事件
「やあ兄ちゃん、何かわからないことでもあったか」
焼き鳥屋のイミゼスの言葉に「女心がわかりません」と言いそうになったがぐっとこらえ、焼き鳥を追加で一本購入した。
「ここはきのこがよく取れるから、あっちの屋台も見てくるといいよ。きのこのアクセサリーは女性に結構人気があるぞ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
イミゼスにお礼を言うと、言われた屋台の方を見に行ってみた。
さっきはお腹が空いて仕方がなかったし、旅をするのに雑貨は荷物になると思って、食べ物の屋台ばかりを回っていた。
ソフィーの機嫌を悪くさせてしまったようだし、ハリエットにも迷惑をかけてしまったし、何か買ってやるかという、よくわからない罪悪感による衝動だ。
「お、いらっしゃい。彼女にプレゼントかい?」
アーティスティックな風貌の男がにやりとしていった。
屋台にはショップケダロフクと書いてあり、男の胸にケダロフクというネームプレートがあった。自己顕示欲が強いタイプのアーティストだ。
「いや、そういうわけじゃないんだけど、どんなもんがあるのかなって思って」
「おお、そうかいそうかい。ここはきのこが名産だからね。それにちなんだアクセサリーは人気だよ。他に比べて俺のところは安いからね。見ていってくれ」
話しかけてくるタイプの店員は好きじゃなかった。だからテキトーにはぐらかして商品を見ていた。
あれ待てよ、でもイミゼスは嫌じゃなかったな。まあ人によるってことだ。
「これ、変わったきのこのデザインですね」
「ああ、これか。これは綿きのこって言うふわふわなきのこで、たしかにここらへんでは多くとれるがあまり外に出回らない珍しいきのこだ」
それからゴムきのことか、腕きのことか、靴きのことかいろいろ説明してくれたけれど、まあとにかくきのこがたくさん採れるらしい。
女性の言う「かわいい」が、この場合どれに当たるのか、皆目見当もつかなかったけれど、なんとなくいいかなと思った、綿きのこのものを二点買った。
「まいどあり」
ケダロフクから商品を受け取ると、もう買う気もないけれど、他の店いくつか覗いてみることにした。
アクセサリーというより工芸品のようなものが多く、確かに他の店は結構な値が張った。
「兄ちゃん買うのかい?」
店の主人と思われる男が睨むように言った。
アギレックと書かれた工芸品屋で日本ではありえない接客態度を取られた。
「え、あ、いや、どんなもんがあるのかなって」
「ふんっ。今日はもう食べ物以外の店は閉まるから買わないなら帰ってくれ」
なかなかの態度だなと思ったけれど、別にこちらの気分が多少悪くなっただけで、損をするのはこのアギレックとかいう男だと思い、黙ってその店を離れた。
ただアギレックの言っていたことは確かで、次々になれた手つきで素早く雑貨屋は閉まっていった。
「そろそろ戻るか」
怒ったソフィーの所に戻るのは気が引けるけれど、今度は「遅すぎる」という理由で機嫌を損なわれても、これもまた困ってしまう。
この坂を何往復するのだろうかとため息をついて、いざ旧広場に向かおうとした時。
「あ! 泥棒!」
店のどこからか声が聞こえ、それと同時に走り去る黒い影が見えた。
泥棒と思しき黒い影は俺が向かおうとした旧広場方面。坂を駆け上がっている。
ソフィーたちに何かあってはまずい。
そう思うと身体は勝手に動いていた。
本日三回目の上り坂はかなりハードだが、弱音を吐いていられない。
相手もなかなか早く、追いつくことができない。
旧広場に向かうほど、人通りも少なくなる。
俺に続いて何人か同じように泥棒を追いかけている。
泥棒はスピードを緩めることなく軽やかに駆け上がる。
結局追いつくことはできず、旧広場まで上がってきた泥棒は左に曲がった。
ソフィーたちのいる方だ。
だがあそこは行き止まり。
旧広場も現広場と同じように壁に囲われている。いわゆる袋のネズミだ。
泥棒に遅れること約五秒。旧広場にだどり着く。
しかしそこに泥棒の影はなく、あるのはベンチで仲良く身を寄せ合って眠るソフィーとハリエットの愛くるしい姿だった。