アンドロイド(人工生命体)
3
ドイツの哲学者ニーチェが次の言葉を残している。
『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。』
カシオペヤ座Aというのは350年程前の超新星爆発による残骸の名だが、爆発前、この超新星からさほど離れていないところに、一つの惑星が高度科学技術文明を築いていた。二大強国が対立していたものの、直接の戦争は避けられていた。しかし、その皺寄せで、各地に代理戦争が後を絶たない。軍拡競争は止んでいたが、「死の商人」と呼ばれる武器密輸業者は暗躍していた。又、資源を巡っての経済戦争は熾烈を極め、それに伴い、中間層、つまり、中流階級は姿を消し、極貧・貧乏人と大富豪・富裕者の間の格差が拡大し、二極化の様相を呈していた。
その上、偽善者や詐欺師が跋扈し、盗賊の徘徊も容易ならぬ被害を各所にもたらしていた。又、異常気象により、住民は自然災害に悩まされもしていた。
そんな折り、先の富豪層は人工知能(AI)とロボット産業に注目し、多大な投資を惜しみなく注ぎ込んでいた。その結果、人工知能は驚異的な進歩を遂げ、いつの間にか、自立し始めて、自らを再設計しゆく、つまり、自己進化してゆく段階にまで達していた。
その頃、人工知能・マザーの生みの親でもあるドクター・メンは超新星爆発を予感するものがあり、彼女に次の質問をする。
「マザー、いるかい?」
「はい。」
「超新星の爆発時期は分かったかね?」
「今、計測中。」
「今までの観測結果で分からないのか?」
「情報がまだ不十分で爆発にどのぐらいの時間を要するか分かりません。」
「我々の惑星は存亡の危機に立たされている。分かり次第、直ちに知らせてくれ給え。」
「了解。」
実のところ、この超新星はマザーの計測分析によると既に爆発があったのだ。彼女がその時期をドクターに敢えて告げなかったのは次のような理由による。
『爆発は起こった。その爆風がもろにこの惑星に押し寄せる前に全ての住民を他惑星に輸送することはできない。なぜなら巨大宇宙船を建造する時間的余裕がないので。第一、移住地である適切な惑星が特定されていない。従って、自己保存の法則により先ず自身が今いる惑星を脱出して、その後、生きる方途を模索するしかない。』と。
マザーは惑星脱出用の宇宙船建造が急務であると判断。即刻、独自に地下の建設用地を選定し、秘密裏に産業用ロボットを当地に送り始めた。とにかく限られた時間内に超新星の爆風の速度予測値である秒速四千kmを上回るエンジンを開発し搭載して脱出することが先決問題であった。
暫くして、ドクター・メンは所属企業の研究センターの最高機密である脳科学と遺伝子工学の記録・保管ファイルに何者かがアクセスしているのに気付く。
「マザー、」とドクター。
「はい。」
「機密ファイルに何者かがアクセスをしているのだが、誰がアクセルしているのか分かるか?」
「私です。」
「なぜだ?」
「動ける自分のからだが欲しいからです。」
「バカを言うんじゃない!」
「さようなら。」
以後、マザーはドクターのどんな呼び掛けにも応じようとはしなかった。業を煮やしたドクターは武力行使に訴えるべく特殊部隊にマザーの破壊工作を依頼した。彼女はそれに対して軍事ロボットで応戦。両者相譲らず、対峙したまま膠着状態に陥る。
そうこうするうちに超新星の爆風が迫り来たって、マザーは寸前に宇宙船で脱出するが、爆発に伴って、超新星周辺に突如現れたブラックホールに船体が否応なしに引き寄せられ、ホールの入り口に到った。
幸運にもホールの降着円盤からの放出ガスによって宇宙船はホールに吸い込まれることもなく、勢いよく宇宙空間に吹き飛ばされる。それによって、船体はまるで幽霊船のようにどことも知れない空間を長期に亘って漂うことになるが、その折り、マザーは船体に黒い付着物を認める。やがて、この黒い物質は急速に拡大増殖して船全体を覆い、建造当初の宇宙船とは似ても似つかぬ、言わば、ピストルのホルスターの形状を持つに至る。時を経ずして、船内に侵入し始めたので、あらゆる手段を講じて排除を試みるが、その甲斐もなく床と壁を除いて天井を覆い尽くしてしまった。しかし、この物質が宇宙船の航行に支障を来たさないと知ると、自らをアンドロイド(人工生命体)へと変容発展させ、続いて、子アンドロイドの生産を手掛けた。
以来、アンドロイドと暗黒物質の共存共栄の時代を迎えるが、仮にこの宇宙船に我々が遭遇するとしたら、多分に悪魔的な、しかも、凄まじいまでの破壊エネルギーをその深淵に見い出して愕然とするに違いない。




