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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第13章 帰国
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ショウブ荘



3(1)


 和の下宿は埼玉県南浦和市にあり、最寄りの駅は京浜東北線の南浦和駅だ。当駅から歩いて十分くらいのところにあるショウブ荘に彼の一室がある。このショウブ荘に行くには道を歩くよりも野原を横切ったほうが早い。近くには池のような沼があって牛蛙が棲息している。


 数日後、信太が都内で知人に会って南浦和駅に着いたのは日が暮れて間もない頃だった。駅前は外灯があって明るいが、野原は真っ暗だ。ショウブ荘の灯りを頼りに真っ直ぐ歩いていると急に目の前に人影を見い出す。前方四、五歩のところだ。牛蛙が煩く鳴いているので人が野草を踏み分けて歩く音が聞こえなかったのだ。先方も人の気配を後方に感じて振り返る。駅前の灯りの微かな光が人の顔かたちを浮かべる。髪の毛の長い女性だ。こんなところでストーカーにでも間違えられては困ると思い急ぎ彼女を追い越して、三、四歩、前に進んだ時、

「あのー、」と女性が信太に呼び掛ける。

「え?」

「こんなところですから、後に付いて行っていいですか?」

「ええ、どうぞ。」


 彼女は二、三歩、信太から離れて付いてくる。

「どこにお住まいですか?」と女性が暫くして信太に尋ねる。

「ショウブ荘です。」

「あの右側にある電灯がたくさん付いている大きな建物ですね。」

「そうです。」と信太は後ろを振り向きながら応える。


 彼女の顔は全く闇に閉ざされて見えないが、からだの輪郭は捉えられる。

「ショウブ荘で下宿されているのですか?」


 この女性は学生が多く住んでいるのを知っているようだ。

「いいえ、僕の友達が下宿をしているので、少しの間、居候と言いますか、厄介になっています。あなたも同じショウブ荘ですか?」

「いいえ、私はもう少し先のアメ牛亭に住み込みで働いています。」

「アメ牛亭?そんな料亭がこの先にあるんですか?」と信太は暗闇に目を遣るも一点の光も見い出せない。

「ここからでは見えません。」


 信太は池沼を見に行ったわけでもないので、地形が全くわからない。

「ご覧になられますか?」


 まだそんなに遅くない時間だし好奇心も手伝う。

「じゃあ、ちょっとだけお邪魔させていただきます。」


 今度は信太が二、三歩の差で彼女を追う番だ。池沼に近づけば近づく程、牛蛙の鳴き声が大きさを増す。ショウブ荘の灯りが右手後方に見える。

「ここからは橋を渡ります。」

「橋?」


 信太は前方を見るが何も見えない。

「ええ、橋の幅が余りありませんので、私にしっかりと付いて来て下さいね。」

「はい。」

挿絵(By みてみん)

ショウブ荘までの地図


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