03.休息日にはワインを入れて
週に一度の休日。ポルマーレの時計塔前。質素な私服に身を包み、腰には服装と不釣り合いな上等な剣を装備している。しかしこれくらいで丁度いい。
周囲には休日を楽しまんとする人々が待ち合わせていたり、立ち話をしている。私もその中の一人なのだと考えると、何とも言えない気持ちになる。
「隊長〜!」
やっと来たか、と。声のする方へ振り向けば、まだ大分遠い所に居た。先日思ったのだが、戦場での伝達係には丁度いい声かもしれない。敵兵にも情報が筒抜けになる為、それでも大丈夫な情報しか預けられないが。
「いやー、早いですね。お待たせしちゃいました?」
「言う程、待っていないわ。気遣いは良いから行きましょう。」
「わわ、待ってくださいよ。」
「置いてかないでくださーい!」と後ろから聞こえるが、別に置いていっているわけではない。今日は私の好きなレストランに行くという話なのだから、私が先導しなければ目的地に辿り着けない。
道中に普段通りの会話をしていれば、すぐに目的地に到着した。港から近い場所にあり、主に海鮮を扱うレストランだ。最近出来たのだが、手の出しやすい値段且つ中々味もいい。週一で通う程度には気に入っている。
中へ入れば愛想の良いウェイトレスがすぐに気付き、こちらへ向かう。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
「ええ。」
「かしこまりました。それではこちらのお席へどうぞ。」
案内されたのは窓際の席だった。日が直接差さないように日除けが窓の外に設置されているが、決して暗くはない。むしろ明るい方だろう。店内自体、明るくなるような構造にはなっているのだが。
「うわ〜、随分とお洒落な店内ですね。」
「そうね。良いセンスをしていると思うわ。」
「料理も美味しそうですし、楽しみです。」
キョロキョロと周囲を見回しながら、ソルはメニュー表をこちらに手渡す。ウェイトレスが去る時に置いていったメニュー表だ。
「あ、店長のオススメとかあるんですね。『エビのクリームスープ』ですって。食べたことあります?」
「そうね、一度。それなりに美味しかった記憶があるわ。」
「へー。あ、パエリアとかあるんですね。けど…大人数用?そんな大きいんですか?」
「この前、家族連れが頼んでいるのを見たけれど、少なくとも二人分ではなかったわ。あれは四、五人を想定しているわね。」
「そんなもんなんですね。それくらいならいけるかな〜。」
「貴方のような人ならまだしも、普通の胃袋を持つ人間用に一人分のパエリアも出せばいいのにと思うのだけれど。何故か無いのよね。残念だわ。」
「あ、じゃあ隊長も食べますか?残りは僕が食べますから。」
「……………ふむ。まぁ、折角の機会だし…………お願いしようかしら。」
「承知です!じゃ、ひとつは決まりですね。あとは何にしようかな〜。オススメとかあります?」
「ひとつは?」
「え?」
「………いえ、何でもないわ。」
「?そうですか?」
「……ああ、そうだ、オススメね。先日食べたこれが私の口には合ったわ。貴方に合うかはわからないけれど。」
「ほー、『サーモンのクリーム煮』…確かに隊長、好きそうですね。」
「適当なことを言わないでちょうだい。」
「適当じゃないですよ?隊長の食事見てたらわかることです。クリーム系が一番多くて、次が───」
「観察されてるようで不快だわ。」
「ちょっ、人聞きの悪い事言わないでくださいよ!お昼ご一緒すること多いんですから、自然とわかっちゃうんですよ!」
「だったら見ないでちょうだい。」
「そんな無茶な……。」
穏やかな空気に気の緩んだ会話。業務中で無いことも相まって、普段よりも会話は弾む。フリィ側は基本的に塩対応に見えるが、会話を続けている辺り本気で不快だとか面倒だとか思っているわけではなさそうだ。ソルにしても、そんな彼女を見て顔を綻ばせ、多少饒舌になつていた。
二人は最終的に、特に気になる料理を全て頼むという暴挙に出た。それもこれも、ソルの胃なら大丈夫であろうという共通認識があるからだった。でなければ提案が出た時点でフリィがバッサリと切っている。
暫く会話を続けていれば、次々に料理が運ばれてくる。まずはサラダ、スープ、次いでパエリアだ。飲み物も設置される中、他の料理も順次運ばれてくるというのがウェイトレスの言葉だ。ちなみに次々に増える料理の置き場所を確保するため、六人席へと移動させてもらった。昼時までまだ少し時間がある為出来たことだ。混んでいたら無理だっただろう。
「わ〜、美味しそうですね!」
「そうね。」
「あ、ちゃんと取り分け用のスプーン付いてる。隊長どれくらい食べます?」
「少しでいいわ。この後も料理が来るもの。」
「少し……このくらいですか?」
「貴方の中の少しは軽く一人前になる量なの?」
「難しいですね。」
「何も難しくないと思うのだけど。」
ソルに任せていると、取り分けている内に次の料理が来てしまいそうだ。そう考え、後は自分でやる旨を伝える。「いや、僕が…」などと言われたが、諦めろと言いたい。
「えっと……そんな少なくていいんですか?」
「私がおかしいかの様な視線は止めてちょうだい。少なくとも一般的な認識から外れているのは貴方の方よ。それとこの後も料理が来るのだから、その分を考えたら妥当でしょう。」
全く、心外である。
丁度良い量に取り分けたパエリアは美味だった。彼を連れてきて良かったと思える程度には。一人なら頼まないし、頼めないだろうから。
「このパエリア美味しいですね〜。あと、スープもサラダも美味しいです。」
「………早食いは体に悪いと聞くわよ。」
「ちゃんと噛んでるので大丈夫ですよ。」
そう言う割に減りの速さが尋常ではない。どれだけ高速で咀嚼すれば、きちんと噛んだ上でその速度で料理が消えるのか。………見ている限りはそんな風に見えない。普通に咀嚼し、美味しそうに食事を楽しんでいる。
疑いの目を向けつつ、私はワインの瓶をグラスへ傾ける。この店では飲み物は全て瓶かピッチャーで提供される。後はご自分でどうぞ、というやつだ。さすが、お洒落とは言っても庶民向けなだけある。
グラスに注がれ揺れる深い赤を見ていると、何となく落ち着く。一口含めば、フルーティーな香りと甘みが広がる。軽くて飲みやすい。水の代わりになりそうだ。
「わー、隊長似合いますね。想像以上です。赤が好きなんですか?」
「どちらも好きだけれど、そういえばいつも、つい赤を頼んでしまうわね。」
「赤は定番ですもんねぇ。けど、折角の魚料理ですから、白も頼んじゃいましょ!」
「いいけれど、貴方飲めるの?」
「僕は飲まないけど隊長は飲むでしょ?」
よくお酒飲んでますし、と彼は続ける。
「人に飲ますのを前提で頼まないでちょうだい。殴るわよ。」
「握った拳を下ろす決断も時には必要だと思います。」
「部下の教育も上司の立派な仕事よ。」
「今日は休日じゃないですか!?」
「お待たせいたしました。サーモンのクリーム煮に、三種の貝のボンゴレ、」
追加の料理が来たようだ。冷めない内にいただくとしよう。
「追加の白ワインでございます。」
ペシンッッ
「痛ぁっ!?」
「貴方、やったわね。」
「だってどうせ飲むでしょう!?」
「あ、あのー…」
「ああ、失礼お嬢さん。そこに置いてくださる?」
「か、かしこまりました。」
ウェイトレスが去った後で、改めてソルを睨む。さて、この勝手な部下をどう調理してくれようか。
「すみませんってばー!許してください!というかどうせ僕の奢りなんですから別にいいじゃないですか!?」
「許しを乞ったそばから開き直りとは、いい度胸してるじゃない。明日の訓練が楽しみね。」
「え、笑顔が怖いですよ…。」
そのようにして、私達は食事を続ける。結局、白ワインも飲んだ。その時のソルの反応が少々癪に触った為、本格的に彼への特別訓練のメニューを考えようと思う。存分に喜ぶといい。
ソルは最終的に軽く十人前はあろうかという量を平らげていた。その内、中の構造を見てみたいものである。
それから私達は乗合馬車で隣町へと向かった。徒歩で向かっても良かったのだが、それだと少々時間がかかる。その為、狭くはあるが乗合馬車を選択した。
この馬車は海沿いの坂道を走る為、少し走ると町と海が同時に視界に収めた景色が見れる。景色を楽しむ為に馬車に乗るのも良いのではないかと思う程だ。
景色を楽しむ私の向かいにふと視線を向ければ、口を閉じたソルが目に入る。珍しい。乗合馬車の中であろうと、かまわずベラベラ喋りそうなものなのに。
物珍しさでつい彼の顔を観察する。凪いだ海のような、静かな瞳。静か過ぎる様に感じるそれは、普段の輝く太陽の様な瞳とは余りにも対照的で。いっその事、不気味にすら思えるのだ。
しかし、ポルマーレが見えなくなり暫くすると、途端に普段通り煩い男に戻った。何だったのだろうか。とりあえず、他の乗り合わせた客の迷惑にならないよう、拳一発を叩き込んだ。
「やー、やっと着きましたね。ちょっぴり体が固くなった気がしますよ。」
ぐぐ、と体を伸ばしながらソルは言う。
このくらいでそうなるとは、鍛え方が足りぬらしい。時間にして一時間も乗っていないではないか。
乗合馬車から降車した私達は、ソルの案内で町を歩いていた。
ここはサフラン。ポルマーレから程近い場所に位置し、交易も盛んな町だ。ポルマーレ程賑やかではないものの、やはり栄えていると言っても過言ではない。
全体的に宿屋が多い印象を受ける。事実、多いのだろう。それもその筈で、ポルマーレへ来た人間を受け入れる場所としてサフランは成り立っている。活動はポルマーレ、休憩はサフランだ。この二つの町はそうして利害関係を結んできた。
ポルマーレが新しい物をどんどん取り入れ新事業を興すのに対し、サフランは地元民が昔からやっている店が多い。その為、職人なんかはこの町の方が断然多いのだ。ポルマーレでは輸入品の卸売業や小売店、それから飲食店が圧倒的に多い。
さて。そんな町中を歩いて到着したのはこじんまりとした武器屋だった。やはりというか、すぐ隣には鍛治工房らしき建物がある。カーン、カーン、という音が響いている為、今も誰かが鉄を打っているのだろう。店主か、はたまたその弟子か。
ソルは店の扉を開けると、「こんにちは〜!」と言いながら入っていった。それに私も続く。
「………誰も居ないわね。」
「鍛冶場の方に居ますからね〜。」
「店主を呼ばなくていいのかしら。」
「集中力が削がれるから勝手に選んで、決まったら呼べと言われているので大丈夫ですよ。」
「随分と仲がいいのね。」
「いえ、前に大声で呼んだらそういう風に怒られちゃって。」
「それは………可哀想に。」
「あはは、大丈夫ですよ。そこまでしつこく怒られなかったんで。」
「貴方じゃなくて店主に同情してるのよ。」
「何で!?」
何でも何も、当たり前だろう。いくら煩い鍛冶場に居たとて、ただでさえ攻撃力の高いこいつの声を大声で聞いたとなれば……………想像しただけで耳が痛くなる気がした。
「もー、隊長はいつも俺の心配してくれないんだから。」
「必要が無いでしょう。それよりさっさと選んで帰るわよ。」
「はぁーい。」
頬を膨らませる動作をしないでいただきたい。仮にも成人男性なのだから。
「これとかどうですか?」
ソルが最初に手に取ったのは、大型の両手剣だった。横幅の広い両刃の剣は見るからに強そうではあるが、こいつには合わないだろう。訓練の様子を見ていると、重量のものよりは軽量の方がいい。
「駄目ね。」
「えー、そうですか?かっこよくないですか?」
「命を預ける物をそんな基準で選ぶな。次。」
「じゃあー、これとか?」
次に手に取ったのは細身が特徴の刺突剣。確かに先程よりは遥かにマシであるが、やはり違う。お前の立ち回りでは突くより切るだろうと言いたい。
「自己分析が出来ていないようだな。次。」
「えー。隊長の剣みたいでかっこいいと思ったんですけど。」
「先程も言った通り、その様な基準で選ぼうとするな。」
「………あのぉ、隊長?さっきから口調もそうですけど、雰囲気が訓練中っぽい感じというか、訓練モードみたいな……?」
「剣を選ぶというのだから、上司として半端なことをするつもりはない。命に関わる。」
「そ、そんな真剣に選んでいただかなくても……。」
引き攣った笑顔を浮かべるソルを見て、少し胸がスッとした。何故だろうか。やはり、普段から耳に攻撃を食らっていることに、知らずストレスを感じていたか。もしくはそれ以外の要因か。
「いいや、遠慮はするな。」
「ヒェッ。せ、折角の休日なんですから、もっとやんわり楽しくいきましょうよ!ねっ!?」
「ほう。私はその『折角の休日』とやらをお前に割いているのだがな。」
「もしかして怒ってます!?」
「勘違いするな。さっさと帰りたいだけだ。」
「怒ってますよね!?」
キャンキャンとよく吠える仔犬だこと。可愛らしいったらないわ。
私は吠えるソルを無視し、適当な剣を見繕っていく。
両手よりも片手。扱いやすい大きさ且つ、軽すぎず重すぎず。無駄な装飾は似合わない。シンプルな刀身の……。
「隊長?隊長〜?ああ、駄目だ、完全に無視されてる…。僕は隊長と一緒に剣を選ぶのを楽しみにしてたんですよ!ねぇ、隊長ってば!隊長〜〜〜!」
「う、る、さ、い」
「うグゥッ!」
余りにも喧しいので脇腹を殴れば、情けない声を上げて体を捻じった。手は殴った箇所を抑えている。
「ひ、酷いですよ隊長……。可愛い部下にこんな仕打ち……。」
「喧しい。」
「ぐっ………。………あっ!わかりました!」
突然元の姿勢に戻ったかと思えば、ソルは自信満々な顔で唐突に言う。
「僕が『隊長』って呼ぶから、隊長も上司らしくなっちゃうんですね!完っ全に理解しました!」
「はァ?何を言って……」
「休日くらいは名前で呼ぶべきでした。フリィさん!」
満面の笑みでそう呼ぶこいつは、さも「正解でしょう?」と言いたげだ。実際、全くそんなことはないのだが。
とりあえず何か言おうと口を開こうとすれば、そこで突然乱暴に扉を開ける音が響いた。
その音に思わず手を腰の剣に伸ばし構えるが、しかしそれは杞憂であった。
「やっっっっっかましい!!!!!もう少し静かに出来んのかァ!!!??!?」
ガァァァッ!!と、余りの迫力に一瞬動きが止まるが、その見た目はまさに鍛冶屋。防火対策のなされた作業服に前掛け。額には雑に作業用ゴーグルが上げられていた。
「うわぁぁっ!?すみませんでした!?」
「またお前か!!この前注意しただろう!!」
「すみませんーーっ!」
ズンズンとこちらに向かってくる姿を見て、少々驚く。何と、ここらでは珍しい方ではないか。
「………ドワーフ………。」
「あァ?……………あ?」
ついそう呟けば、目の前の鍛冶屋はどうやらたった今私の存在に気が付いたらしい。睨みを効かせた瞳が丸くなっていく。
「……………他にも客が居たのか。すまねぇな。」
「いえ、お気になさらず。元はと言えば彼が悪いので。」
「何だい、坊主の連れだったのか?」
「連れというよりかは、付き添いに近いかと。」
「は?保護者?」
「確かにそちらの方が近いですね。」
「ちっがいますよ!何が保護者ですか!」
いや、近いだろう。本物の保護者というのは御免こうむりたいが、手のかかる部下と休日まで付き合わされる上司なら被保護者と保護者の関係に近いと言える。少なくとも私はそう思っている。
「あー……まぁ、何だ。煩くしなけりゃ、ゆっくりしてってくれてかまわねぇからな。」
「感謝します、店主殿。」
「んな堅苦しい呼び方やめてくれ。ファブロでいい。」
「ファブロ殿、ですか。」
「殿もいらん。」
「そうですか。では、ファブロと。名乗りが遅れましたが、私はポルマーレ衛兵隊 第一部隊所属のフリィと申します。」
「ほお、どうりで。立ち姿が凛々しいと思ったんだ。」
「それはどうも。」
「……にしても坊主。デートに武器屋ってのは如何なもんかね。流石の俺でももう少し気を使うぞ。」
「デートで武器屋でもいいじゃないですか!」
「まずデートでは無いでしょう。ファブロも、付き添いだと言った筈です。」
「おっと……苦労するなぁ、お前も。」
「そうなんですよぉ。」
「……………ところで、このくらいの片手剣を探しているのですが───」
茶番に乗り気なソルに拳を入れつつ、店主ことファブロの勘違いを訂正するのも面倒になってとりあえず相談すれば、すぐに要望通りの剣を見繕ってくれた。やはりこういうことはその筋の専門家に任せるのが一番である。
試しにソルに素振りをするように言えば、彼は「フリィさんに選んでほしかったのに〜…。」などとボヤきつつ、店の前で剣を振って見せた。前半の言葉は無視するとして、やはり専門家が選んだだけあって、剣はソルによく合っていた。動きや構えに違和感なども無さそうだ。
「ふーん。中々いいじゃない。」
「確かにすごくいいです。超自然に馴染んでるっていうか…」
「おうよ。そこで試し斬りでもしたらどうだ?」
「え、いいんですか?」
「試し斬り程度で傷付く鈍なんぞ作っとらんわい!」
「そういう意味じゃないですよ〜!けど、そう言ってもらえるならお言葉に甘えちゃいます!」
ソルは笑みを浮かべ、嬉々として剣を構える。相変わらず、剣を握る姿だけは様になる男だ。自警団上がりにしては珍しくお手本の様な構えで、動きも流れるように美しい。一体どこの誰に習ったのだろうか。通常、自警団には衛兵の誰かしらが教師となって剣術や護身術、その他業務や心構えを教え込む。と、すると、余程腕の良い衛兵が教師についた筈だが……………私の知る限り、この様な型の衛兵は居ない。実力者であるのに、目立つのを嫌って隠れているだけかもしれないが。
「よっ、と。」
そんな声と共に、ソルが素早く剣を振る。途端に試し斬りの藁束は一刀両断された。見事だ。軽い掛け声であるのに、その剣筋は確かなもので、初めて見た時は少々驚いたものだ。
「わー、ほんとにいいですね。」
彼は剣を軽く振りつつ、驚いたような表情をしていたが、少ししてから刀身を鞘に収めた。そうして私達の方へ顔を向けると、笑顔で「これ、ください。」と言い放つのだった。
「では、これで本日の予定は全て完了したわね。」
「いやー、ありがとうございました。お陰で良い奴に出会えましたよ。」
ソルの腰には、今朝は無かった剣が存在している。シンプルながらも邪魔にならない程度の装飾は施されている物で、刀身や持ち手といった金属部分は黒と金がメイン、鞘などは暗い茶の皮が使われている。店内の品を見ていても思ったが、ファブロはかなり美的センスが良いらしい。勿論実用性にも秀でている為、私も欲しいと思ったくらいだ。
「ところでフリィさん。ついでにもう一個くらい予定、追加しませんか?」
「何を言っているの。帰るわよ。」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。ほら、あそこ。」
ソルが伸ばした指先を向けるのは、少し遠く。ぼんやり見えるが、何やら開けた場所だった。ここから見る限り、誰も居ないようだ。
「あそこ、普段は剣に携わる人が練習場として使ってるんですって。けど今日は休日でしょう?だから」
そこで一度言葉を切り、彼はトントンと跳ねるように私の横から前へと移動する。それから笑顔で新調したばかりの剣に手をかけるのだ。
「僕と貴女の貸切です。二人きりで、楽しく踊りませんか?」
開いた瞼の奥、好戦的に光る瞳が私の姿を捉える。
普段は厳しい訓練を嫌がるこの男の、時折見せるこの瞳が案外好きだったりするのだから困ったものだ。………まぁ、向上心溢れる部下の、手合わせの申し出に応えるのも上司の役目だろう。
しかし、誘い方が気に食わない。
腰の愛剣に手をかける。カチャリという音が響くと同時に一気に抜き、そうして彼へと突き付けた。
ソルは笑顔を崩さない。
「女性をダンスに誘う時はもう少しロマンチックな言葉を並べ立てることね。勉強なさい。」
「あはは、頑張ります。それで、お返事は?」
「仕方ないから今回は乗ってあげるわ。」
「それは光栄です、部隊長殿。」
くだらない茶番の末に、私達は練習場へと移動する。そうしてお互いに剣を構え、自然と刃を交えた。
綺麗な型だ。お手本をなぞる様な綺麗な型。だというのに私の剣にもそこそこついてこれる実力。面白い男だ。こうして剣を交えるのが楽しいとすら感じる。
しかし、何だ、この違和感は。普段通りの筈なのに、何かおかしい。ほんの僅かなズレが軋みを生み、少しずつ確信へと変わっていく最中─────男の大声で、それは全て飛んだ。
「ッッお前らあああああああああああ!!!!!」
「「!」」
その声を聞いた途端、互いにピタリと動きを止めた。怒鳴ってる風でもない、ただただ必死に知らせようとするかのような声の張り具合に嫌な予感がした。そう、それはまるで、最期の瞬間まで声を張り上げる、戦場を駆け回る伝令兵のような。
「ファブロ、どうしたのですか。」
声の主はファブロだった。短い手足を懸命に動かしこちらに走ってくる。ドワーフはその身体的特徴故か走るのが苦手だというのに。ファブロは私達の近くまで来ると、数秒息を整えてから余裕の無い表情で、切羽詰まった声で告げた。
「町が!!町が大変なんだ!!」
「町?どういう」
「このままじゃ全部壊れちまうぞ!!」
「落ち着いてください。それではわかりません。深呼吸して、明確な状況説明を。」
「ッ……す、すまねぇ。」
「いえ、それより状況説明をお願いします。動くに動けません。」
「ッッ、町に火の手が上がった……!!町中でだ!!俺は鍛冶場に居て知るのが遅れちまったんだが、どうやら突然発火したらしい。総出で消そうとしてるが町は大混乱だ。この状況じゃあ、まともな消火活動なんて出来るわけがねぇ!!」
「突然発火?そんな馬鹿な。いえ、今はそれより消火が先です。そんなに酷いのであればポルマーレにも救援要請を」
「───違う!!」
「は?何を」
「火の手が上がったのはポルマーレだ!!!」