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04.仕上げのフランベは火魔法で

 気が付けば駆け出していた。


 後ろから呼び止める声が聞こえる。しかし関係ない。

 息が上がり苦しくなるのも、色々な障害物に当たり怪我を負うのも、全て無視して足を動かし続ける。目的地までの最短ルートを辿る。早く。早く、早く速く速く早く早く。早くもっと速く。途中で繋がれていた馬を拝借し、飛び乗って町までの道を駆ける。


 ああ、クソッ!!何でこんなに遅いんだ!!


 内心悪態をつきながら、それでも動かす腕は、足は止めない。絶対に自分の足よりは速いというのに、それでも(のろ)く感じてしまう。


 サフランの町を抜け、町を繋ぐ道を駆け、もう日常の一部になってしまった海が視界に入る頃。漸く着いたかと舌打ちをするが、




 町の様子が目に入った瞬間、その動き全てが止まった。




 青が自慢の、港町。

 青い空、青い海。それを意識してか、青い外装の店も多く立ち並ぶ愛すべき青い町。

 だというのに、今、眼前に広がるのは。


 赤、赤、赤。一面の赤だった。燃え上がる炎は全てを飲み込まんと広がり続ける。飲み込めば飲み込むほど威力を増すとは、何という悪夢か。


 馬だけが走り続ける中、止まってしまった全身の細胞に命令をする。

 動け。動かねば何にもならない。手に力を込め、足を踏ん張り、頭を無理にでも働かせろ。そうしなければ、少しも手を伸ばせなかった無能のまま全てを失うことになる。

 私は走った。馬を駆って、赤に染まる町に頭から突っ込んだ。


 そうして確認した町の現状は、まさに地獄絵図だった。


「頼むからどいてくれ!」

「あああああああ!!!熱い!!熱い!!!熱い!!!!!」

「ダメだ逃げろ!!諦めるんだ!!」

「うわあぁあぁんっ、ママぁーーー!!」

「あ、ああ、ウチの店が、そんな、そんな」

「火の回りが早過ぎる!!衛兵隊は何してんだ!?」


 そこら中から聞こえてくる阿鼻叫喚。逃げ惑う人々で溢れる大通り。

 焼け落ちる店。必死に消火活動をする住民。火の手に呑まれ、火だるまになって転げ回る人間。消え行く断末魔。残され泣き叫ぶ子供。上がり続ける火柱。止まらない燃焼。どこまで広がったのかもわからない火の手。


 もはや、すべき行動を考える時間は一瞬たりとも残されていなかった。とっくにタイムオーバーだったのだ。




「ああああああッッッ!!!クソッタレ!!!!!」




 動かぬ己を叱咤する為、腹から叫ぶ。単語だけの悪態をつく。そうして眼前の大惨事を睨めば、もう動けぬこともない。

 判断に時間は掛けられない。瞬時に完璧に正確に、ほんの僅かな間違いも許されない。間違えれば人が死ぬ。簡単に死ぬ。ここはもう、そういう場になってしまった。


 瞬時に手元で水属性の魔力を練り、近くの地面に転がる火だるまに向かって、人ひとり包める程度の水の塊を落とす。これで一旦死なない筈だ。

 町を走り抜けながら、目に付いた火だるまに片っ端から水を落としていく。そうして粗方消火した所で、衛兵や自警団が駐屯する支部のひとつが見えてきた。この方角であれば東支部か。そう言えば町民が衛兵が来ないと叫んでいたが、一体何をやっているのだ。まさか連携が取れずにもたついているなんてことはないだろうな。


 東支部に向かって一層足を速める。支部はそれぞれ見張り台の役目も兼ねている為、塔になっているのだ。それを見て思い付いた。これならば、きっと何とかなる筈だ。さぁ、後少し。もう目の前まで来て───


「!!、っな………」


 ───叱咤しようとしていた。所属は違えど、私とて衛兵隊の部隊長を担う立場。緊急時に対応出来ぬ無能など居ても意味が無いのだ、と。そう叱咤し、すぐに人員を動かす()()()()


 今目の前にあるのは、凡そ一人分ではないだろうと思われる───大量の、血痕。


 少し視線をズラせば、ドス黒い赤に塗れて倒れる人間が、いくらでも転がっていた。その全てがピクリとも動かない。


 全滅。


 その二文字が頭を埋め尽くそうとする。

 東支部は壊滅状態。これでは他の支部も……。いや、まだ中に生き残りが居るかもしれない。襲撃されているのであれば、早く手を貸さなければ。

 足を動かし、塔の階段を駆け上がる。自警団や衛兵の死体を横目に、少しでも人の気配や争う声が聞こえたら駆け付けようと意識を集中させながら。しかし、どこにもそんなものは無かった。何を聞くわけでもなく、何が起こるわけでもなく、誰にも何にも邪魔されずに最上階に着いてしまった。


 高所から見る町は、その被害の大きさがよく確認できた。青い空は煙で塞がれ、青い海には自身の火を消そうと飛び込む人々がちらほら見える。白い雲の代わりに黒煙が立ち込め、鳥なんてとっくに逃げたか逃げ遅れ焼き殺された。

 しかし、嘆くのは後でいい。今はやるべきことがある。




「───《(きた)れ、(きた)れ、水の精》」




 そう、静かに告げる。人の声や炎の音に消されてしまいそうな声量で。



「《水を司りし海の守り手よ》」



 私の周囲に、膜のように水の気が張る。その影響で、火の粉や熱気に晒されていた肌がほんのり涼しくなる。



「《汝の涙は癒しの雨》」



 一言も途切れさせず、紡いでいく。

 黒煙で塞がる天に、煙とは違う黒が立ち込める。今にも抑えきれずに落としそうだ。そう思った瞬間、ポツリと頬に雫が落ちる。途端に、それは天井一面から降り注いだ。



「《汝のその手は全てを癒す》」



 水属性の魔力が、私を媒介にして癒しの魔法へと変わり、町中に広がっていく。これで少しはマシになる筈だ。なってもらわないと困る。


「雨…!?雨だ…!天からの贈り物だ!」

「神は俺達の味方をしている!これに乗じて一気に火を消すんだ!」


 その様な声が聞こえ始める中、暫く佇んでいれば、雨によって火の手を粗方打ち消すことができたらしい。黒煙は未だにそこらで上がっているし、炎の勢いが強かった場所は燃え続けているけれど。そういう場所は最初から雨程度で消せるとは思っていない。

 大体の場所は把握した。消火出来ていない場所には直接水魔法を叩き込んだ方が早い。

 それから、他の支部。………予想通りでなければいいのだが、無理な話だろうか。せめて中央本部だけでも生きていればいいのだが。

 火を消しながら最初に向かったのは南支部。やはり自分の配属先は気になる。どうか無事であれと走って行けば、やがて見慣れた南支部の門が見えた。普段であれば休日でも警備の人間が一人は立つ門前には、人の代わりに死体がもたれかかっていた。昨日挨拶を交わしたばかりの、気さくな自警団の男だった。


「っ……。」


 ぎりりと歯を食いしばり、南支部内に突入する。そこらに横たわる者は皆、物言わぬ死体になっていた。地面に、床に、受付に、階段に。訓練場はここから見えないが、同じ様な状態だろう。

 衛兵隊に所属してからほぼ毎日顔を出していた場所だ。当然、殆どが顔馴染みだった。いつも受付に立っていた担当員、指導したことのある自警団の者、毎日のように挨拶を交わす同僚、第一部隊所属の部下達、何故だか私に特によく挨拶や差し入れを渡してくる女性職員まで。全員が全員血に塗れ、虚ろな目で事切れていたり、体の一部が欠損していた。

 惨劇、と呼ぶに相応しい有様だ。

 もはや何かを思う気力すら失せ、南支部を後にした。


 その後全ての拠点を確認したが、どこも似たようなもので生存者はゼロだった。いっそ、清々しいほどに全滅である。


「………。」


 重い足取りで町中を進む。消火活動は落ち着いたとはいえ、救助活動はまだまだ継続中だった。助けを求める悲鳴の代わりに、大切な者や物を失った人々の叫びが聞こえる。しかし、嗚呼、私には何も出来ない。

 理想の場所だったポルマーレは、今や悲劇やら惨劇やらの舞台へと変わってしまった。私の計画が全てパァだ。本当に全てが、だ。

 町は焼け落ち、人々の悲しむ声で溢れかえり、交流のある同僚に限らず皆死に、部下も死んだ。私に残されているのは真面目に働いて得た少しの金銭と───部下?いや、待て、そうだ。居るじゃないか、一人だけ。思わず飛び出してきてしまったが、隣町に置いてきた、たった一人残った部下が。あいつはどうなった?少なくともポルマーレに戻ってきてからは見かけていない。いくら大騒ぎだった町中とはいえ、あの煩い程によく通る声が聞こえぬわけがない。ならば、まだサフランに居るのか。

 しかし、何故?彼ならポルマーレで同じ様に消火活動に励みそうなものだというのに。


 そこまで考えて、とにかくソルを探そうという結論に至った。道中、救助活動を手伝いながら、ソルを見かけなかったかを尋ねたが答えは「否」だった。


「……………どこに、行ったのかしら。」


 やはりまだサフランに居るのだろうか。もしかしたら、サフランに救助要請をしていたのかもしれない。それで遅れたのだとしたら納得出来る。ならば一旦救助活動が落ち着いたらサフランに戻ろう。あの時知らせてくれたファブロならば、一緒に置いてきてしまったソルのこともきっと知って───


「お、おねえさん…。」


 ───と、次取るべき行動を頭の中で整理していると、弱々しい声が耳に届いた。立ち止まって声の方向に振り向けば、まだ幼い女児が泣きそうな目でこちらを見ていた。


「私に何か用かしら、お嬢さん。」

「あ、のっ…!…あ……ぅ……。」

「………ゆっくりでいいわ。どうしたの?」


 何かを伝えようとして言い淀む女児に、屈んで視線を合わせつつ言葉を待つ。すると女児は一度唇をギュッと絞り、決心したように言った。


「きゅ、きゅうに、お店のうらで、火が、出て………。お、おかあさんが、にげろって、いって…!っでも、おかあさん、まだ、なか……!わたし、わたしだけ、わたしだけ、わたしっ……」

「すぐ行くわ。この中ね?」

「ッうん……!ぅ、ううぅっ……!」

「いい子ね。よく言えたわ、上出来よ。下手な新兵よりも状況説明が出来るかもしれないわね。」


 ぽん、と軽く手を置くようにして女児の頭を撫でる。女児は「じょうきょ…?」とキョトンとしているが、涙は止まったみたいなので良しとしよう。


「ここで待っていられるかしら。もし大人が来たら、中の衛兵を待ってると伝えられる?」

「なかの、えいへい、まってる。」

「賢いわね。将来有望だわ。」


 最後にそう伝えると、すぐに母親の探索に向かう。正直、ほぼ希望は無いだろう。それでも、せめて炭化してなければいいと願いながら。出来ることなら、多少火傷してるだけの遺体であれと願いながら、母親の遺体捜索に勤しむ。

 どうやらここは、日用品を売る雑貨店だったらしい。よくある店と家が続いているタイプの作りで、私が入った場所は店先だった。床には商品が転がっており、確認できる殆どが熱で溶けていた。他は焼けて炭か灰にでもなったのだろう。燃えカスだけが辺りに散乱していた。

 店だった場所を一通り探したが、成人女性程度の大きさの何かは見つからなかった。これは店の奥、住居内に居るか、可能性は低いが外に逃げたかのどちらかだろう。奥の扉は歪みで開かなかった為、失礼ながら蹴破らせていただいた。

 扉は家の中へ続いており、目の前は廊下だった。店側がかなり火の手が回っていそうなのに対し、住居の方はそうでも無いようだ。これならば亡くなっていたとしても、余程火の強い場所に居なければ炭にはなっていないだろう。

 一応声を掛けながら捜索したが、返事は聞こえぬまま最後のひとつと思わしき部屋に着いてしまった。ここに居なければ外だろう。そう考えながら、ドアノブを捻る。ここは差程歪んで居なかったようで、少々開けづらいながらも普通に開くことが出来た。


「!」


 ドアを開ければ、部屋の壁沿いに倒れる女性が居た。力の抜け具合からして、恐らく意識は無い。早足に近付き、脈の確認をする。すると、僅かではあるが、首筋に当てた指先に動きを感じた。口元へやった手にも弱々しく息がかかる。奇跡的に生きていたようだ。何という強運の持ち主。あやかりたいものだ。


「失礼します。」


 いくら火事の被害が少ない場所とはいえ、何が原因で崩れるかわからない。動かすのも少々躊躇われるが、下敷きになるよりはいいだろう。

 なるべく揺らさないよう丁重に抱え上げ、元来た道を戻っていく。漸く外に出た時には、全身が煤だらけになっていた。


「おかあさん!!」


 駆け寄ってきたのは、先程の女児だ。いい子で待っていたらしい。周囲に大人が待機していないのを見ると、一人で待ち続けていたのか。


「おかあさん、おかあさんっ……!」

「ああ、駄目よ。揺らさず、手だけ握ってあげて。」

「あ……ご、ごめんなさい…。」

「そんなに落ち込まなくても、手を握るくらいなら大丈夫だから。ね。」

「うん…!」


 キュッ、と。控えめに小さな両手で、母親の手を握る。そうして女児は「おねえさん、ありがとう…。」と礼を言う。礼を言ったことで一段落ついたからなのか、握る母親の手がまだ温かいことにか、女児はそこで堪えていたものが決壊した。ボロボロと大粒の涙を零す姿に、さぞ辛かっただろうと思う。きっとこの出来事はトラウマになる。けれど、どうか負の記憶ではなく、母の生存という奇跡に目を向けて強く生きてほしい。


 それはそれとして、だ。


「お嬢ちゃん、ちょっといい?」

「?な、に?」


 少々酷だと知りながらも、確認しなければならないことがある。


「最初に会った時、『急にお店の裏で火が出て』って言ってたわよね?それって本当なのかしら。」


 彼女は確かに言っていた。急に火が出たのだと。だとすれば、出火元がここの可能性がある。しかし店の裏というのが気になる。火の元とは離れているであろう場所から突然出火など、有り得ない。それこそ()()()()()()でなければ。


「う、うん。ほんとだよ。」

「その時のこと、説明できる?」

「えっと………」


 まだ心の傷も癒えない内に辛い記憶を思い出させるのは申し訳ないが、これだけは確認せねば。人の記憶などすぐに薄れてしまう。幼子であれば特に。


「………お店のうらに、ごみを出そうとおもって。それで、うらぐちのドアをあけたら、きゅうに、火が出て。びっくりして、おかあさんに、いったら、水をかけなきゃって。あなたは、にげなさい、って。でも、にげようとしたら、ふつうの入口も、火が出てて、にげれなくて。それで、おかあさんが、わたしだけ、まどから出して。でも、おかあさんはだめで、だからわたしだけ、ひとりで………」


「ありがとう、もういいわ。よく話してくれたわね。やっぱり将来有望ね。」


 手に力を込めながらも、当時の辛い記憶を話す女児の勇気に拍手を送りたいが、残念ながら母親を抱えているので今は出来ない。早いところ救助拠点となっていそうな場所に連れていきたいが………その主軸となる筈の職員はもう居ない。普段平和なこの町に暮らす一般人が、迅速な対応が出来ているとも思えない。


「………お母さんを寝かせられそうな場所に連れて行くわ。貴方も行くでしょう?」

「!うん!」


 教会か診療所が全焼していなければ、多少怪我人の避難所と化していることだろう。そう考え、母娘を連れてその場を離れようとした時だ。


「あ、おねえさん、あれ。」

「?…どうしたの?」


 突然、女児が私の服の裾を引っ張り制止する。何事かと目を向ければ、女児は短い指をある一点へと向けていた。


「なんかある。」


 そう言うと、女児はその方へ走って行く。将来有望でも、やはりこういう所は幼子だなと思う。仕方なく着いて行くと、そこには確かに()()があった。


「これは………魔法文字?」


 魔法文字。その名の通り、魔法を使う際に使用することもある文字だ。日常生活では使わない、魔法を使う為だけに開発された文字。組み合わせによって効果を発揮するそれは、ペン先で組み立てられる調合と言えるだろう。

 それが青いインクで外壁に書かれていた。煤で汚れてはいるが、一応認識はできる。私も見たことがある程度で学んだわけではないので、何を意味しているのかはわからない。しかし、この場所であの証言で魔法文字。完全に嫌な予感が的中していそうだ。一旦壊して離れるのが吉だろう。第二波が起きては、たまったものではない。


「離れて。」


 女児にそう告げると、壁の魔法文字を剣で出来る限り細かく傷付けていく。魔法で壁を壊せば一発なのだが、消火活動で魔力を全て使い切ってしまった。

 さて、そうして傷付けた壁を思い切り蹴れば、二度目の蹴りでガラガラと崩れた。これでこの場所は一安心だろう。


「さぁ、行きましょう。」


「わぁ。こわれたとこから、またなんか出てきたよ。」


 ボッ、と。




「ッッッッッ!!!!!ッッあァああアァあァアぁ!!!!!」




「なっ…!!?」


 それまでそこに立っていた女児が、今は燃え盛る炎の中で悶え、叫び、苦しんでいた。何だ、一体何が起こったというのだ。確かに壊した筈なのに、どうして。

 発火した方向を見れば、壊した壁の後ろ。隠れるようにして、炎の光を受けてキラキラと輝く何かが見えた。


「あづいいぃいあづいあづいあづいいぃいいい!!!!!!!あああああああああ!!!!!」


「ッッ《(きた)れ、(きた)れ、水の精》!!」


 今はとにかく女児の救出だ。原因なんて後でいい。


 しかしそこで気付く。


 自分は何故、わざわざ魔法を使わずに剣で魔法文字を壊したのか。


「ッ魔力切れ…!!」


 その間にも、女児は助けを求めて叫ぶ。こちらに手を伸ばす。その手を咄嗟に掴み、とにかく火の元から遠ざけようとした。火は何も肌に引火しているわけではない。服を脱がせ、髪を切れば多少は


 ボッッッ


「ッな、ん」


 炎に包まれるのは一瞬だった。

 意識してない箇所からの発火に反応が遅れた。先程よりも強い火に、熱に、思考能力が、判断力が奪われる。質素な服に引火して一瞬にして身体中に火が回り、髪や顔の毛に引火する。ここまで火だるまの消火をしてきたが、自分が火だるま側になるとは思わなかった。

 目の前にはぐったりと動かなくなった女児。死んでしまったのだろうか。もっと気を付けていれば良かったのに。私のミスだ。


 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。

 もうこんなのごめんだと思っていたのに。


 ここでタイミング悪く、魔力切れにも関わらず魔法を使おうとした代償が私を襲った。強烈な倦怠感と共に手足が動かなくなる。大して働いていなかった脳が、痛みにすら勝てず眠ろうとする。何故だ。痛みは眠気に勝てる唯一の薬だと座学でも実践でも習い、さらには経験則でもそうだと思っていたのに。これが代償の重みなのか。


 ああ、クソ。横に転がしてしまった母親もきっと死ぬ。母親の目の前で娘を焼き殺し、娘の死体の前で母親を焼き殺してしまうのか、私は。ついでに私も死ぬのか。


 駄目だ、こんな死は。私が思い描いていた死は、素敵で、理想的で、心から納得出来る、そんな───






 ───そこまで考え、私の意識は完全にブラックアウトした。

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