0.ある女の独り言
───あぁ。どうしていつもこうなるのかしら。
朝、目を覚ます。
地上に限らず、殆どの全ての生き物が繰り返す当たり前のそれが、たった今目を覚ました女にとっては苦痛でならなかった。
今日こそ、朝日を浴びる事は無いと思っていた。自分はこのまま永い眠りにつけるのだと。期待していただけに、落胆した。
期待という感情は、今はもう「目覚めない」ことにしか抱けない。なのに、いつもいつも裏切られる。貴方まで私を裏切るのかと、何度も死という存在に問い掛けた。我ながら無駄なことをしたと思う。
「───何故?」
ぽつりと意図的に落とした呟きは、誰に聞かれるでもなく、空間に響くでもなく空気に消えた。後には何も残らない。
「………。」
わざわざ体を起こす気にもなれず、仰向けに寝そべったままで利き手を顔の前に持ち上げる。それを見てひとつ気がつけば、余計に嫌になった。
考えるのも疲れたが、考えなければ前には進めないだろう。足踏みしているだけの余裕はないのだ。
そうして、どれ程の時間が過ぎただろうか。
静寂の中に落とされたのは、やはり女の声だった。
「………そう、か。」
今度は無意識的に零れた呟きを気にする人間はここには存在しない。発生源の女でさえも。
「何か、間違っているのね。そうなのね。」
「こうまでならないと気付かないなんて。存外、私も救いようのない馬鹿らしい。」
抑揚のない声で、人形ですらもう少し感情的だと言えるような無表情で。そうして呟きを漏らしていた女の口端が、僅かばかり引き上がる。弧を描くのとは程遠い。よくよく見ても気が付けない。その程度ではあったが、確実にそれは変化だった。
「………ふふ………」
やがて、空気に溶けてしまうような密やかな音が、少しずつハッキリとした笑い声へと変わっていく。
「アッハハハハハハハハハ!!ハハハ!!ハハハハハハハハハ!!!」
妙齢の女が漏らすには品のない笑い声。いくら笑っているとはいえ、感情豊かとは言い難いそれは、単に思わず出てしまっただけの何かだった。
「ハハ……はァ………………………」
やがて落ち着いた女は、今度こそ上体を起こす。俯いた頭は、先程の遠慮ない笑いのせいか鈍く痛む。深く息を吸い込めば、それも少しはマシになった。
「………──────の、為だった。」
言葉の始めは、余りにも掠れるような音だった。
「私は、───の、──────の─であることが、何よりの………、………………──だった。」
「でも、もうそれも………どうでもいい。私には、何もかも関係無い。」
元の無表情となり、ぽつりぽつりと呟く。
誰に語り聞かせるでもない。強いて言うなら、自身の気持ちの整理の為に。
暫くそうした後のことだ。女は無駄のない動きでベッドから降り、裸足のまま部屋の外へ向かった。
正しい選択がどれなのか、女にはわらない。
正しい選択なんて、最初から無いのかもしれない。
それでも自身の仮説を信じる。それだけを信じて、女は歩き出す。
他人の描いた脚本で、他人の施した演出で、他人が整えた舞台で。そんな場所で死ぬまで踊り狂えと指示を出す狂人共にはうんざりだ。
全てが三流以下の出来損ない。底辺も底辺の、子供のお遊戯会より酷い劇なら、さっさと幕引きしてしまおう。演者がただ言いなりになっているだけだと思っている猿共に、何発でも不釣り合いに高級な泡を喰らわせてやろう。
是非とも気を緩めて、高台からこちらを見下ろしていればいい。貴殿らが役目を終えたと思っている演者が、楽屋を荒らし、舞台装置を片っ端から壊し、舞台袖から石を投げ、全演者を使い物にならなくする様を。同じく出来損ないの演者たる私が、生まれ変わった舞台の上で一人、勿体ぶったお辞儀をするのを。
耳障りなアンコールに応え、予定よりも早くに舞い戻った私を……とくと御覧に入れましょう。