは、人形より余程無機物めいて見える。



「……………。」



 頭を抱えていた両手を下ろし、見下ろす。最初に手を確認するのは、嫌なことに習慣になってしまったものだ。見慣れた大きさ、傷の位置。次に髪の長さを確認し、ある程度目星がついた所で、恐らく置いてあるであろう枕元のカレンダーを確認する。予想通り、そこには去年の終わりに購入した卓上カレンダーがあった。

 大陸歴526年。バツ印は(ゆう)の月13日まで付いている。秋に差し掛かった頃、まだ少し暑さの残る月。

 カレンダーの横にある小さな皮の手帳に手を伸ばし、一番最近書き込まれたページを開く。



「……………私は、フリィ。歳は24。現在地はカーネス王国、ポルマーレ。職業、衛兵。ポルマーレ衛兵隊第一部隊所属。役職、部隊長。配属先は南。直属の上司はロベルト、ノーマン、アンドレ。部下14人。内、副部隊長1人。何れも関係は良好。昨日は───」



 淡々と、ただ淡々と記載されている内容を読み上げ、確認する。今の自分が何者であるのか。

 無機質で抑揚の無い声が部屋内に響き続ける。そうして暫く経った頃、漸く手帳から視線を上げた女───フリィは、パタンと静かに手帳を閉じた。



「……………はァ……………何て忌々しい呪いなの。」



 ───私は呪われている。

 余りにもしつこく、悪質で、何の生産性もない、クソの役にも立たないような忌々しい呪い。


 その呪いとは、『死ぬと過去のどこかしらの時間に飛ばされる』という内容だ。


 死んでも生き返る、ではない。過去に飛ばされるのだ。死んだ瞬間から再スタートは出来ないし、更に嫌になるのが()()()()()()()()()()()()()

 ある時には死の一分程前に飛び、またある時は幼少期にまで戻ったことがある。余りのことに何の感情も湧かない程、振れ幅がそれは酷いものなのだ。これを呪いと呼ばずして何と呼ぼう。


 今の私は24歳だが、実際過ごした時間はそれを大幅に上回る。嫌になって何度か自殺したが、自殺した時の飛び方が思い出したくないほど尋常じゃなかった為、二度で諦めた。


 一時期、馬鹿かと思うほど頻繁に過去に飛んでいた時があった。その時は振れ幅も激しく、今の自分が一体何歳なのか、どんな職に就いて業務内容は何なのか、周囲の人間関係や関わる人間の名前は、などが全て混ざって混乱してしまった。

 その為、必ず大陸暦の入ったカレンダーを買い、寝る前にはバツ印を付け、手帳に今の自分の状態を書き込むようになった。手帳は自分に関する情報に更新がなければそのままで、日記だけ付けていた。

 不思議なことに、時間を飛んだ後、目覚めるのはいつも早朝だった。だから前日の夜にこれらを徹底していれば、最低限のことはわかるのだ。

 しかし、早朝だと季節によってはまだ暗い時間だったりする。なので闇に目を慣らす間、自分の手や髪の長さを確認する癖が出来た。手の大きさで大体の歳を把握できるし、その上で髪の長さでいつ頃なのかがわかるからだ。古い傷なども、時期の把握のヒントになる。定期的に消えない傷を作る為に自傷をしようかと思ったほどだ。


 そしてこれはもうひとつの呪いなのでは、と思っていることなのだが………死に方がいつも穏やかでないのだ。

 少なくとも老衰は出来たことがない。必ず事故か他殺だ。それも、中々にエグい方法で。これに関する例外が存在しないので、心底性格の悪い何者かが介入しているのではないかと疑っている。

 そう、例えば、所謂()だとか。

 劇に昇華したとすれば、悲劇に分類されるだろう。全く、冗談じゃない。


 さて。そんな私が記憶の限りで56回目の死を迎え、例に漏れず過去に飛んだ時のこと。私はまたもや死ねなかった絶望と諦念を抱えながら、改めてどうしたら呪いを消せるのか考えた。

 それまでは死を回避し続ければ呪いを退けられると考えていた。リセットされるなら、リセットの条件を満たさなければいいのだから。


 しかし、ふと思った。

 それはただの固定概念だったのでは?と。


 確信を持てないままでいた()()()()()()()()

 穏やかな死に方が出来ない。そういう呪い。


 いつも死を回避することにばかり気がいっていたが………ただの死の回避ではなく、()()()()()の回避が条件だとするならば。誰が見ても幸せな死であれば。呪いを回避出来る上に、私は晴れて現世からおさらばできるというわけだ。


 それに気が付いてからは、他の全てがどうでもよくなった。辛うじて残っていた()()()()()()も、全て。


 そんな私が定めた条件がこれだ。




 世界一美しく、何よりも素晴らしく、誰から見ても幸せな。そして私が心から納得出来る死に場所での『死』。




 一刻も早く死ぬ為に。私はその時から、条件を満たす死に場所を探す為だけに生き続けた。何度か失敗したが、それでもどうにかここまで来た。……………だというのに!!!



「ッ………今度こそ上手くいくと思ったのに………!!」



 ギリリと、表面が削れるほどに歯噛みする。悔しくて堪らない。今回はかなり順調だった。特に、呪い回避の死の定義を定めてからは一番良かった。なのに、あんなことになるなんて。

 ………しかし、まぁ。手帳で確認してみれば、最後の記憶から差程変わらない状況。そのことがせめてもの救いだ。



 港町ポルマーレ。

 大陸の北西に位置するカーネス王国。その南部の端にあり、他国との貿易の一端を担う港町。辺境の地にありながら、決して田舎とは呼ばせない。領主のマルセイ伯爵が治めるその地は、港町の中では比較的治安も良い。特色なのか、住民は皆気さくで明るく強かだ。

 有能な領主が治める、住民皆が幸せそうな治安の良い土地。しかも歳を重ねた人間が口を揃えて老後に行きたいと言う、所謂中央から離れた『田舎』に一応該当する。その上でインフラの整った活気溢れる町。

 景色は観光客が訪れるほどに美しく、何よりも海がある。ずっと内陸地に居た為、海があるだけで私の中の幸福度が上がりそうだ。全てがどうでも良くなっていても、感情が完全に消えたわけではないし、美しいものは美しいと思う。

 そんな町であるから、条件に見合う最適な地だと考えた。ここで良好な人間関係を築き、親しい人間に看取られ、多くに惜しまれ、来世での幸福を祈られながら死ぬのだ。素敵な教会で慎ましくも質の高い葬式を上げるための資金も、人間関係を構築しつつ稼いだ。正直、良好な人間関係を築くというのは苦手ではあったが、それは(何故か)いつの間にか親しくなっていた部下が補ってくれていた。全てが順調であった。そんな最中の、今回の死因になった事件だ。


 正直に言おう。めちゃくちゃ悔しい。絶対に大丈夫だと思い込み、気を抜いてしまった自分が恨めしい。それ以上に、またもや私の永久なる死を邪魔した呪いが憎い。


 イライラしながら、布団の下に物を引っ張り出す。幼い頃から一緒に過ごしてきた愛剣だ。まだこの剣を扱えない大きさの時から、こうして寝る時も肌身離さず持っている。それを握れば、幾分か落ち着くことが出来るのだ。

 小さく息を吐いたところで、寝台から降りる。靴も履かないままで、壁に掛けてある衛兵服の内ポケットに手を入れ、手探りで懐中時計を取り出した。盤面の部分を掴んで引っ張り出せば、続くようにずるりと長い鎖が出てくる。

 時計を確認すると、時刻は午前4時半を少し過ぎたところだった。時間はまだ、ありそうだ。



「───今回は焼死、か。それも目の前で幼子とその母親を助けられないままでの死。………回避出来たかもしれない筈のね。相変わらず性格の悪い。」



 ポルマーレが火に包まれたのは、今日から十日後。その日には必ずポルマーレに居なければいけないのは確実で、例の『魔法文字』もどうにかしなければならない。それに、警備関係の人間が皆殺しにされた件も。そちらに関してはあまりヒントがない。しいて言うならば、外傷であったことだろうか。傷の具合は見ていないので何とも言えない。こんなことなら、しっかり確認しておけば良かったが、後の祭りというやつだ。仕方ない。


 あの魔法文字が火事の原因であることはほぼ確定だ。ということは、火の手が上がった場所全てにあの魔法文字が刻んであるということになる。火の手は念入りな程に多数箇所から上がっていた。

 それに、あの裏の………恐らく魔石と思われる物。何か仕掛けがしてあったのだろう。私が壁を壊した裏から出てきて、しかも最初に各所で見た火の手よりも格段に強そうだった。仮に魔法文字に気が付いて破壊しても、次の一手でその命ごと口封じしてしまえば良いという魂胆だろう。全く、何から何まで念入りなものだ。最高に嫌になる。



「………まずは、散りばめられた魔法文字の早急な発見。不用意には触らず、魔術士による迅速な反魔力陣の展開、隔離。破壊は………方法の判明次第、順次進めていく………と、いったところかしら。」



 とにかく触れない近付かない。特に素人は絶対に駄目だ。一瞬で火だるまの完成になってしまう。

 最低でも二人一組で行動させ、必ず衛兵が一人はいる状態での捜査としよう。上に報告した後、今日中にペアの決定。明日の朝までには通達完了。かなり急ピッチだが、やるしかない。やらなければ同じことの繰り返しだ。


 まだ早朝と呼ばれる時間帯ではあるが、行動は迅速に、が私の行動方針である。何かしらの作戦でなるべく時間をかけろと言われない限り、早め早めの行動が吉だ。普通、時間は有限なのだから。


 水差しから桶に水を移し、顔を洗う。先程よりも脳が、目が冴える。

 サッと顔を拭い、寝巻きから衛兵服に着替える。ピシッと整えられた制服というのは、いつでも緊張感を持たせてくれる。

 髪をひとつに結わえ、最後に愛剣を腰のベルトに通して固定すれば、見慣れた姿となった。いつもの姿というのは自身の心を落ち着け、とても冷静になれるものだ。特に仕事服というのはそれが顕著であると思う。仕事だ、というスイッチが途端に入るのだから。


 懐中時計を内ポケットに仕舞い込んだ時には、カーテンの隙間から光が入り込んでいた。どうやら夜明けらしい。朝日というのはどうにも好きになれないのだが、仕方ない。

 宿舎の自室の扉を開け、静かに外へと出る。案の定、自分を焼き殺さんばかりに照らす朝陽の強い光に、思わず片手で顔を覆う。目を刺すような光に瞼を出来るだけ細く閉じながら、どうにか前方不注意とならないように歩き出した。



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