プロローグ
我々三人は旅をしていた。
「ねえ純也。まだノッキオに着かないの?」
荷台から顔を出したソフィーが馬車を操作する俺に話しかける。
アーガルムを出発して四日目だ。それまでは野営をして夜を明かした。
早く町の宿のベッドで眠りたいのだろう。その気持ちはわかる。
「うーん。もうすぐじゃない?」
俺としてもノッキオは初めて訪れる町だ。地図を読みながらとはいえ、見当はつけにくい。
ソフィーは俺の返事を聞くと「ふーん」と言って戻っていった。
最初から答えが聞けると期待していなかったのだろう。
「ハリエットはノッキオに行ったことある?」
「私はトルルの森から出たことはほとんどありません」
荷台から二人の声が聞こえた。
「じゃあ三人ともノッキオに行くのは初めてなのね」
ソフィーが話しかけてるのか独り言なのかわからない発言をしたところで、何やら町らしいものが見えた。
「お、あれがノッキオか!?」
出発する前にどんな町か調べておいたので、十中八九間違いないとは思う。
資料によれば、ノッキオの町はノッキオ山の緩やかな斜面に直線の道がふもとから中腹まで伸びているのが特徴で、その道から葉脈のようにわかれて家々が建っていると書いてあった。
近くだとよくわからないかもしれないけれど、遠目に見るとその記述通りの町並みだ。
あれ? さっきから到着を気にしていたソフィーが町を確認しないのはなぜだ?
騒がしかったのにもう寝ているのだろうか?
「おい、ソフィー、ノッキオの町が見えたぞ」
再び声をかけると「うそ!?」と言ってソフィが荷台から顔を出した。
「あ! ほんとだ! あれがノッキオね。見えたなら早く言ってよ」
「いや、ちょっと前にも言ったよ。聞こえなかった?」
「聞こえてたけど、話しかけてるのか独り言なのかわからなかったのよ」
「え、そうだった? ああ、それはごめん」
まさか自分もそんなことになっているとは思いもよらなかったので、素直に謝っておいた。
「じゃあ私は休んで体力を回復しておくわ」
何によって体力を消耗したのかわからないけれど、ソフィーは顔を引っ込ませ静かになった。
「代わりましょうか純也さん」
今度はハリエットが顔を出す。
「いや、大丈夫だ。ハリエットも休んでていいぞ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
ハリエットも戻っていった。
少し寂しい気もしたが、旅というのはこんなものだろう。
「よし、あともう少しだ」
俺は自分に気合を入れるのと同時に二頭の馬にも鞭を入れた。
栗毛の方がウーマで、黒鹿毛の方がウーマツー。
出発前に命名権をかけて多数決を行った。
俺としては“瞬”とか“駆”とか、日本の武士たちが乗りそうな名前にしたかったけれど、ソフィーの出した案にハリエットが賛同したため、決まってしまった。
ソフィー曰く、時間をかけてひねり出しだ傑作だと言っていた。
せっかく本人が頑張って考えたと言ってたので、最初に聞いた時「いや、どこがだよ!」って言いそうになったけれど、何とか抑えた。
すごい自慢げに「こっちがウーマで、こっちがウーマツーよ」と言ってたし、なんかばかにしたら悪いなって思った。
理由として、ソフィーには栗毛のウーマが年上で、黒鹿毛のウーマツーが年下に見えたらしいけれど、血統書を見たらウーマツーの方が生まれが早かった。
ウーマツーが命名されたとき、なんかわからないけれど切ない顔をしたように見えたのはそのせいだったのだろうか。
もう決まってしまったことだし、混乱を招いてもいけないので、ウーマとウーマツーの年齢についてはソフィーには黙っておいて、血統書も俺の鞄の奥に入れておいた。
そんなことを考えながら馬車を走らせていた。