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1.港町ポルマーレ①

 高い、青い空。それを飾る白い雲。散りばめられた鳥達が、最後の仕上げとばかりに羽を広げている。

 まるで鏡写しの様に広がる水面には、負けない程に美しい青が永遠かのように続いている。


「今なら何と銅貨二枚!」

「これとこれと、あとそこの……」

「採れたて新鮮だよー!」

「ねぇ、ママ!あれ欲しい!」

「そこの奥さん、うちの商品見てかない?」

「まぁまぁ、損はさせないよ!」


 騒々しくも治安の良さが伺える声の数々。行き交う人々で活気溢れる大通り。

 ここは港町、ポルマーレ。首都たる王都からは遠く、しかし決して田舎だと思わせないようなインフラの高さと活気を持つ。田舎と言えど、やはり港町ということだろう。

 仕事に溢れる人間は皆無と言っても過言ではない。物流の盛んな地域では、金も人もよく回る。「暇だ」とは言わせない。手が空いているのならこちらを手伝え、といった雰囲気だ。


 人が多ければ、その分多種多様な人間が居るというもので。船を動かす船員や、その船に乗って海を渡って来た商人。陸路でやって来た商人。観光客。勿論この町の住民も。それ以外だって。

 そんな風に入り乱れていれば当然、善人・悪人というものにカテゴライズされてくるわけで。悪人を取り締まる為の人間、職業が必要とされる。

 この町には王都からの騎士が派遣されていない。遠いから仕方ないのだが、それでは困るというものだ。

 その為、ポルマーレの町では民間から自警団を募っている。未経験の者なら自警団として雇い入れ、教育・訓練してから実務に。そういった職種の経験者であれば、最初から衛兵として雇い入れる。自警団として確実に経験を積んでいけば、いずれ衛兵にもなれるというシステムだ。何代か前の、この町を治める領主が発案したらしい。


 多少の荒くれ者でも、『先輩からの愛ある指導』によって教育完了してから実務に携わらせるので安心というものだ。………先輩からの『愛』が果たして荒くれ者に向かっているものなのかは、明言しないでおこうと思う。


 兎にも角にも。こうして、ポルマーレの治安は守られている。


「あ!」


 町の喧騒の中、一際大きく響く声に足を止める。すると数秒も経たずに、私の隣に一人の男が並んだ。


「お疲れ様です!」

「……………。」


 相変わらずよく通る声だ。お陰で、至近距離で聞いた今は少しばかり鼓膜が痛い。別に大きな声を出しているわけでもないのに不思議なものだ。


「ソル。本日二度目なのだけれど、もう少し声を抑えてもらえるかしら。」

「ハッ、すみません!!」


 キーン、と。今度こそ鼓膜にダメージを負った気がする。話を聞いていたのだろうか。

 無言で彼に視線を投げれば、慌てて両手で口を塞いでいる。しまったという顔をしているが、少し遅くないだろうか。


「す、すみません。」


 口元を覆ったままの為、もごもごと篭った声だった。そう、それくらいで丁度いい。彼の声は通り過ぎる。


「気を付けてもらえると助かるわ。」


 それだけ注意し、立ち話を中断する。私が歩き始めれば、彼もそれに並ぶようにして付いてくる。


「気を付けます、隊長。」


 人懐こい笑みでそう言う彼は、きっとまたすぐに忘れて私の鼓膜に攻撃を仕掛けるのであろう。

 彼はソル。私の部下であり、ポルマーレの衛兵だ。


「ソル。私は隊長ではないと、何度言ったらいいのかしら。」

「え?隊長は隊長じゃないですか?それに、隊長!って感じがするんですもん。特に自警団上がりの僕からしたら、最初から衛兵である隊長は……」

「で、あれば。隊長ではなく、部隊長と呼びなさい。」

「長いじゃないですか。」

「一文字の違いしかないと思うのだけれど。それとも私の認識がおかしいのかしらね。」


 彼の方は向かず、周囲に警戒を払いながらの会話ではあるが、彼が何も言えずに口を閉ざしたのを感じた。

 やっと静かになった。そう思ったのも束の間。


「ソル!あんた、ちゃんと仕事に集中してんのかい?」

「わぁぁっ!?」


 キィィン。………もう駄目だ、こいつは。


「驚かさないでよ、おばさん!」

「あんたねぇ…。衛兵がそれくらいで驚いてどうすんだい!」

「そ、それとこれとは」


 ソルはこの町で生まれ育ったらしく、顔が広い。巡回中はこうして話し掛けられることが殆どだ。いくら生まれ育ったとは言え、仮にもそれなりの規模を持つ港町でここまで広く認知されてるものかと思うのだが、それはきっと彼の人柄故なのだろう。…と、勝手に納得している。単に私の交流関係が狭いせいで、ソルの様にこうして町中の人間から話し掛けられる者を他に知らないだけかもしれないが。


 さて、目の前のやり取りはいつまで続くだろうか。この様子だと、あと十分は掛かりそうだ。

 そう判断し、ソルの肩を軽く叩いてから提案する。


「時間が掛かるようなら先に行く。」

「えっ!?」


 驚いていないで、どうするかを教えていただきたい。


「ぼっ、僕も行きますよ!おばさん、またね!」

「ちょいと待ちな!ほらこれ、持っておいき!」

「わっ、とと…。」


 急いでその場を去ろうとしたソルへ、中年女性が何かを投げる。私もチラリとそれを見てみれば、片手で持てる程度の紙袋だった。


「差し入れだよ。午後も頑張りな!」

「いいの?ありがとう!」


 太陽を写したような笑顔で、彼はお礼を言う。果たして本日中に何度この光景を見ることになるだろうか。普段通りであれば、あと五回は堅いところで───


「あんたとフリィさん、二人分だからね!間違えるんじゃないよ!」


 中年女性の言葉に、ソルは「わかってるって!」と返している。先程から鼓膜がキンキンと痛いのだが、彼の口を塞ぐのと耳栓を買うの、どちらが手っ取り早いだろうか。いや、それよりも。


「………何故、私まで。」


 思わず前に進めていた足を止めて疑問を口にすれば、私こそがおかしいとでも言いたげな表情を向けてくる。しかし私の疑問は仕方の無いものだと思うのだ。何故なら普段住民からの差し入れは全てソルに対する物であり、事実、差し入れは全てソルの胃へと消えていくのが常であったからだ。勿論私もその認識であったし、恐らく住民達もそうであったに違いないのだ。


「だって、隊長、別にご飯食べないわけじゃないでしょう?」

「何を当たり前のことを。」


 飯を食わなければ、人に限らず動物は何れ衰弱死する。今こうして無事でいるのだから、普段から食べているに決まっている。


「だったら差し入れも食べますよね?」

「話の脈絡が無くて理解出来ないわ。どうしてそうなるの。」

「おばさんも言ってたじゃないですか。『二人分だ』って。食べますよね?」

「普段は貴方一人じゃない。何故、今日は私までいただいているのよ。」

「それは僕が『隊長もご飯を食べる』って皆に言ったからじゃないですか?」

「ごめんなさいね、私がおかしいのかしら。まるで理解出来ないわ。」


 何だ。私は飯を食わない特殊な人間だとでも思われていたのだろうか。そんなわけがなかろうに。私とて食わねば死ぬ一般的な体の人間である。もしや人間だと認識されていないなど、そんなことは無いと思いたい。


「隊長は普段から人を寄せ付けないオーラっていうか、そんな感じなので。自分にも他人にも厳しそうだし?だから普段から自主的な断食訓練でもしてんのかな〜?って思われてるんですよ。」

「何故、『厳しそう』だと『断食訓練』に繋がるのか甚だ疑問だわ。短絡的にしたって、もう少し何かあるでしょう。」

「この辺の人にとっちゃ、断食が一番厳しいことですからねぇ。そうなっちゃうんじゃないですか?実際僕もそう思いますし!」


 理解に苦しむが、この町に馴染む彼がそう言うならそうなのだろうか。確かに異文化と共に様々な食も入ってくる場所ではあるし、職に溢れることがないので食いっぱぐれることもほぼない。食事処は土産屋と並んで町中に所狭しと並び、三食外食だという者も珍しくない。かくいう私も外食派である。


「まっ、細かいことはいいじゃないですか。それより、ほら!冷める前に食べちゃいましょうよ!」


 ソルは紙袋に手を突っ込み、引き抜いた時には柔らかな茶色とクリーム色の何かがあった。


「やった!僕これ好きなんですよね。はい、どうぞ!」


 差し出されたそれは、どうやらパンらしかった。焼き立て特有の香りが鼻腔を擽る。そういえば先程から辺りに同じ様な匂いが漂っているが、そうか。あの中年女性が働くのはパン屋だったのか。パン屋があるのは記憶していたが、従業員までは頭になかった。

 本当に受け取っていいものか。何となく躊躇していれば、「いらないんですか?」と、目の前の男は首を傾げる。彼は慣れているから何とも思わないのだろうが、そうでない人間からしたら少々考え込んでしまう出来事なのだ。そこの所を理解していただきたい。しかし、きっと彼は何でもない顔で「貰えるものは貰っとけ」などと言うのであろう。その心持ちでいられるのなら、最初からこのような躊躇はしていない。


 沈黙してしまった私を見兼ねてか、彼が唐突に私の手を掴み、手の平へと物を押し付ける。気配を察知して思わず引っ込めようとした手を、それよりも素早く、だ。反射神経が大変よろしい。

 僅かに見開いた目でそれを見詰めれば、彼は屈託の無い笑みで言い放つ。


「迷うくらいなら食べちゃいましょうよ!味は保証します!」


 にぱっ!とでも効果音の付きそうな笑顔は、私には少々眩し過ぎる。声と共にもう少し抑えていただきたい。それが不可能なら、せめて声だけでも。

 ここまで推されて口にしない方がおかしいだろうと考え、私は手の平をじんわりと温めるそれを口元へ持っていく。途端にそれまで以上に香りが強くなり、「良い匂いだな」などと考える頃には齧っていた。焼き立てのパンというのは素晴らしいもので、腹だけでなく心も満たす。

 昼食前ということもあり、そろそろ空腹を訴えようとしていた体には大変なご褒美となったようだ。一口、二口、はらに一口。咀嚼し嚥下するを繰り返す内に、手の中の物は全て腹へと消えていった。


「………確かに。大変美味だった。貴方が推す理由もわかるというものね。」

「ふふーん、でっしょう?ほんと美味しいんですよねぇ。」


 もぐもぐもぐと咀嚼しつつ言葉を返すソルは、満足そうな、得意気な表情でこちらを見る。何故、彼がそのような表情をするのだろう。パンを差し入れた中年女性がするならわかるのだが。…いや。親しい人間の制作物を良く言われれば、多少なりとも嬉しくなるものだったか。つまり、ソルと中年女性はそれ程親しい仲なのだろう。彼の交流関係には差程興味が無い為、全て『差し入れを寄越す住民』という認識だった。覚える気は無いが、少し知っている事が増えた。


 それよりも。


「お礼を言わなければならないわね。」

「え?いやいやそんな、僕はただ」

「貴方にではないわ。」


 何を勘違いしているのか。

 踵を返し、今しがた通った道を辿っていく。すると焦ったような声と共に足音が並ぶ。向かった先は、件のパン屋。


「失礼、レディ。」

「うん?…え!?ふ、フリィさんがなんで……まさかパンに何か問題でも…?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、先程出来なかった礼をしなければと思って。差し入れ、感謝します。とても美味でした。」


 右手を左胸へと当てる。騎士や衛兵など、守衛・警備を主とする職種の人間の正式な挨拶だ。基本的に全ての挨拶に使える万能な型である。


「お、おやまぁ……。そんなに喜んでいただけるなら、もっと早くに差し入れていれば良かったねぇ……。」


 赤みの差す頬に手を添えた中年女性は、困惑を滲ませつつニコニコとしている。そんな私達のやり取りを後ろで見ていたであろう男は、ボソリと呟く。


「真面目……いやイケメン……??こんな所まで男顔負けって………。」


 本人は呟きのつもりだろうが、貴方の声質ではよく聞こえるというものだ。密偵には向いていないな、などと考えつつ、中年女性へ別れの挨拶を告げる。既にそれなりにいい時間が経っている。そろそろ巡回に戻らねば、職務怠慢として上から何か言われるかもしれない。


「それでは。」

「!、待ってください!」


 少しばかり早足で歩み始める私の後を、パタパタと音がしそうな動きで着いてくる彼は、まるで子犬のようだと思う。勿論見た目は仮にも大の男であるし、雰囲気だけの話だ。


 その後も普段の巡回ルートを順調に回り、最後に配属先の自警団及び衛兵詰所、通称南支部に寄って報告をすれば、正式な昼休憩となる。

 余談だがここまで七回の差し入れを受け、内四回は私の分も含まれていた。有難く受け取ったが、同じくらい困惑もした。ソルの一言でここまで変わるものなのか。彼の影響力を見くびっていたかもしれない。少々認識を改めなければ。


 折角の昼休みだが、差し入れもとい間食のせいで腹は減っていない。むしろ詰め込まれてこれ以上は入らないといった様子だ。勿論、無理に食う必要もないだろう。一食分、食費が浮いたと考えれば良い。しかし、そんな私に話し掛ける男が一人。


「隊長、お昼一緒に行きましょうよ。」

「貴方は自分の胃袋が他人と違っているということを認識すべきね。あんなに食べて、入るわけないでしょう。」

「え?だってあれはおやつみたいなもんじゃないですか?おやつとご飯は別ですよ。ちゃんと食べなきゃ倒れちゃいますよ?あ、いや。自分で言っといてアレだけど、隊長が倒れる図なんて想像出来ないな………。」


 平然と言ってのけるソルへ、顔を顰める。確かに男性は女性よりもよく食べるのだろう。それは知っているし、実際普段から目にしている。しかし彼の胃は明らかにおかしい。他の成人男性と比べても、一度に食う量が異常なのだ。五人前は当たり前。その上三食しっかり摂り、差し入れや個人で買った間食も残さず食べる。一体その食べ物はどこに消えているのだろうか。食事量の割に訓練中もそこまで動いている様子はない。

 しかも、彼は見た目からはどちらかと言うと食が細いように見える。鍛えているとはいえ筋骨隆々というのではないし、平均的な成人男性よりも引き締まった体といった印象だ。……改めて、不思議な体の構造をしているようだと思う。


「少なくとも貴方と私の胃の容量は違うのよ。お誘いは遠慮しておくわ。」

「うーん、そうですか。わかりました。じゃあまた、午後に!」


 その言葉を最後に、彼は町の雑踏へと消えた。適当な店にでも食事をしに行くのだろう。……今は食事のことを考えるだけで胸焼けがしてくる為、これ以上彼や昼食について考えるのを止めた。


 さて、昼食を摂らぬならどのようにして時間を潰そうか。

 訓練でもいいが、休めるべき時に休めねばコンディションに支障を来す。それでは緊急時に取り返しのつかないミスを起こすことに繋がる可能性があるだろう。

 そう考え、私が向かうのは中心から少し外れた場所にある閑静な場所。休日以外は基本的に人気の無い場所だ。

 行きがけに果実水を一瓶購入し、それを片手に歩みを進め、十数分もすれば目的地へと辿り着いた。


 眼科に広がる、町と海。


 ポルマーレを一望できる小高い丘。その木々を抜けた先にある、物理的には狭いが視界は開けた場所。それが私の見付けたお気に入りの場所だ。ここまで来るのには少々複雑な小道を通る必要がある為、町の住民でも滅多に来ない。と、思われる。個人的にここで他人に出会ったことがないだけなので、もしかしたら上手くすれ違っているだけの可能性もあるが。


 キュポリと栓を外し、果実水を一口。口に含めば、爽やかな香りが広がる。よく確認せずに購入したのだが、これは柑橘類だろうか。改めて見てみれば、水面近くでちゃぷちゃぷと揺れるオレンジ色の果実が目に入った。間違っては無さそうだ。

 喉奥へと流せば、口内には清涼感のみが残る。お陰で、多少は満腹感がマシになった。


「………。」


 一息吐いたところで、広がる景色を見遣る。

 聞こえるのは耳を掠める風の音のみだが、見た目から騒がしいのが伝わってくる。騒々しいのは好みではないが、この町の喧騒は素敵だ。

 町も、港も、海も。それを彩る他の要素も。全てが美しい景色だと感じる。

 そして、そこに住まう人々の温かさ。反面、競争率の高い界隈を生き抜く、商人としての強かさ。そんな人々を守ろうとする者達。これら全てが尊い風景だ。

 この先も永遠に続いてほしいと願う、愛すべき町。


 そんな町で、私は。


 自身が心から納得出来て、人生で一番美しいと感じ、この世の何よりも素敵だと思える……そんな素晴らしい場所を───











 ───死に場所を、探している。

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