05.料理の秘訣は隠し味
港町、ポルマーレ。首都から馬車で約二週間。早馬を休まず飛ばしても一週間。そんな場所に位置する、それなりに栄える港町。
そんな町は、本日をもってして消えた。
トントンと軽い足取りで町中を歩いていけば、その様子が嫌でも目に入る。
焼け落ちた店や家は殆どが全焼。残った住民はその前で泣いていたり、怒鳴っていたり、茫然自失としていたり。
いつもならある声掛けも、何も無い。焼き立てのパンの代わりに、様々な物が燃えた臭いが充満するいつもの道。ちょっとだけ変な感じがする。
さてと。少し面倒だけど、確認はしなきゃね。
ゴミ置き場と化している路地裏、木箱が積み上げられた店の裏。風が冷たくなってきたこの時期、用意のいい家や店の薪置き場。
港町は海が近いせいで乾燥した場所は少いけれど、それでも全部が全部湿気ているわけではない。というかそんな湿った町、嫌でしょ。
「よし、よし、ここもよーし。」
順に回っていき、状況確認をする。仕掛けが発動したのはここまでで五箇所。案外少なかったなぁ、なんて思いながら次の場所に向かう。やっぱりもっと脆い場所の方が良かったかな。
「ん?あれ?」
次の場所を確認して首を傾げる。そこには、明らかに人為的に壊された残骸が転がっていた。ここはほぼ壊れないだろうなと思いつつ、一応仕掛けた場所だ。余程のことがなければ壁なんて壊れないだろうし。
「おかしいなぁ。偶然居たのかな。」
特殊なインクで書かれたそれは、特定の条件をクリアした人間じゃないと視認できないものだ。その条件に合う人間が偶然居合わせた、ということだろうか。まぁ、ここじゃ色んな人間が入ってくるし、そんな偶然も有り得るか。
それに、周囲に知らせる事も出来なかったみたいだしね。
目を向けるのは、地面に転がる複数の黒い塊。こうなってるということは、仕掛けに気付かず避けられず、まんまと丸焦げになってしまったんだろう。せめて苦しまずに逝けてればいいんだけど、まぁ、無理かな。
「ご冥福をお祈りします。」
両手を組みながら、その様に祈る。天国に行けてたらいいなぁ、と思いながら。
その後も残りを確認したが、やはり人為的に壊されているのはあの場所だけだった。結構頑張ったし、もっと発動してくれても良かったのにと思う。
あの仕掛けは、魔法文字を刻んだ裏に仕込んだものだ。全てに仕掛けてある。
裏には火の魔石を埋め込んであり、表の魔法文字が破壊されたら発動する仕組みになってる。裏に条件起動用の魔法文字を刻んで、それと連動している。ちょっぴり複雑で苦労した。誰か俺の頑張りを褒めて欲しい。
「フフッ、隊長だったら褒めてくれるかな〜。」
仕事に真面目で忠実で堅物。そんな関わりにくい直属の上司にを脳裏に思い描きながら、次の瞬間には思いっきり怒られる図しか出てこなくて苦笑いする。あの人はポルマーレが好きだから、きっとすごく怒るんだろう。もしかしたら殺されるかもしれない。けど、事情を話さずに魔法文字のことだけ話したら褒めてくれるかもしれない。不器用だけど、変なところで面倒みが良くて、何気に部下想いのいい人だから。
「そういえば隊長、どこ行ったんだろ?絶対途中で会うと思ったんだけどなぁ。」
折角デートしてたのに、ポルマーレのこと聞いたら人の話なんて聞かずに飛び出していくんだから。いつもは煩いって言う俺の声も、なーんにも届かなかった。
ま、時間稼ぎにはなったでしょ。
「あ、あんた」
「ん?」
振り向けば、顔馴染みのおばちゃんが居た。煤で汚れちゃってるけど、いつもの服装だ。今日も朝から店の準備をしてたんだろう。飲食店は休日こそ稼ぎ時だしね。
「ソル、あんた、今までどこ行ってたんだい!?」
「…ちょっと、隣町まで。」
「あんたが居ない間に町がこんなになっちまって…!!」
うんうん、知ってる。やったの俺だしね。心配そうに見てくるこの人を見てると、良い人だなぁと思う。この町の人達は、みんなあったかい。
「うん、僕、何も出来なくて……。っ、おばちゃんは、大丈夫だった……?」
「あたしは平気だけど、店や皆がっ……!それに、今さっき聞いたんだが、その………自警団や、衛兵が………全滅したって……。」
バツが悪そうに教えてくれるおばちゃんは、次第に目を逸らす。気を使ってくれてるのかな。ありがとう、でも、大丈夫だよ。
それもやったの俺だし。
「そんなっ……!!全滅って!?何で!?だって、皆強くて、そんな簡単に殺られる筈が……!!」
「気持ちはわかるが落ち着きな!!」
おばちゃんの喝で我に返る。───フリをする。
「あっ……僕、その」
「何も全員が全員死んだわけじゃない。死んだのは、出勤してた人達だけさ。………まぁ、生き残りも殆ど救助活動の時に焼け死んじまったけどさ……。」
「………。」
やっぱそうなんだ。正義感のある良い人ばっかだったもんね。今、生き残りってどれくらい居るんだろ。
「ごめんね、おばちゃん…。」
「あんたが謝ることないさ。生きてくれただけでも幸いだよ。これからの復興には、人手はいくらあっても困らないからね。」
うーん、復興。出来るかなぁ。めちゃくちゃにぶっ壊れちゃったし、更地にして作り直した方が早いんじゃないかな。
「うん…僕」
「フリィさんでさえ死んじまったんだ。あの人はきっと大丈夫だと思」
「は?」
ガシッ、と。話途中のおばちゃんの両肩を掴む。ギリリと手が肩に食い込み、おばちゃんが呻き声を漏らす。けど、そんなのどうでもいい。
「隊長が死んだってどういうこと?」
「っ、痛…!急に何だい…!?」
「いいから。嘘だよね?」
「嘘じゃ、ないっ……気になるんなら教会に行ってみな…!そこの人らがフリィさんの遺品を回収したって聞いたよ!」
睨み付けてくるおばちゃんから手を離し、教会に走る。この町に教会はひとつしかない。
嘘だ。あの人が死んだなんて。
タダじゃ死なないような性格してるくせに。殺しても死なないような雰囲気してるくせに。それが出来る実力があるくせに。死ぬわけない。
半ば転がり込むようにして教会のドアを乱暴に開ける。驚いたようにこちらを見るシスターに詰め寄って、事の真相を問いただす。
「隊長の、フリィさんの遺品を預かっていると聞きました。だけどあの人が死ぬわけない。そうですよね?」
「そ、ソル、さん…?急にどうしたんですか…?いつもと雰囲気が……」
「あの人はどこですか?答えてください。」
「いえ、あの、少し落ち着いて」
「隊長の落し物を預かってるだけですよね。なら僕が回収して彼女に渡します。返してください。」
「し、司祭様!」
シスターがそう叫ぶと、声を聞いたのであろう司祭が間に割って入る。
「ソルさん、おやめなさい。どうしたというのですか。」
「フリィさんの物を回収しに来ました。それから、彼女が今どこにいるのかも。」
「………成程。貴方はフリィさんのことを、大層慕っておいでの様子でしたね。遺品はこちらでお預かりしております。貴方ならば、お渡ししても大丈夫でしょう。」
「遺品じゃありません。」
「………ご案内します。」
どいつもこいつも口を揃えて死んだだの遺品だの。ふざけんな。そんなわけないだろ。
「こちらの二点が、フリィさんの持ち物になります。どうぞ。」
「!!!」
司祭が渡してきたのは、時折隊長が見ていた高そうな懐中時計。それから───白銀に輝く、刺突剣だった。
間違いない。あの人と出会ってから片時も手放したのを見たことがない、あの人の愛剣。
あの人がこんな所に置いていく筈がない物。
忘れるなんて絶対に有り得ない物。
だから、理解した。理解してしまった。
あの人は、本当に死んだんだ。
「……………貴方だけは死んでほしくなかったから、遠ざけたのに………時間稼ぎも、全部、無駄だったのか。」
「?……すみません、よく聞こえなくて……。……ソルさん?どちらに?」
司祭の言葉を無視し、礼拝堂へと向かう。
腰のベルトでは、新調したばかりの剣と、美しく輝く白銀の剣がぶつかってガチャガチャと音を立てる。
礼拝堂に着き、神の姿をした白い石像に向かって片膝を付き、両手を組む。その姿は、敬虔な信徒以外の何者でもない。
「神よ、我らの神よ。聞いておられますか。」
救いを求めて神に祈る。
どうか僕の言葉を聞いてください。
「大切な人が、僕のせいで死んでしまいました。神よ、僕は罪深い人間です。」
出来ることなら生きていてほしかった。復興の為に町中を走り回る貴女の隣で一緒に走りたかったし、仕事で疲れた貴女にお菓子を差し入れたかった。
「神よ。けれど、僕は、」
だけど神様、僕は
「貴方の言葉に従っただけなのです。」
貴方の言葉はいつでも正しいから。それに従ったまでです。
だって僕は貴方に仕える、神の遣いなのですから。
僕を救ってくださった神様。
神様はいつだって正しい。
神様だけが僕を導いてくださる。
神様が望むのであれば、僕は何だってします。
ただ、ひたすらに祈る。真摯に祈り続ける。僕の唯一の神様に。
今も尚、頭に響き続ける神の声に、いつか命令以外の言葉も返してくれると信じて。
ここまでがプロローグ