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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第13章 帰国
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苔寺




 帰国から三年目の秋、信太は再渡航の資金稼ぎのために四条通りの南側、鴨川と高瀬川の間の狭い通りに面した店で昼間、アルバイトをし始める。マスターは見るからにしてぼんぼん育ちという感じで、常時、黒いスーツと黒の蝶ネクタイに白シャツといった具合。一階は茶店となっており、二階は夜間営業のレストラン。


 信太はこの茶店のウェイターとして働く。夜はスナックを営業しており、バーテンダーが夕方から来て酒類を提供する。このバーテンダーはおっとりした性格で四十路に手が届きそうだ。名前は則夫。京都人でもなく大阪人でもないが、地方からやって来て関西に長く住んでいるのだろう。彼には三十代前半の仲の良い女友だちがいて、夕方、時々、店に姿を現す。


 ある日、この女友だちは二、三歳年下の妹を伴って来店する。彼女らはここ京都でマンションに二人住まいで、京言葉を用いるわけではないが、関西弁を話す。店にはこの姉妹の客しかいなかったので、打ち解けた雰囲気の中、談たまたま休日の過ごし方に及んだ折り、京都市西京区松尾にある苔寺を一緒に見に行こうということになる。


 三日後の日曜日、苔寺の庭園は木々が密集するでもなく適度の間隔を保っているので長閑な感じがする。

「旅のしおりにこう書かれてんやわ ― 庭園内を約百二十種類の苔が覆い、まるで緑のじゅうたんを敷き詰めたような美しさから苔寺と呼ばれています。(正式名称は西芳寺)」

「へえ、苔にそんなようさんの種類があるんや。」と信太は驚いて応える。

「それも、江戸時代末期からということやて。」

「二百年ほど、共生してんやな。」と則夫。


 苔が地表や岩の上に這いつくばるように成長し、宇宙の果てまで広がり続けているような気が信太にはする。この苔をずっと目で追って行くうちに木立の間に髪の毛の長い女性がこちらを見詰めているのに気付く。

「あの人、なんで一人でおるんやろね。」と信太。

「どこ?」

「ほら、あそこ。」

「どこに?」

「あれ?さっきまで木の間に見えとったんやけど。」

「どうしたの、幻覚かなにかやないの?」と姉。

「和服やった?洋服やった?」と妹。

「どっちやったろ?」


 信太はこういった古い境内なので、和服と言いたいところだが、錯覚かも知れないと思って答えに窮したのだ。

「ほら、洋服かどうか覚えてへんくらいやから、きっと見間違うたんや。」と姉。

「憧れの人でも見たんやろ?」と則夫。

「そんなことはあれへん。」と信太は苦笑する。

「信太さんはどういった女性が好みなん?」と姉がやにわに質問する。

「そやなあ。古都・京都に因んで、奥床しい人、慎ましやかな女性。」

「それって前時代的やね。」と妹は言って笑いこける。

「女性でも、女スパイっておるし、見張られとるかも知れへんで。」と則夫がからかって言う。


 信太は訪ソの際、尾行されたことを思い出す。

「監視されとるっちゅうのはいただけへんなあ。」

「誰かがかくれんぼやらのお遊びしとるんとちゃうん?」

「もしかして遊ばれとるかも?」

「誰がゲームをするわけ?けったいなことを言うお姉さん、妹さんやね。」と信太。

「人の運命なんて何に遊ばれとるかわかれへんもん。」と妹。

「憧れにしても、監視にしても、ゲームにしても、人ってそないな中に生きとるかもねぇ。」と姉。

「奥深い見方やな。」と信太は姉の言葉に驚きと感嘆の声をあげる。

「則夫さんは人生を楽天的に生きる年配者やからそんなん気にせぇへんよね。」と妹。

「年配者って、、、その年配っちゅうのを気に掛けるわな。」と則夫が言うなり、四人の甲高い笑い声が境内に響いた。


 二ヶ月後、則夫は高収入の他の店を見つけて当店を辞める。それに伴って信太と姉妹の音信はぷつりと途絶えた。


挿絵(By みてみん)

苔寺、又は、西芳寺


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