ノッキオの町
ノッキオの入り口、ノッキオ山の麓に馬車を泊めた。
緩やかとは言え、坂道を荷台を引いて馬に歩かせるのは気が引けるし、下りはかなり大変になる。
駐車場には日本の駐車場の警備員のような人がいるのでその人に管理を任せる。
かつては観光名所として栄えていたらしく、馬車での観光客も多かったとのこと。その名残で駐車場の完備と警備員が配属されているらしい。
心配はないとは言えないけれど、馬車を置いて荷物を担いで宿まで行くことにした。
明るい茶色の石畳の道は石造りの家々と相まって、北欧の町並みを思い出させる。行ったことないけれど。
「はぁ大変ね。宿っていったいどこにあるの?」
さっきまで体力回復をしていたソフィーが早速バテている。
「一番上だ」
「え!? うそでしょ!? まだあと半分もあるじゃない」
大きい声を出すから体力を消耗するんだよ、と心の中でつぶやく。
町の下の方にも宿はあったけれど、駐車場に併設されていた観光案内所で聞いてみたらどこも埋まっていた。
そもそも宿自体も少なかった。
たまたま空き室があったのが一番上の宿だけだった。空きがあっただけありがたいと思うしかない。
「でももう半分まで来ました。がんばりましょう、ソフィーさん」
「そ、そうね。こんなものあっという間よ」
ハリエットのおかげでソフィーも落ち着く。
「よし、荷物を置いたらもう一度下まで降りて観光をしよう」
「いいわね。さっき美味しそうなにおいがして気になっていたのよ」
「ソフィーさんもですか? 私も食欲をそそられていました」
実は俺も気になっていた。
坂の真ん中、町の中心あたりに広場があった。
形としては、壁に囲われた広場を突っ切るように道があり、壁に沿って屋台が建ち並んでいた。
そこからいいにおいがしていた。
山頂に向かって左側の広場には井戸があり、コインを投げてお願いをすると叶うと言われているらしく、ソフィーが「あとでお願い事をしたい」と言っていた。
「それじゃあ早いとここの坂を上り切ろう」
「「おー」」
食べ物のことになると気合が出てくるのは男女も種族も世界も関係ないようだ。
さっきよりも進むスピードが上がった。格段に上がった。
ソフィーも弱音を吐かないし、ハリエットも呼吸を整えながら一歩一歩進んでいる。
「あれ? ここにも広場があるわね」
麓から四分の三くらい進んだところにさっきと同じような造りの広場があった。
しかしここには屋台はなく、久しく使われていないよな寂れた雰囲気だった。
「なんだろう? まあ観光は下の広場だな」
「そうね。あーあ、早くおいしいもの食べたいわ」
「純也様、あれが宿ではありませんか?」
ハリエットの指す方を見ると、宿というよりペンションのような北欧的なロッジがあった。
この広場が石作りの町の頂上で、それ以上は森となっている。宿は町の一番上に位置し、石造りの町の一部というよりかは、ノッキオの森の一部のようなイメージだ。
「かわいい! あの建物に泊るのね! なんだかワクワクするわ」
「この石造りの家々も素晴らしいと思っていたのですが、あの宿も興味をそそられます」
ハリエットは自分の村から出たことがほどんどないので見るもの多くを新鮮に感じるのだろう。
「眺めがいいって言ってたけど、相当期待できそうだな」
純也がそう言うと二人は余計盛り上がってしまったようだ。
「おい、落ち着けよ。観光する前にバテるぞ」
そういうものの、俺自身もテンションが上がっていると感じている。
日本にいた頃も観光や旅行といったことはあまりしなかった。興味がなかった。
しかし興味がないからといって、嫌いというわけでもない。やっぱり新しい場所はテンションが上がる。
二回目の人生にしてやっと遠出の楽しみを知ったかもしれない。