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02.港町ポルマーレ②

 ポルマーレ衛兵隊 第一部隊所属。役職は部隊長。

 それが私こと、フリィという人間。


 流れ着いたこの場所で、死に場所を探している人間。


 それも、ただの死に場所ではない。世界一美しく、何よりも素晴らしく、そして私が心から納得出来る死に場所での『死』。そうでなければならない。

 これが中々難しいもので、あちらを優先すればこちらが満たぬ、という状況だ。死ぬだけなら、腰の剣を喉元へ突き刺せば済むというのに。全く、面倒な話である。


 こうして毎日真面目に働いているのだって、死ぬ為の経費が必要だからだ。この町の平和を維持したいという思いもあるにはあるのだが。何にせよ、昨今では死ぬのにも金が掛かる。つくづく世知辛い。何事であろうと、贅沢や高望みをすれば金が掛かるのだ。嗚呼、嫌だ。


 しかし、この町であれば私の望みは叶うだろう。

 視界に入る景色は美しく、町の住民の人柄も素晴らしく、何より私はこの町を気に入っている。特に素晴らしいのは海だ。海面は太陽光を反射して輝き、海中は生命の輝きを存分に孕んでいる。お陰でこの町は漁業も盛んだ。

 人間関係もそれなりに良好。部下を人間として扱う上司に、少々手は掛かるが自分を慕ってくれる部下。その部下のお陰で、本日は町の住民とも同じ様に交流を持てた。


 全くもって素晴らしい。全てが順調。合格。合格である。


 口元に思わず笑みを携え、町を見渡す。相も変わらず素晴らしい景色だ。他にも美しいと思う景色は見てきたが、この町は特にそう思う。何故だかはわからないが。


「………おっと、そろそろ時間ね。」


 ふと気になって、取り出した懐中時計を確認すればいい時間になっていた。この場所でこうしていると、時間の進みが早く感じるものだ。

 仕事へ戻るために、残りの果実水を一気に煽り、空の瓶を(くう)へと放る。僅か数秒の浮遊後、重量に沿って落下しようとするそれに対し、それよりも素早く。銃を模した手の指先から、飛び出す弾丸のようにして火属性の魔力を放出し当てた。

 すると瓶は途端に炎を纏い、一瞬にして丸ごと消えた。最初から何も無かったかのように、忽然と。


 この瓶の材料は、数年前に発見された新しい素材らしい。とある魔物から取れる物だそうで、少しずつ普及し今ではこうしてガラス瓶の代わりに使用されている。特徴として火属性の魔力が触れると跡形も無く消えるという点がある為、ゴミ処理時以外では火属性の魔力に近付けないように注意せねばならない。しかし、こうして簡単に処理が出来るのは有難いものだ。中身さえ残さなければいいのだから。


 来た道を戻りながらも、周囲へ気を配る。この町の平和が乱されるようなことがあってはならない。


「たーいーちょっ!」


 トン、という軽い衝撃を肩に受ける。そちらを見れば、予想通りの男が、予想以上に満面の笑みを携えて居た。


「………。」


 面倒な予感しかしない。このまま無視を決め込んで南支部へと向かおうか。そうだ、それがいい。最低でも休憩終了時間ピッタリには戻りの報告をせねばならぬのだから、こいつにかまっている暇は無い。用なら後で聞こうじゃないか。


「あれ?ちょっと待ってくださいよー。隊長?聞こえてますか?えっ、本当に行っちゃうんですか!?」


 報告を終えたら、また巡回だ。本日午後はあのエリアの担当だった筈。


「もーっ、待って待って!待ってください!」

「………あら、ソル。急に飛び出したら危ないじゃない。」

「隊長が無視するからですよね!?」


 どうやら、面倒事は後回し、という楽はさせてもらえないようだ。真面目を自負する私でも、一旦の現実逃避だってしたいことはあるというのに。それは認められぬらしい。


「用があるなら報告後にしてちょうだい。貴方だって、まだ報告していないでしょう。」

「それはそうなんですけど!だったら一緒に行ってくれてもいいじゃないですかー!」

「結果として、並んで同じ場所に向かっているじゃない。不本意だけれど。それと、声が大きいわ。」

「それは一緒にとは───…ん?あれ?一緒に行ってる…のか…?」

「問題解決ね。良かったわ。」


 目の前のソルを避け、早足で支部に向かう。歩きながら懐中時計を確認すれば、本当に休憩時間が終わりそうだった。これは非常にまずい。余計な時間を取りすぎた。こんな事なら、さっさと町に戻れば良かった。いや、それ以前にイレギュラーにかまわなければ良かったのだ。私としたことが、何をしているのだ。


 後ろから「早い」だの「待って」だのという声が聞こえないでもないが、歩みを遅める気はさらさら無い。

 落ち着きなく南支部へと飛び込み、担当職員へと戻りの報告をする。時計を確認すれば、時間ピッタリだった。こんなに慌ただしくなる予定ではなかったというのに。

 原因たる彼に目を向ければ、後頭部に手をやってヘラリと笑っている。苛立ちを覚えるのは、もはや当然と言えた。


「さて、ソル。残り少ない時間を犠牲にしてまで呼び止めた理由とは、一体何だったのかしら?」


 ニコリと口元だけで笑って見せれば、途端に彼の血色が悪くなっていく。失礼な奴だ。自分で言うのも何だが、人前での私の笑顔は中々()()であるというのに。


「えっ…とぉ〜……」

「あら、言いづらいことなのかしら?いいわ。とりあえず外に出ましょうか。」

「ヒェッ」


 ───支部を出ていく二人の様子を見ていた職員達は、ヒソヒソと小声で言葉を交わす。


「私、フリィさんが笑ってるの初めて見た…。」

「ええと、アレを笑ってると取っていいのかしら?」

「それより見た?ソルのあの表情!アッハハ!あんな情けない顔、久々に見た!それにあの頼りない声!アハハハ!」

「ちょっと、笑いすぎよ。」

「それにしても…。少し怖かったけど、笑みを浮かべるフリィ第一部隊長も美しかった……!」

「またそれ?」

「だって!見たでしょ!?あの美しいご尊顔を!ハァ……思い出すだけで胸が満たされるわ…。」

「あんたはフリィさんに熱狂的すぎよ。そんな姿バレたら、確実につめたーい視線で刺し殺されるわよ。」

「それならそれでもいいわ。」

(こわ)っ!急に真顔にならないでよ!」

「でも確かに美しいわよね〜。熱狂的ファンになるのも無理ないわ〜。実際、あんなに綺麗な人見たことないもの。」

「でしょう!?」

「職員内に一定数ファンもいるし、人気の歌手や役者って感じ。」

「ああ!言えてるかも!」

「フリィ第一部隊長はそこらの並の役者よりも断然美しいわ!限りなく白に近い流れる金糸の髪!周囲を射抜く冬の夜のような瞳!軍帽ひとつで出歩いているというのに白磁器のごとく白くて滑らかな肌!鍛えられた体はしなやかで、だけど女性らしさは失わずむしろ美しさに磨きがかかっている!男顔負けの高身長イケメンで女性に優しい!礼儀を欠かず自分にも他人にも厳しいお姿!普段の抑揚の無い声や動かない表情が、訓練になった途端に生き生きとしだすギャップ!嗚呼、素晴らしきかなフリィ第一部隊長様!一生推します!推しますとも!」

「ちょちょちょちょ待ってストップストップストップ待って落ち着いて怖い怖い怖い。え、何?怖い。」

「あんた普段そんな語彙力あったっけ?」

「フリィ第一部隊長を布教する時用に何日も考えたのよ。色んな人に言い回しを聞いたりして。お陰で難しい言葉を知ったわ。」

「え、そんなことしてたの?」

「その割には詩的じゃないというか、後半はただ思いを叫んでただけだったような……。」

「黙らっしゃい!」


 ───そんな職員達の会話は幸か不幸か耳に入らないまま、二人は現在歩きながら会話もといフリィによる尋問が繰り広げられていた。


「少しいいかしら?その飴をひとつ、こちらの男に。」

「え、っと…、あ、ああ!銅貨五枚だよ!」

「どうも、ありがとう。さぁ、ソル。遠慮なく口にしなさい。甘い物は嫌いじゃなかったでしょう?」

「いやぁ、ハハ……ありがとうございます……?」


 現在、私達は本日割り振られた担当区域に向かっている。ソルの話は向かいながら聞こう、という方針で動いている。しかしこの男、中々本題に触れないのだ。何を聞いても曖昧な回答ではぐらかそうとする。あんな如何にも「聞いてくれ」と言わんばかりの笑顔だった彼の姿は見る影もない。目を泳がせて顔を逸らすのみだ。顔色は相変わらず悪い。


「それで」


 ビクリ、とソルの肩が跳ねた。何をそんなに警戒する必要があろうか。優しい上司が部下にモノを尋ねているだけではないか。


「結局、貴方は私に何の用だったのかしら。」

「用とかそういうんじゃなくてですね、アハハ…」

「では、私を巻き込んで無駄に時間を消費して危うく遅刻しかけた、という認識でいいのかしら?」

「い、いや巻き込んだとかじゃ」

「それなら単なる嫌がらせかしら。」

「それこそ誤解です!滅相もない!」

「ならば、何?」

「う、え〜〜〜っと…………………………………」

「くどい。質問には一問一答形式で簡潔に答えなさい。下手な誤魔化しは中身の無い立ち話よりも時間稼ぎにならないわ。」

「うっ…。ぐ…、仕方ない……僕も男です…!腹を括ります…!!」


 やっと動いたか。随分と時間が掛かった。もしここが戦場であったなら、迷った奴から死んでいくというのに。こいつに戦場へ赴く仕事は向いていなさそうだ。行ったとしても後方支援か。


 大袈裟に覚悟を決めたような表情をする彼は───その空気を壊すかのように、手には可愛らしいカラーリングの棒飴が握られているのだが───、一度深呼吸をすると真っ直ぐに私を見据えて言い放った。


「あの、ですね。その………演劇はお好きですか?」

「…………………………………………はァ?」


 思わず、といった声が出る中、ソルはかまわず続ける。


「実は以前から噂になってる劇団が居てですね、それがこの町にも来るらしいんですよ!べレクト劇団っていって、割と最近出来た劇団なんですけど、脚本・演出・役者、どれを取っても有名劇団と遜色ない出来なんだとか。どうも脚本家も共に旅をしているそうで、次に町に来る頃にはとっくに脚本が一本以上書き上がっているため、同じ町で同じ演目は二度としないと聞きます。だから、今回逃したら同じものは見れなくて、だから是非見たいなぁと思っていてですね。けど、男一人で演劇ってなるとちょっと寂しいじゃないですか。周りは皆揃って家族連れや友人同士に、一番多いのはどうせ恋人でしょう?そんな所で一人演劇鑑賞は嫌です!だから、もし良ければ隊長とご一緒したいなと思ったり」


「───よく回る舌ね。相変わらず大したものだわ。」


 放っておくといくらでも続きそうなソルの言葉を遮る。余りにもよく回るものだから、少々圧倒されてしまった。


「もう結構よ。貴方の言い分はよく理解したわ。」

「じゃ、じゃあ…?」

「そしてそれに対する返事は『否』よ。」

「えええええっ!?!?」


 キィィーーーーン


「ッ………、っ貴方ね、よく自分の声で耳が痛くならないわね…!余程強い鼓膜なのかしら…!?」

「だって!何でですか!?良いプレゼンだったと思うんですけど!」

「ただ語っていただけじゃない。それに何より、私は演劇の類が好きではないの。」

「え?………そうなんですか?」


 何だその反応は。まるで、私が演劇を好きだと信じて疑わなかったかのような表情ではないか。事実そうなのだろうが。


「世の女性が全員演劇好きだと思わないことね。」

「そう、ですか……。」

「剣術訓練ならいくらでも付き合うのだけれど。」

「それは僕が倒れるまで、いや倒れても(しご)き続けられるってことですよね……???隊長の大量は化け物級ですし………僕、死んじゃいますよ………。」


 あからさま過ぎる「僕は今、最高に落ち込んでいます」オーラに対し、喝を入れたくなる。断られることを考慮せずに突っ走ったお前が悪いだろう。何故、自分が一番の被害者かのような面をしているのだ。

 ………と、思っていたのも束の間。彼は俯く首を持ち上げると、ケロリといつも通りの表情になって近付いてきた。


「───うーん、じゃあ、隣町まで買い物に行きましょうよ!」


 なるほど。その図太さには(にじゅうまる)を付けて差し上げよう。


「何故、私が貴方の買い物に付き合わなければならないのかしら。」

「だって、隊長、剣とか詳しそうだし?給料も溜まってきたから、僕も自分の剣が欲しいんですよ。」


 警備隊や衛兵には、最初に支給品の剣を渡される。武器としては充分であり不備はないのだが、如何せん大量生産品の類である為、形は皆同じであるし耐久力も並である。その為、給料の安定してきた者の中で個人的な剣を持つことは珍しくない。上からも特に規制はされていない。


「そういう事は専門家に聞きなさい。折角店に行くのに、わざわざ私に聞く必要があって?」


 大抵の武器屋には鍛治工房が併設されているし、それはつまり武器屋の店主が鍛冶屋本人ということでもある。勿論例外も存在するが、殆どの店ではそうだ。特に都会から離れた場所であればある程、顕著である。


「隊長に選んでほしいんです。駄目ですか?」

「はぁ。何故?」

「隊長に選んでもらった剣を使いたいんです。」

「………。」


 ニコニコと言い放つソルに、呆れの溜息しか出ない。普通、ここまで突っぱねられたら諦めるものだと思うのだが。やはり精神力だけは高レベルなのか、それともただ鈍感なだけなのか。後者の方が有り得そうではある。


「ハァ……………仕方ない。いいでしょう。代わりにその日の昼食は奢ってもらうわよ。」


 きっと断り続けても、この男は「じゃあこれは」「ならばあれは」と、場所や内容を変えてしつこく誘ってくるだろう。ならば早々に妥協した方が良い。剣を見て昼食を摂るくらいであれば、そこまで労力も割かないし時間も掛かるまい。


 そう考え答えを告げれば、彼は見るからに嬉しそうに表情を輝かせる。

 私は瞬時に、両の耳をそれぞれ手で塞いだ。


「!、やった!ありがとうございます!!昼食なんていくらでも奢ります!!」

「……………当日までに声を抑える術を取得しておいてちょうだい。」


 防衛成功だ。つい、という瞬間に声が大きくなる彼に対する防衛手段は、今のところ察知した瞬間に耳を塞ぐことのみである。察知出来ないことも多々あるが。


「あははっ、善処します!」

「それはやらない人間の台詞(セリフ)では?」


 良い笑顔で言い切らないでいただきたい。大変不安である。これまで散々言っても直らなかったのだ、どうせ今回も直らないのであろう。けれど言い続ける事に意味があると思いたいところだ。それすらも止めてしまえば、僅かに残った自重すらも全て飛んでしまいそうだ。


「努力はしますよ。あ、それで待ち合わせなんですけど。来週の休日に時計塔前なんてどうですか?時間は昼前とかで。ご飯食べてから行きましょ!」

「……了解したわ。ではこの話は終わりという事で、業務に戻りましょう。給料泥棒にはなりたくないのでね。」

「承知しました!」


 そうして私と彼は町の巡回に戻っていく。

 以降、業務中に休日の話が出ることは無く、しかし当日になるまで毎日業務終了後に「来週の休日ですよ!」「約束、忘れてませんよね?」などと必ず言われることとなる。彼は私の事を何だと思っているのか。余程業務に追われて忙しくしているならまだしも、この様な平和で暇とも言える毎日の中で予定を忘れるものか。鳥頭だとでも思われているのであれば、全くもって心外である。


 そうこう過ごしている内に、気付けば約束していた休日の朝となっていた。

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