グランカナリア島 ー バカンス客
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年長者の男女と一時間後に同じ場所で会う約束をして、信太とロジャーは港近くのビーチをそぞろ歩き。カフェテラスが幾つもあって明るく開放的な感じだ。そこではツーリストが思い思いのテーブルに着き、陽光を楽しんでいる。緩やかな上り勾配のところにテラスがあったりして、その前を行き来する人には舞台を見上げるような格好なのであるが、信太は二人の姉妹が目に留まる。見たところ北欧の人のようだ。
「ロジャー、あの姉妹、どこの人だと思う?」
「さあ、どこかな?直接、尋ねてみたら?」と意地悪くロジャーが言う。
そうこう話しているうちに姉妹と目が合い、彼女らもどこから来た二人の旅行者なのであろうかと相談している様子が読み取れる。
「二人の右横に座っているのはきっと両親だから保護者付き。近づき難いね。」と信太はロジャーに冗談交じりに言う。
「小さな港町だし、ばったり会うなんてことがあるよ。」とロジャーは言い添える。
又の日を期し、先の二人の年長者と落ち合い、食品スーパーで買出し後、彼らは島の奥に向かう。なぜなら今夜の寝床を探さなければならない。ここまで来ると人は誰もいない。そこには小さな湖があり、周辺の四分の三は鬱蒼とした木立にとり囲まれ、湖面に葉が枝垂れているので、歩いて一周するのは不可能である。とにかくここで野宿をしようとなる。しかし、年長者の二人は離れて野宿するということで、どこかに行ってしまう。
「四人で寝れば安全なのに。」と信太はロジャーに言う。
「彼らはやることがあるのさ。」
信太はこの二人が今までカップルであるという素振りも見せなかったので、ただ単なる友達同士と思っていたのだが、やっと理解するに至る。
それもその筈である。モロッコはイスラム教国である。モロッコ人カップルが屋外でからだの接触をするとは、およそ考えられないし、モロッコ人女性はベールを被っているのだが、西洋の女性は被らないので現地の人に奇異の目で見られたり、好奇心の対象になったりして、緊張感がいやが上にも増す。しかし、ここラスパルマスでは仕事の疲れを癒して解放感に浸る、又、一時的に世間のしがらみから逃れて英気を養うバカンス客で溢れている。
今夜は冷えるでもないが、木片を拾い集めて湖畔で焚き火である。なかなか都会では味わえない風情だ。腹ごしらえをして満足の態でいると、前方に張り詰めた空気が流れるのを感じて、ふと目を上げると人の影が近づいて来る。驚いてロジャーに声を掛けようとするが、彼は一心に小枝をナイフで削っていて、近づく影に気付こうともしない。この影のところだけ、景色にぽっこり空いた底なしの暗い穴のように見える。
「汝をあるところにお連れしたい。」と黒い影は日本語で信太に話し掛ける。
「ええ?どこへ?」
「我らの女帝が汝をお待ちである。」
「女帝?」
「その通り。」
信太はアフリカに女帝のいる国があるとは知らなかったが、そういった国があってもおかしくはないと思う。しかし、汝という言葉遣いに少々、古めかしさを感じる。
「このスペースバンドを手首に通すがよい。」とピストルのホルスターのような形をしたものを信太に渡す。このバンドは合成繊維ではないのは確かだ。妙な肌触りで、光りを吸収するのか暗黒色そのものである。
「付いて来られよ。」
信太は立ち上がりロジャーが気になって振り向くと、魔法を掛けられたかのように小枝を削り続けている。
黒い影が彼を湖のほうに連れて行く。
「湖に行くのですか。」
「バンドが多量の淡水を必要とする。湖水まで付いて来るがよい。」と言って、湖の前まで来ると、バンドが急に水を吸い上げ、そこから流出する黒い液体状のものが彼の全身を見る見るうちに覆い尽くし、彼ら二人の姿は同時に忽然と消えてしまう。
こうして、信太と黒い影は地球から一万光年ほど離れた宇宙の一角へと向かったのである。
グランカナリア島 ー バカンス客




