観光②
「ノッキオにようこそ。私は観光案内所のグレイニーと申します」
フォーマルな格好をした女性がにこやかに話しかけてきた。
耳にきのこのピアスをしていた。
「え、あ、はい。おじゃまします」
よくわからない受け答えをしてしまったけれど、それくらいきれいな人だった。
日本で見たリクルートスーツとは少し違うけれど、それを思い出すような格好だ。スタイルがいいと一目でわかる。
鼻の下が伸びてしまっているだろうか。気をつけないと。
「この井戸は“幸せの井戸”と言ってコインを投げると願い事が叶うと言われています」
「どういった原理なのでしょうか?」
ハリエットはその手の迷信を信じないのだろうか。原理を聞いたら元も子もない。
「原理はわかりませんが、多くの方が願い事が叶ったと言っていることから言い伝えができました」
それで納得をしたのかわからないけれど「そうですか」と言ってハリエットは黙った。
「どんな願いでも叶うのかしら?」
今度はソフィーがグレイニーに少し挑戦的な感じでものを言っている。
「どんなというわけではありません。投げるコインの枚数で願いが変わると言われています」
「なにそれ、変なの」
「そうですね、変ですよね。一応説明させていただきますと、一枚だと再びこのノッキオに訪れることができ、二枚だと大切な人とずっと一緒にいられることができ、三枚だと恋人やパートナーなど自分にとって嫌な人物と別れることができると言われています」
なるほど、トレビの泉か。イタリアのローマにある噴水と同じだ。
日本からの勇者がここでそういう言い伝えを作ったのだろう。
「やっぱり変ね。そんな願い事を信じる人なんているの? こんなのが流行る世界になった世も末よ」
「うふふ。そうかもしれませんね。でも大切な人といたいという気持ちがあったら、変でも信じたくなるものですよね」
「確かにそうですね。ありがとうございます」
なぜかわからないけれど、“幸せの井戸”よりもソフィーの対応の方が変だと思ったので、話しを切り上げることにした。
「いえいえ、わからないことがあれば何なりと。この町のことで知りたいことがありましたら、私か焼き鳥屋のイミゼスにお聞きください」
そう言ってグレイニーは去っていった。
いやいや、イミゼスって観光案内所公認なの!?
「ソフィーさんどうかされました?」
ハリエットがソフィーをなだめるように言う。
「なんでもないわ。それより純也、あのグレイニーっていう女には近づかない方がいいわよ」
「え、なんで?」
「なんでもよ!」
そう言うとソフィーはコインを二枚ポケットから出して井戸に投げた。そして口元で手を合わせてまるでお願い事をしている。
「あれ? 変な言い伝えって言っていなかった!?」
俺のツッコミは聞こえているはずだけれど、ソフィーは目をつむってパクパクと口だけを動かして願いごとを言っている。
一二分経ったあたりで儀式が終わったようだ。
「いいじゃない。願掛けはやったって損はないわ」
表情や口調が元に戻ったようなので安心した。
ハリエットもそう思ったらしく、ニコッと笑った。珍しいと思った。
俺とハリエットもコインを投げ入れてお願い事をした。
ハリエットは二枚入れていたけれど、俺はこっそり三枚入れておいた。