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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第2章 野宿
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人魚姫の像 ー コペンハーゲン



2(2)


 翌朝早く目を覚ました信太は波止場をそぞろ歩きし、船の切符を買うため売り場が開くのを待った。やっと開いて朝一番の船に乗り込み、甲板に立って潮風を受けながら、これからヨーロッパ大陸を縦断する未来像を思い描くと不思議にも勇気が鼓舞されるのであった。数時間後、彼はコペンハーゲン港に到着する。


 コペンハーゲンでは、この日は、観光もしないでユースホステルに直接向かい、チェックインの時間を待っている間、ガイドブックを取り出して通過国の詳細を調べる。翌日は見学を敢行。デンマークと言えば有名な童話作家であるアンデルセンが思い出される。そして、人魚姫の像である。この像は港近くにあって一度は見たいと思っていた。そこに着いた時、数人のツーリストが写真を撮るなりして眺め入っている。彼らツーリストの輪の中に入って一目すると、大きな銅像と思っていたところが、さほど大きくもない、ちっぽけな像という印象で意外であったが、単に銅像というよりも、海から上がって来て化石化したもののように見えてならない。確かに、体の曲線美といい、顔の表現といい、申し分ないものがある。ガイドブックを読むと1913年作、エドワード・エリックセンとあって、この彫刻家の名前は余り知られていないと説明書きがある。


 人魚の像からさほど遠くないところにチボリ公園がある。信太はそこに行くと、その規模の大きさと家族連れの多さに驚く。普通、公園と言えばベンチがあって木々が生えていてと想像するが、ここでは露天商人の色々な店が建ち並んでいる。

 信太はゲームセンターの前で足を止め、人々がボールを的に当てようと投げつけているのを見る。余りに単純そうに見えて、露天商にボールを頼むのもわけないし、自分にはボールで的を射る自信ありと身を乗り出して投げるものの、案外、的を外れるのだ。その横で慣れているのか、彼と同じくらいの年齢のデンマーク人女性の方が上手だ。何かコツがあるのかと覗き見るが、さほど、おおげさなモーションはない。彼女は彼が見つめているのを察してか、人なつっこい笑顔を彼に送る。すぐ横では父親だろうか、彼女に声援を送っていて、とうとう、彼女は賞品を獲得してしまった。微笑ましいシーンと思っていると、父親と思える人が「日本人か」と尋ねて来る。

 アジア人はこの辺りでとんと見かけないが、どうして日本人と分かったのか訝しげに信太は思って「はい」と応えると、彼は娘が小さい頃妻と一緒に日本へ行ったことがあると言う。

「これからどこに行くのか」

「今夜はユースホステルに泊まって、二、三日、コペンハーゲンを見て回り、ヒッチハイクでドイツに行く」

「良かったらドイツに行く前にウチに寄って行ったら」と笑みを浮かべて、娘の父は提案する。

「僕たちはこのコペンハーゲン近郊に住んでいてヒッチハイクするには丁度、その通り道だ」

「いつの日でもいいから、、、妻が家にいる」と別れ際に住所と電話番号を紙片に書いて信太に渡す。

「今、春休みなので、私も家にいるわ」と娘が父親の言葉に付け加える。


 大陸的性格というのは心が広いと聞いていたが、このシーンは好い例だろう。日本は小さな島国であって、そこで一億人以上の人がひしめき合って暮らしているのだから、そうはいかない。ヨーロッパは広い土地に家屋が点在するばかりで、他は野原と畑のみといった具合だ。信太は西洋人の開放的な性格に驚嘆するのだった。


 翌日も信太はコペンハーゲンを見て回ったが、見るものはさほど多くない。日を早めて明朝コペンハーゲンを後にすることに決める。先日のデンマーク人との約束もあってヒッチハイクで彼らの家に到着した彼は母娘の歓迎を受ける。夕方になると父親が仕事から帰って来た。

「今晩は泊まって明日の朝、ヒッチハイクを続行すればよいのではないか」と父親は信太に宿泊を勧める。これはその前に家族のみんなが承知の上であったのであろう。夕食は食卓を囲んで家族の一員になったようなひと時を過ごす。日本について質問され、返答に窮することも幾度かあったが、その時は冷や汗を拭いながらのジェスチャーで切り抜ける。


 二十二時を過ぎて就寝の時間になる。彼らは信太に招待客用と思われる綺麗なひと部屋をあてがってくれる。両親は寝室に入ったのか、物音がしなくなって信太が寝る準備をしていると娘さんがネグリジェにカーディガン姿で現われる。

「何か足りないものとか必要なものはある?」

 こちらの人ってネグリジェ姿で若い女の子が招待客の部屋に入って来るのかと信太は度肝を抜かれる。

「ううん、何もないよ。全部あるよ」と信太が慌てて言うと、彼女はもう自分の役目が終わったかのように引き上げて行った。


 日本では敷布団を押入れから取り出して畳の上に敷くが、こちらではベッドが部屋に据え付けられているので、敷く必要がないのだ。信太は既にソ連邦やユースホステルでベッド慣れしているが、この娘さんには気がかりだったのだろう。彼女は日本に住んだことがあり日本の生活習慣を知っているのだから。


挿絵(By みてみん)

人魚姫の像 ー コペンハーゲン

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