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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第13章 帰国
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やぶさめ




 西大路七条交差点から歩いて数分のところ、昔ながらの町家が立ち並ぶ一角に信太の下宿がある。二階の部屋をあてがわれ、六畳京間には大きな窓が一つ南向きにあり、窓から外を眺めると家々の屋根の上に空が見渡せる。地上に目を落すとL字型の路地が見え、真下に目を向けるとこの家の小さな庭がある。


 午前中に真武士道部の同僚、本岸から電話が掛かる。

「今日、午後にガールフレンドと彼女の女友達と俺と三人でお前の下宿に遊びに行くからな。あいているか?」

「ああ、あいているよ。」と信太。

「三時に行く。」


 室内は整頓されていて清潔さを感じさせるが、二人の女性と連れ立って来るというので、念には念を入れて掃除機を掛ける。


 三時丁度に玄関のベルが鳴って急いで階段を降り、ドアを開けると三人ではなく一人の女性が玄関前に立っている。この女性とはキャンパスで一、二度、挨拶を交わしたことがあり、すらっとした手足に整った顔立ちの人だ。

「ごめんください。」

「はい。」

「他の二人はもう来ていますか?」

「まだなんだけど。」


 彼女は戸口で彼らを待とうかという表情をする。

「どうぞ入って。」


 彼の言葉に促されて敷居を跨ぐ。


 畳部屋なので西洋式の椅子は置かれていない。彼女は畳から五十センチほど高い窓敷居にちょこなんと座る。彼は低いテーブルを前にして座椅子に腰を下ろし、一息ついて彼女を見ると陽の光の中でくつろぐ姿は絵に描いたような美しさを湛えている。

「それにしても、この光景は・・」と、ふと思い出したように信太は呟く。

「どうしたの?」

「いや、どこかで見たような気がして。」

「そうなの?」

「気のせいみたい。」と信太は言って、自嘲気味に笑う。


 三十分遅れで他の二人がやってくる。四人は雑談を始めたが、三十三間堂の「通し矢」、次いで、「やぶさめ」の話しになる。

「馬から矢を射るというのは馬を飼いならして、乗馬もうまくないとね。」と信太。

「弓だけでも大変なのに乗馬でしょ。」

「落馬なんて悪くしたら、首を折ったり足腰を骨折したりと聞くな。」と本岸。

「首を折ったら死んでしまうわ。中には馬に引き摺られる人もいるし。」

「擦り傷で済まへん場合もあるわな。」

「そしたら、長い間、治療で馬に乗れないわよね。」

「あの的って凄く近いような気がするんやけど。」と信太。

「的は近くても物凄く難しいと聞くわ。」

「戦国時代に本当に馬に乗って矢を射てたんかなあ。だって、的は敵やけど、相手は動くし、静止している筈もないやろ?」と信太は疑問を投げかける。

「よっぽど腕の立つ射手やで。」と言って、本岸は笑う。

「それもたくさんの兵士が押し寄せるんでしょ?一矢ぐらいは一人に当たるかも知れないけども、次の矢を番える暇がないわ。」


 どうやら戦闘集団に対しては実践的ではないという結論に達したようだ。


 本岸は地元が大阪だが、京都には関西以外の地方から大学にやってくる人がいる。二人の女性から関西弁が聞かれないのはそのためだ。


 歓談に時が経つのを忘れて、夕闇が迫った頃、

「もう帰らなくっちゃ。」と本岸のガールフレンドが言う。

「そやなあ。お邪魔した。」と本岸が言い足す。


 信太は三人を玄関先まで送り出し、見えなくなるまで手を振り続けた。


挿絵(By みてみん)

書名 ― 古今名馬図彙/ここんめいばずい


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